16.彼女はくたびれている
ダブルデートの目的地は市民公園だ。
フラワーフェスタなるイベントが開催中で、それを見に行きたいと榎本が希望したのだ。
一般人向けに解放された大きな花の市場のようなもので、展示されている花を見て楽しむだけではなく、気に入った花があればその場で買うこともできる。
『まさにSNSで映えることに必死な現代人のためのイベントですね』
などと萩月は相変わらず捻くれたことを言っていたが、実際に訪れてみると、そこまでスマホを構えている人間ばかりではない。家族連れもたくさん来ている賑やかなイベントだった。
「わぁキレー、ねえねえ、ここでみんなで写真撮ろうよ」
榎本がはしゃいだ声で僕たちを手招きする。
入口にある花でできたアーチを指さし、それを背景に一枚撮ろうというのだ。
もちろん萩月は嫌そうな顔をした。
「あたしなんかが写ったら、榎本さんや天原君のキラキラ感を曇らせちゃいます」
「大丈夫だよ、二人のキラキラ感は萩月のまとう薄暗い空気も晴らしてくれるさ」
「あたしと同レベルの式守君に言われるのはなんか違う気がします」
「ところで僕が榎本と一緒に写るのは、匂わせみたいになるんじゃないかな」
「大丈夫です、偶然会った陰キャにもやさしいんだね、と榎本さんの株が上がるだけですから」
「僕の存在が匂ったところで誤解が生まれるわけがないよねハハ……」
どんよりしたやり取りをするニセ恋人たちに、榎本はその雰囲気を吹き飛ばす明るい声で呼びかけてくる。
「おーいお二人さーん、二人の世界作るのは後にして、こっち来なよー」
そんな元気いっぱいに呼びかけられると反発なんてできない。
とぼとぼと歩いて華やかなアーチの前に立ち、四人がそろうと、通行人に頼んで撮影してもらう。
それぞれのスマホに転送された写真を見て、ああ、と心の中で嘆く。
ひと目でわかるイマイチなできばえだった。
「りょー、ちょっとカッコつけすぎじゃない?」
「ひなこそ、ポーズが猫かぶってんぞ」
そんな風に言い合っているが、遼と榎本はさすがに写真慣れしているようで立ち姿も笑顔もばっちりだった。
対する僕と萩月はひどいものだ。
背中を丸めてぎこちない笑顔を浮かべ、ピースサインの中指は中途半端に曲がっている。
「作り笑顔もうちょっとなんとかならなかったんですか?」
「そっちこそ光の加減でメガネが反射してるんだけど。あと猫背」
まさに光と影。表と裏。陽と陰。
世界がどうしようもなく二極化してしまっていることを示す一枚となってしまった。
それから4人で会場をうろついた。
主にしゃべっているのは榎本で、僕がその相手をしていた。
萩月は4人グループに属しているのかいないのかギリギリの距離感でついてきているので、論外というか圏外な状況。
いつも榎本と気楽にやり取りをしているはずの遼は、チラチラと後方をうかがって萩月の様子を気にしていた。そのせいで榎本の話にもあまり集中できていない。
なので消去法で僕が榎本のお相手になるしかなかった。
あの花きれー、というありふれた感想から、花の展示パネルに書かれた花言葉をネタにした雑談など、榎本は次から次へと話しかけてくる。僕はそれに気を使いながら受け答えをした。
「ね、しっきーといいんちょって、いつから付き合ってるの?」
「え? えーと2週間くらい前」
「ざっくりしてるぅ。ダメだよ、記念日はちゃんと覚えとかないと」
「そういうもの?」
「メンドくさそうな顔ー。いい? しっきー」
「はい」
「女の子はね、常に自分のことを考えててほしい生き物なの」
「なるほど」
「でも、男子的にそれはしんどいじゃない」
「いや、まあ」
「だから、常にじゃなくて、ここぞというポイントを押さえておくわけ」
「それが記念日」
「正解」
「勉強になります」
「長くお付き合いしたいなら、誠実かつ省エネでね」
おかしな返事をしていないだろうか、スベっていないだろうか、相手を不快にさせていないだろうか。そんなことを常に考えながらのやり取りは、とても疲れる時間だった。
ひっきりなしに話しかけてくる陽キャの女子と一緒にいると、それだけでとても緊張する。榎本のような美少女となればなおさらだ。
自分の言葉が相手にどう受け取られるのか、それを意識して気を張るのは、教師や上級生を相手にしているときの感覚に近い。
それはたぶん、相手がこちらの評価権を握っていると感じてしまうからだろう。
教師であれば僕たちの成績を握っている。
上級生ならば他の生徒への影響力を持っている。
榎本ひなたも上級生枠だ。
彼女の一挙手一投足はクラスメイトに影響を与える。
――式守君とフラワーフェスタで会ったんだけど、会話が続かなくって。
もしそんなことを言われたら〝式守は話がつまらないやつ〟というイメージがついてしまう。
生殺与奪の権を他人に握られて、びくびくしながら生きているのが陰キャなのだ。
萩月と二人きりになりたい。
陽キャとのやり取りに疲れた心は、陰キャとのひとときを求めていた。
遼と萩月の仲を近づけるつもりだったのに、そんな目標が吹き飛ぶほどの心労。
それを察したようなタイミングで、遼が声を上げた。
「ちょっと休憩しようぜ」
ふと後ろを振り返ると、萩月の歩みが少し遅れていた。
遼はそれに気づいたのだろう。
他人の体調というのはこまめに見ていないと変化がわからない。
遼の献身はまさに『常に自分のことを考えてもらいたい女の子』の心を満たすものだった。
さりげないやさしさに、萩月は気づいているだろうか。
……あ、ダメだ、疲れ切った顔をしている。体力ないんだな。
人のやさしさに反応できる余裕はなさそうだ。
というわけで、イスとテーブルが並ぶ休憩所でひと休みすることになったのだが――
「うち、何か買ってくるよ」
榎本がそう言って、僕の肩に手を置いた。
「しっきーと一緒に」
「……へ? なんで遼じゃなくて」
「いいでしょ? いいんちょ。彼氏ちょっと借りるね」
「あ、うん、どうぞ」
疲れのせいか萩月の敬語がちょっと崩れていたが、短い返事なので誰も気にしていないようだ。
というか萩月。ニセ彼女。やる気あるのか。
仮にも彼氏が他の子と二人きりになるんだから、少しは意識するふりをしてほしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇
二人で屋台へ向かう途中にも、榎本はいろいろと話を振ってくる。
僕はそれに淡々と応じていた。
「いいんちょ、ちょっとお疲れだったね。彼氏ならちゃんと見ててあげないと」
「面目ない」
「やっぱりまだお互いエンリョがある感じ? ね、告白ってどっちから?」
「萩月から」
「シチュエーションは?」
「放課後の教室」
「ふーん、細かいところまで設定してるんだ」
「まあ……」
返事の途中で僕は反射的に口元を押さえた。
榎本は今なんて言った? 設定?
立ち止まって振り返ると、榎本はニヤリと挑発的な笑顔を浮かべていた。
「でも肝心の、相手への態度がイマイチだよね。想いが浅い」
辛らつな物言いに息をのむ。
榎本はもう知っていたのだ。僕と萩月の関係を。
「ま、ニセ恋人なら仕方ないけど」




