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22.幼なじみの電話はタイミングが悪い

 休み時間になると、僕はめずらしく自分から陽キャ側の人間に声をかけた。

 ダブルデートのおかげで多少は陽の気に慣れたからかもしれない。


 とはいえ、教室で話すのはとても無理だ。

 人目につかない廊下で、彼女が一人でいるところを狙った。


「恋愛経験の豊富な榎本さんに質問があるんだけど」


「えー、何その前置き、ちょっと面白そう」


 榎本はいつもの、男子を勘違いさせる笑顔を見せる。


「どーしたのしっきー、ホントにいいんちょとラブ始めました?」


 夏季限定の冷やし中華みたいに言われても……。


「萩月は関係ないよ」


「ひゅう、割り切った関係ぃ~」


「榎本さんって浮気されたことある?」


「え、マジどーしたのその質問……」


 榎本のキラキラ笑顔が少し曇る。

 

「男性の浮気が明らかにばれているのに、女性はそれについて何も言わない、見て見ぬ振りをしている――そんな状況を思い浮かべてほしい」


「ふんふん。……クズだね」


 榎本の目から光が消える。

 僕が語った状況のイメージはばっちりのようだ。 


「じょ、女性はどうして、男の浮気を追求しないんだと思う?」


「その女の世界が狭いからよ」


 榎本の答えはこちらの予想を超えていた。

 答えの先にある真理を、最初に持ってきたような感じだ。

 式を書かずに回答だけ見せられても、解き方がわからない。


 僕は静かに続きをうながす。


「……もう少し詳しく」


「その女は、自分にはこの男しかいないって思い込んでるの。だから男の浮気を問い詰めて、話がこじれて、別れ話になるくらいなら、浮気に目をつぶってでも恋人関係をキープしたいわけ」


「捨てられるくらいなら、浮気され続ける方がまだマシってこと?」


「そーゆーこと。うちにはよくわかんないヒクツな思考だけど」


「じゃあ榎本さんは、彼氏が浮気してたら……」


「別れるしかないでしょ」


「恋愛感情とか未練とかは……」


「思いなんて秒で冷めるから、未練も消滅、さようなら、って感じじゃない? 浮気された瞬間、異性どころか対等な人間として見れなくなると思うし」


 榎本はカラッとした声で言い切った。

 砂漠の太陽のような容赦のなさ。

 クラス随一の陽キャは時にドライだ。


 強い人間の考え方だなと思う。

 自分の周囲を自力であるていど動かせる人間の考え方だ。


 周囲に流されるがままの弱い人間は、他者との関係を簡単に手放すことなんてできない。

 同じような関係をもういちど築けるかどうかもわからないのだから。


「ていうかこれ、誰の話なの?」


「さあ……、どこかの誰かの、ありふれた悩みなんじゃないかな」


「ふーん、しらばっくれるんだ。まあいいけど」


 榎本は獲物を見つけた肉食動物みたいな笑顔になる。


「じゃあ、相談に乗ってあげたお礼をもらおうかなぁ」


「お礼……?」


「りょーはいいんちょのどういうところを好きになったのか。知ってるでしょ?」


「聞いてどうするの」


「うちもその好きポイントを真似してみようかなって」


 くっ……、これはまずいぞ。

 お返しなどは考えてなかったが、要求されたのなら応じないと良心が痛む。


 でも、遼が萩月を好きになった理由なんて、プライベートすぎる秘密を教えられるわけがない。


 どうしたものかと考えていると、ポケットの中でスマホが震えた。

 1回では終わらずに、2回、3回と振動が続く。


 まだ学校にいる時間帯の音声着信。

 その意味を考えて少し焦る。


 僕のような清く正しい学生は授業中なのでまず電話には出られない。

 だから知り合いからの連絡はほぼすべてメッセージアプリだ。


 となると、この電話はまったくの赤の他人からか。

 あるいは。

 こちらの都合を考慮できないくらい緊急の連絡ということになる。


「ちょっとごめん」


 榎本に断ってスマホを出しつつ、通話が聞かれないよう遠ざかる。


 画面に柊真名佳の文字を見つけて焦りが増した。

 何かのトラブルだろうか。

 自宅に居ながらとなると、母親との口論?


「……もしもし、どうしたの真名佳」


『あっ、恭ちゃん、しっかり勉強してる?』


 真名佳の声音におかしな点はない。普段よりも明るいくらいだ。


「今は休み時間だよ」


『わかってるわよ、だから電話したんだし』


「えっと……、何か緊急の用事とか、トラブルとか、そういうわけじゃない?」


『……心配してくれたの?』


「当たり前じゃないか」


 断言すると、電話口で息をのむ気配がした。


「学校にいるときに電話してくるなんて初めてだし、ちょっと焦った。でも、何事もなくて――」


「おーいしっきー、そろそろ授業始まるよー」


『……しっきーって何?』


「いや、僕じゃなくて別の人を呼んでる声が入っただけじゃないの、知らない人が知らない人を呼んでるだけで僕とは関係ないよ、むしろ僕にはしっきーじゃなくてヒッピーって聞こえたね、そういえば美術の先生がヒッピーみたいな風貌をしているからそんなあだ名で呼ばれてた気がするよ」


『……ふーん。じゃあ、そろそろ切るね』


 真名佳の声は最後ちょっとだけトーンが低かった。変に疑ってなければいいが。

 いや別に疑われるようなことは僕と榎本の間には何もないのだが。

 じゃあなんで僕は意味不明なごまかし方をしたんだ。


 スマホをポケットに戻して、教室へ帰ろうと向き直ると、目の前に榎本が立ちはだかった。

 先に帰っててほしかったんだけど。


「あのう、榎本さん、さっき言ってたお返しの件だけど」


「んーん、もーいいよ」


「そう?」


「代わりに面白い情報ネタが入ったからね~」


「なんのことやら……」


「夜道には気をつけないとねぇ、腹にジャ〇プを仕込んでおいた方がいいよ~」


 でも背中からズブリとやられたら意味ないか~、と榎本は恐ろしいことを言い残し、ケラケラ笑いながら去っていった。

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