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21.幼なじみは問い詰めない

「突然のプレゼントは浮気を疑えって言うけど、恭ちゃんにそんな甲斐性はないわよね」


 こんな話を振られたくらいで、僕はどうして動揺してしまったのだろう。


『当たり前じゃないか、浮気は一人じゃできないんだぜ?』


 ――みたいなノリで軽薄な返しをすればよかったのに。

 実際は、図星を突かれて動揺するクズ彼氏みたいな反応をしてしまった。


 だいたい真名佳だって冗談で言っただけなのだ。

 なんでもいいから話をして、この重苦しい空気から抜け出さないと――


「――ねえ恭ちゃん」


 先に沈黙を破ったのは真名佳だった。

 問い詰めるような鋭さではなく、不自然なくらい明るい声で。


「ラベンダーの花言葉って知ってる?」


 話の流れを変えるというかぶった切る質問には戸惑ったが、沈黙よりはずっとましだ。


「いや、知らない。何?」


「後悔、よ」


 僕はまた黙り込みそうになる。

 後悔。

 一年半も引きこもっている幼なじみへのプレゼントの花言葉が、よりにもよって後悔。

 無知は罪とはよく言ったものだ。


「日本の古典的SFで、少女が時をかけるやつ、あるでしょ」


「……有名なやつだね」


 返事をする僕の声は震えていないだろうか?


「あれって原作小説だと〝ラベンダーの匂いのする薬〟でタイムスリップするの」


「そうなんだ」


「タイムスリップの薬がラベンダーの匂いという設定は、その花言葉である後悔から、過去をやり直したいという連想につながって生まれたアイデアなんだって」


「さすが、真名佳は物知りだね……」


 気まずさを感じながらも、なんとか平静をよそおって返事をする。


「嘘よ」


 カラッとした声で真名佳は言った。


「は?」


「だから、嘘。いま思いついたの」


 真名佳は重ねて言う。

 しかし、即興にしてはよくできた嘘だ。

 中途半端に説得力があった。


「……なんで、そんな回りくどい虚言を?」


「わたしみたいな状況の相手に贈った花の花言葉が〝後悔〟だなんて皮肉もいいところでしょ。無自覚にそんなことをしちゃった恭ちゃんがどんな顔をするのか、見てみたかっただけ」


 口元をきゅっとつり上げて真名佳は笑う。


「発想が根暗すぎる」


「大丈夫よ、こんなことするの、恭ちゃんだけだから」


 いつもは回りくどいし素直じゃないくせに。

 真名佳はときどきこういうまっすぐな言葉をぶつけてくる。


「そいつは光栄」


 幼なじみの甘えはうれしくも照れくさい。

 真名佳から目を逸らし、僕はスマホで雑談のネタを探す。

 さっきのやり取りで気になった、ラベンダーの本当の花言葉。


 期待、優美、清潔、繊細、献身的な愛、幸せが来る、

 あなたを待っています、許し合う愛、沈黙、疑惑、不信、


 どれもこれも重かった。

 ポジティブ方向にもネガティブ方向にも、どっちの方向にも重い。


 この情報を雑談のネタにするのはあきらめよう。

 僕はそっとスマホをしまう。


 ところが真名佳がちょっといたずらっぽい顔でこちらを見ていた。

 手元にはスマートフォン。


「ね、恭ちゃん。ラベンダーの花言葉って許し合う愛なんだって」


「なんでそれだけピックアップするかな」


「じゃあ、恭ちゃんが選んで?」


 長い前髪のすき間から、真名佳は期待に満ちた視線を向けてくる。


「……清潔、かな」


 いろいろ考えた結果、話が変な方向へ転がらないものを――つまり無難なものを選んだ。


「えー」


 と真名佳は不満そうに唇をとがらせる。


「お風呂は毎日入ってるけど、清潔な見た目とは言えないんじゃない?」


 確かにそうだ。

 伸び放題の髪の毛はマントみたいに背中を覆っている。

 その見た目は正直、ちょっとアレだが――


「でも、きれいだよ」


「えっ」


「服だって毎日洗濯してるし」


 真名佳は常に学校指定のジャージを着ている。

 同じものが二着あり、それを着まわしているのだ。

 そのうち一着の胸元には僕の苗字が刺しゅうされている。

 無理やり交換させられたものだ。

  

「部屋の掃除もちゃんとできて――ってどうしたの真名佳」


「きれいって何よ、服とか部屋と同列に語らないでよもう」


 真名佳がボソボソと何か言っている。


「そういうとこ! 本っ当そういうとこ!」


 何か言いながら枕を殴りつけている。


「……本当にどうしたの真名佳」


 返事は言語ではなく物理だった。

 ぼふん、と顔面に枕が飛来して僕はのけぞる。


「ゲームしよ恭ちゃん。ぼこぼこにしてやるから」


 物に当たって少しは気が晴れたのか、真名佳はすっきりした顔で言う。

 その言葉どおりぼこぼこにされた。慈悲はなかった。


「もうちょっと手加減しない?」


「真剣勝負で手を抜くなんてわたしにはできないわ」


「真名佳はハンデというものを勘違いしてる。実力差がある者同士の戦いでも、あるていど対等に戦えるようにするためにハンデがあるんだ」


「残念だったわね。わたしは身につけた実力で弱者を一方的に蹂躙したいの」


「本音がえぐい……ってまた新キャラ? しかもだいぶ使いこなしてるし」


「練習する時間はたっぷりあったから」


「実戦も?」


「ええ。世界中にライバルがいるんだから」


「楽しそうで何より」


「でも、負けて悔しがってる反応をすぐ隣で見られるのは恭ちゃんだけだから」


「そりゃどうも」


「……だから、あまり遠くへ行かないでね?」


 真名佳のすがるような言葉に、僕は明確な返事ができなかった。

 ゲームに集中している風をよそおって、中途半端にうなずいただけ。


 真名佳がどういう答えを求めていたのか、その真意はわからないけれど。

 僕はそもそも、答えを出すのを避けていた。

 ここでの返事によって、先の関係までが確定してしまいそうな気がして――


 ――などと理屈をこねてみたものの、要するに怖かったのだ。

 僕の言葉が真名佳の未来を左右するかもしれない。

 その責任の重さに尻込みしてしまった。


 真名佳の言うとおりだ。僕は甲斐性がない。




 それでも、少しだけ明るい兆しはあった。

 帰りに真名佳の部屋を見上げてみて、ちょっとした変化に気づく。

 いつもは閉め切っているカーテンがわずかに開いていて、そこにラベンダーの鉢植えが置かれていたのだ。部屋の中には外の光が差し込んでいるのだろう。


 こうやってちょっとずつでも、真名佳が外を意識してくれたら。

 いずれ萩月とも顔を合わせて、友達になれたら。

 真名佳の世界をもう一度、広げていけたら。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 そんな前向きな気持ちは、残念ながら長続きしなかった。


 ――真名佳はどうして、浮気の話をあれ以上追及しなかったんだろう。

 

 翌日にはその疑問に耐えられなくなり、人に相談することにした。

 苦手な相手だが、ほかに適任が思い浮かばない。


「恋愛経験の豊富そうな榎本さんに質問があるんだけど」

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