18.彼女に助けられる
「気持ちをしっかり持ってね」
榎本がはきはきとした声で語りかけてくる。
「列車が来てるときは線路に近づかないように。学校の屋上には上がらないように。あとそれから……、人間を吊り下げれるような太いロープを買わないように」
「いやいや、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
僕は軽く応じるが、榎本の心配は止まらない。
「ニセでも嘘でも彼女は彼女なんだから、いいんちょにも相談しなよ」
「それはちょっと」
僕は首を振った。断じて無理な話だ。
負い目が有り余っている相手に相談するなんて、厚かましいにもほどがある。
「行けるって、女の子はね、男子が不意に見せる弱みにグラっと来るんだから。それにもし、しっきーがいいんちょを陥落してくれたら、うちの恋路もちょっとは開けるかもだし」
自分のためにがんばって、という口ぶりは僕の気を楽にするためだろう。
僕のためだけではなく、榎本のためにもなる。
動機が二つあった方が、実際に行動を起こしやすいからだ。
榎本ひなたは、大ざっぱなようでいて細やかな気配りができる子だった。
陽キャの本質は他者への関心とやさしさなのかもしれない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
萩月たちと合流してからのことはよく覚えていない。
遼とも萩月とも顔を合わせるのが気まずくて、会話には適当に相槌を打ってごまかしていた。
ダブルデートの終わりまでずっと。
そんな精神状態だったので、解散が早めだったのは助かった。
あらかじめ、萩月が時間を区切っていたのだ。
午後から予定があるので早めに終わりたい、と。
だけどそれは嘘だと僕は思っている。
単に長時間の外出が苦手なだけだろう。
人混みというフィールドは陰キャにとって毒の沼も同然。
心身への負担が大きすぎる。
「じゃあな、また学校で」
「ばいばーい、しっきー、いいんちょ」
遼と榎本は近くのショッピングモールへ一緒に行くらしい。
もう付き合ったら? いろいろ楽になるんだけど。
そう思いつつ、手を振る二人を見送った。
続いて、ニセ恋人という建前に従って一緒にいる萩月に尋ねる。
「萩月はどうするの? もう帰る?」
「あたしは、これから予定があるので」
「それって早く帰るための嘘じゃなかったの?」
「あたしをなんだと思ってるんだか。デリカシーのない男子はキモがられる――と言いたいところですけど、一人になりたかったのは事実です」
萩月の言葉から、僕はすぐにその裏の意図を読み始める。
一人になりたかった――
すなわち僕は邪魔である――
キモい上に邪魔という二重苦――
視界に入ってごめん、すぐ離れるから――
「あっ、じゃあ僕はこれで……」
軽く手を上げて立ち去ろうとしたが、すぐ呼び止められる。
「待ってください。……式守君、さっきからなんだか腰が引けてないですか? 地味子陰キャぼっちのあたしに対して、そんなに遠慮しないで、もうちょっと図々しく来てくださいよ」
「えぇ……」
こっちはまだ目を合わせるのも気まずいのだが。
萩月は相変わらずネガティブに積極的だ。
「ええと、予定って何?」
「いつもの〝善行〟ですよ」
とても良いことをやろうとしているのに、萩月の言い方は皮肉っぽい。
「休日返上でやるんだ」
「はい、じゃあ行きましょうか」
「……僕も?」
「はい」
「善行の手伝いとか?」
「違います」
萩月はちらりと上目遣いで僕を見たあと、すぐに視線を逸らす。
「式守君が対象だから。人助けの」
「……つまり?」
首をかしげて聞き返すと、萩月はふたたび上目遣い――というか睨んでくる。
「様子がおかしいから心配してるって意味なんだけど最後まで言わせないでください、いつもは妙に察しが良いのになんなんですか今日は」
「え、いや……」
「榎本さんと二人で戻ってきてからですよね、ずっと寝起きみたいにぼんやりしてるの。あたしと天原君を置き去りにして気まずい思いをさせて……、その間に妙なことでもしてたんですか」
「妙なことって」
「……してたんですか?」
「いや……、榎本さんの話はあくまできっかけで、僕が勝手に気づいたというか、思い知っただけだから」
「しゃべりもぼんやりしてますね……、要領を得ない。もういいです、行きましょうか」
ほとんど一方的なやり取りだった。
萩月の強引さに流されるようにして、デートの続き――萩月いわくリハビリをすることになった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
といっても、特別なことは何もしない。
人の流れに従って進みながら、展示してある花を眺めるだけだ。
「そういえば、萩月って園芸部員だけど、花が好きなの?」
「人並みです。嫌いな人はいないんじゃないですか」
「デート場所にフラワーフェスタを選んだのって、たぶん遼が部活のことを覚えてたからだと思うよ」
うっかり遼の話題を振ってしまった。
案の定、萩月は顔をしかめる。
「わかってるから言わないでください」
ごめん、と謝ろうとして思いとどまると、またすぐ僕たちは無言になってしまう。
手持無沙汰を埋めるためにスポーツドリンクをあおる。
ついさっきも飲んだばかりなのでちょっと水腹ぎみだ。
「……飲む?」
萩月が暑さでバテているように見えたので、ペットボトルを差し出した。
「どうも」
萩月は短く応じてペットボトルを受け取り、ふたを開けて口をつける。
ペットボトルをラッパ飲みするときは、いつも俯きぎみの萩月も、顔を上げないといけない。そうすると、スポーツドリンクを飲むのに合わせて、白いのどが動くのがよく見えた。
「ありがとうございます」
「あ、間接キス……」
返されたペットボトルを見て、僕は反射的につぶやいていた。
「中学生なら恥ずかしがるかもですね」
萩月の切り返しはあっさりしたものだ。
サバサバした女友達キャラでさえ、ここは女子扱いされて赤面するところだというのに。
これではまるでオタクを弄るギャル枠ではないか。
地味な外見に反して、意外と経験が豊富であらせられるのか……?
「ちょっと何赤くなってるんですか」
「五月にしては陽射しが強いよね」




