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20.幼なじみとラベンダー

 ダブルデートが終わったあと、僕はその足で柊の家へ向かった。

 いつもと同じ道筋だけど、いつもと違って緊張している。


 ひきこもりのリハビリのために、真名佳と萩月を会わせたい――もっと言えば友達になってもらいたい。そんな話をどう切り出せばいいのか悩んでいた。


 いつもと違うことは他にもある。

 が、こちらは考えてもどうしようもない。


 柊家の前に到着した。

 いつもと違って、一階に人の気配がある(・・・・・・・・・・)

 パタパタというスリッパの足音、ぼんやり聞こえるテレビの音声、窓越しに漂ってくる香ばしい匂い――


 僕は小さく息を吐くと、意を決してインターホンを押した。

 足音が近づいてきて、ドアが開く。


「ああ、やっぱり恭治君。いらっしゃい」


 まだ少しぎこちなさの残る笑顔で出迎えてくれたのは、真名佳の母親だった。

 この程度のやり取りならカメラ付きのインターホン越しでもできるのに、わざわざこうして玄関まで出てきてくれる。

 身につけているエプロンの素朴なデザインの印象もあって、家庭的でやさしいお母さん、という感じの人だ。


「どうも、お邪魔します」


「真名佳なら上にいるわよ……っていつものことだけど」


 おばさんは苦笑いを浮かべる。

 うん、気まずい。

 ひきこもりの鑑ですねハハハ……、なんて軽い返事はとても無理だ。


「ありがとうございます」


 当たり障りのない返事をして、靴を脱ぎ、スリッパにはき替える。


「めずらしいのね、お休みの日に来てくれるなんて」

 

「ちょっと出かけてたので、そのついでというか」


「そう……」


 お母さんはあごに手を当てて数秒ほど考え込む。

 それから、良いことを思いついた、という風な笑顔になった。


「ね、恭治君。私とお父さん、一時間ほど出かけてきましょうか?」


 いやいや、お見合いじゃないんだから。

 あとは若い二人に任せて、みたいなノリはちょっと……。

 それともあれですか?

 今日は家に誰もいないの、って娘に言わせるつもり?

 そんで僕をオオカミにさせるつもり?


 そんな突っ込みも決して言葉にすることはない。

 

「え、あ、いや、大丈夫です、すぐ帰るので……」


「そう……、残念。好きなだけゆっくりしていっていいからね」


「あ、はい、どうも」


 僕は小さく頭を下げてから、階段を上がっていく。


 やり取りの最後まで距離感が定まらなかった。

 おばさんとはたまに会っても、未だにこんな感じだ。


 昔のおばさんはもっと威圧的だった。

 真名佳の教育に全力を注いでいた頃の話だ。同い年の子供は娘のお友達ではなく、勉強を妨げる邪魔者という扱いで、僕も常に値踏みするような目で見られていた。あれは本当に怖かった……。


 じゃあ今は親しみやすいかというと、少し違っていて。


 弱さを感じる現在の姿は、見ていて痛々しい気持ちになる。

 これは厳しかった――よく言えば強かった――おばさんを知っているからこそ、湧いてくる感情なんだろう。


 露骨に遠慮されていることにも戸惑いがある。

 引きこもりになってしまった娘の唯一の友達の機嫌を損ねてはいけない――そんな打算が見え隠れてして、複雑な気持ちになる。

 偉そうな考え方かもしれないが、どうしても、そう感じてしまう。


 階段を上がりきるまでに、すっかりネガティブな気分になってしまった。

 真名佳と顔を合わせる前に立て直さないと。

 スマホの自撮りモードで表情を確かめて、それなりの笑顔を作ってからドアノブに手をかける。


 冷房でひんやりした、薄暗い室内。

 部屋の主は定位置であるベッドの上に鎮座していた。


「やあ真名佳、今日も元気にひきこもってる?」


「何を言ってるの恭ちゃん、人が引きこもるのは、心か身体か、もしくはその両方に元気がないからよ」


 本を読みながら、こちらを見ずに素っ気なく答える真名佳。


「あ、うん、そうだね」


 せっかく陽気なキャラを演じてみたのに、すごくまじめに返されてしまった。


「無理しないで、わたしはいつもどおりの恭ちゃんがいい」


 しかも逆にたしなめられてしまった……。


「それで、今日はどうしたの?」


 真名佳はようやく読んでいた本を閉じて枕元に置いた。

 それから、腕を伸ばして自分でカーテンを開ける。

 その一連の動作があまりに自然だったから、気づくのが遅れてしまった。


「恭ちゃん?」 


 真名佳が、自分から、カーテンを、開けるなんて。

 けっこうな驚きだったが、当の真名佳に特別なことをしたつもりはないらしい。

 だったら僕も大げさに反応するべきではないだろう。


「あー……、ちょっと出かけたついでに寄ったんだよ」


「ふーん、外出なんてめずらしい。……その袋は?」


「おみやげ」


 フラワーフェスタで見かけてから、ずっと気になっていた花だ。

 その小鉢を、ゆっくりと袋から取り出した。

 ひょろりとした茎の穂先に咲く、薄紫色の花。


「わぁ……、ラベンダーね」


 真名佳の声が弾む。


「見ただけでわかるんだ」


「そりゃあ、有名だもの。きれいね、かわいい花びら……」


 受け取った鉢植えを動かし、上下左右とあらゆる角度から眺める真名佳。

 楽しげな横顔を見られてうれしく思う。

 この反応こそプレゼントの醍醐味だよなぁ。


「……ちょっと恭ちゃん、人の顔を見ながらニチャニチャしないでくれる?」


「擬態語が嫌すぎる……」


 真名佳の笑顔が消えて、鋭いまなざしが向けられる。

 いつもの照れ隠しだとわかっていたが、次のセリフは想定外だった。


「ふんっ。突然のプレゼントは浮気を疑えって言うけど、恭ちゃんにそんな甲斐性はないわよね」


「えっ」


「えっ……?」


 ――えっ?

 

 真名佳が目を丸くしたのを見て、自分のミスに気づく。


 どうして僕は、本当に浮気を言い当てられた人みたいな反応をしてしまったんだ?


 見つめ合ったまま、口を開くのをためらう二人の間で。

 エアコンが冷風を吐き出す音が、やけに大きく響いていた。

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