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23.幼なじみに罪悪感

 昼休みになると、再び真名佳から電話がかかってきた。


『こんにちは恭ちゃん。いま昼ご飯?』


「そうだよ」


『にしてはやけに静かだけど、どこで食べてるの』


「図書室」


『不良ね』


 電話口で真名佳はくすくすと笑っていて、その様子にホッとする。

 どうやら前の休み時間の話は引きずっていないようだ。


『ねえ恭ちゃん。わたしもしっきーって呼んでいい?』


 引きずってなくなかった。


「え゛っ。……ヒッピーがどうしたって?」


式守しきもりだからしっきー、なんでしょ。名字より名前で呼び慣れすぎちゃって、ちょっと忘れてた』


「その呼び方は苦手で」


『間違っている青春ラブコメの主人公みたいだから?』


「いつもの呼び方のほうが落ち着くんだけど」


『そっか。恭ちゃんがそう言うなら』


 などとやり取りしているうちに話も落ち着いてきた。

 そう思っていたのだが。


「――おい式守、図書室でメシ食ってんじゃない。あと電話も」


「アッハイごめんなさい」


 いきなり鋭い叱責を食らい、反射的に頭を下げる。

 声の主はギャル小説書きの椿井礼美だった。


 服装や頭髪など、あちこち校則違反しているやつに言われるのは納得いかないところだが、今回ばかりは文句を言えない。

 僕の方はコンビニのパンをむさぼりながらスマホで電話中という、完全なる図書室使用ルール違反なのだから。


「ったく、いつ教師が来るかわからないんだから、もうちょい警戒しとけって」


 椿井は呆れ顔でそう言いながらいつもの席に座った。


 苦笑いを浮かべた表情に、こちらを心配するような言葉。

 今日の椿井はいつもより少しだけ雰囲気が穏やかな気がする。


「つーか式守、電話する友達とかいたんだな……」


「しみじみ言わないでほしいんだけど」


 雰囲気が穏やかなのってそういうこと? あわれみ?


『また女子の声……』


 電話口でぼそりと真名佳。


『しかもちょっと気安い感じがする』


「いやいや、女子はあんなキツイ注意をしないよ。先生だから」


『先生が『いつ教師が来るかわからないから』なんて言うのね』


「はて……」


 すっとぼけつつも自分の嘘のレベルの低さに失望する。

 これ以上追及されたら、ごめんしか言うことないぞ……。


『ねえ、恭ちゃん。わたしって友達?』


 椿井のなぐさめの言葉を受けてか、真名佳がそんなことを聞いてきた。

 声音にはこちらを試すような、甘えるような響きがある。


 女子の扱いに慣れていないヘタレ陰キャには荷が重い質問だ。

 本来ならとても対応できない難問である。


 しかし、柊真名佳という相手に限っては鉄板の答えがあった。

 表面上は不満を見せつつも、仕方ないわねと笑ってくれる、百点の回答が。


 それは真名佳が大切にしている関係性。

 何も確定させないから誰も傷つけない、都合のいい関係性。


「幼なじみだよ」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 放課後にも真名佳から電話がかかってきた。


『買ってきてほしいマンガがあるの』


「マンガ?」


『この前うちで読んだ少女マンガがあるでしょ』


「ああ、あの……」


『そう、あの、あれよ』


「小説が原作の恋愛マンガ」


『1巻のラストでくっついた二人が、2巻ではより親密になるやつよ』


 幼なじみのやつ。

 シンプルにそう言えたら話は早いのだが、僕も真名佳もその単語を決して口にしなかった。言ったら負け、みたいな雰囲気だった。真名佳は僕に言わせたいようだが、僕はしばらく幼なじみなんて言葉を発したくなかった。


『あれの3巻が出てるのを忘れてたから』


「わかった、買ってくるよ」


『二番目に読ませてあげる』


「ありがたきしあわせ」


 通話を切ってため息をつく。


 話をしているあいだ、真名佳はずっと機嫌がよさそうだった。

 決してハイテンションというわけではないが、声を聞いていると、そういう感情の浮き沈みはなんとなくわかる。


 そんな真名佳とは逆に、僕の方はずっと気を張っていた。

 自覚できるくらい凹んでいたので、きちんと意識していないと、声が暗くなったり、返事が投げやりになっていたからだ。


 どうしてそんなに凹んでいたのか。

 理由はわかっている。罪悪感だ。


 幼なじみという言葉に、真名佳は強い思い入れがある。 

 それを理解した上で、都合のいいように使ってしまった。


「はぁ……」


「ずいぶんジメジメしてますね。梅雨入りはまだ先なのに」


 廊下の壁にもたれてため息をついていると、横から萩月に声をかけられた。


「気配を感じなかった」


「自然体ですけど」

 

 悔しいが萩月の存在にホッとしている自分がいる。

 萩月に対しては、自分が凹んでいることを隠す必要もない。

 

「途中まで一緒に帰らない?」


 気づけばそう誘っていた。


「え、ダメに決まってるじゃないですか」


 きょとんとした顔で断られる。

 当たり前の常識を諭すような表情だった。


「……なんで。今まではそっちが誘ってたのに」


「それはあたしが勘違いしてたからで」


「勘違い? 何を?」


「式守君が放課後すぐに帰っちゃうのは、見栄を張ってるからだと思ってたんです」


 申し訳なさそうな顔をする萩月。


「本当はヒマでしょうがないのに、予定があるから早く帰ってるように見せたいんだなって」


「なんて誤解だ……」


「でも、ちゃんと予定があったんですね。さっきの電話、すごく親しげでしたし」


「そんな風に聞こえた?」


「はい。そういう相手がいるのに、放課後までニセ彼女と一緒にいる必要ないですよ――むしろ、いちゃいけないと思います」


 萩月はうっすらと微笑んだ。

 不自然なタイミングでの、不似合いな笑顔。

 それはささやかな拒絶のサインだった。

 少なくとも僕はそう感じた。


「というか、ニセ彼女契約してること自体、なんか申し訳ないです」


「僕は別に――」


「というわけで、あたしは一人で帰りますね」


 そう言って離れていく萩月を、具体的なお願いで引き止めようとする。


「少女マンガを買ってきてって頼まれたんだ。恥ずかしいから、代わりに買ってほしいんだけど」


「ダメですよ。二人のじゃれ合いの邪魔はできません」


「じゃれ合いって」


 からかうような言い方に苦笑いしてしまう。

 だけど萩月は笑ってなかった。


「式守君に恥ずかしい思いをさせるための無茶振りなんですから、あたしが代わるのは違います」


 萩月はそう真名佳の意図を代弁する。

 ……わかってるよ、それくらい。


「あー、そういう狙いだったのか」


「はい、でも気づいてしまっても受け止めるのが男子の度量ってもんですよ」


 がんばってくださいね、と応援されてしまった。


 萩月が去った後で理解する。

 僕はどうやらニセ彼女に遠慮されたらしい。

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