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14.彼女は囲まれる

「おい、委員長の彼氏」


 椿井玲美が声をかけてきた。

 その呼び方に周囲がざわつく。


 僕は後ろを周りをきょろきょろ見回して〝自分が呼ばれていることに気づいていない〟アピールをするが、


「いやお前だよ」


 とはっきり指をさされて万事休すである。

 すごく嫌だったが、大人しく呼びかけに応じる。


「……何」


「ちょっと顔貸してくれ」


 椿井は廊下の方を顎でしゃくった。

 まるでカツアゲである。


「なんの用事? その場で飛び跳ねたらいいの?」


「何言ってんだアンタ」


 椿井の反応は素っ気ない。

 それにしても、さっきから人のことをアンタとかお前とか委員長の彼氏とか、呼び方が雑すぎる。名前を憶えられていないのかもしれない。


 これから一体何をされるのだろう。

 ギャルはオタクに優しいなんて幻想は信じていないので恐怖しかない。

 びくびくしながらついていくと、椿井は廊下の片隅で立ち止まった。

 人に見られたくないような行為に及ぶには都合のいい場所だ。


「アタシはただ……、礼を言いたかったんだ」


 椿井の声には真摯な響きがあった。


「礼って?」


「朝に騒ぎがあっただろ」


「ああ、遼が助けに入ったやつ」


「……そう仕向けたのはアンタだろ」


「僕が何もしなくても、ああいう状況を見たら遼は助けに入るよ」

 

「アタシが言いたいのはそこじゃない」


 すっとぼける僕を、椿井はキッと睨みつける。こわい。


「アタシの小説の読者が同じクラスにいたなんて、偶然にしちゃ出来すぎだろ」


「物語ってのは偶然から始まるものじゃないの? 空から落ちてきた女の子を助けたことで、天空の城を目指す冒険に巻き込まれるみたいに」


 ちょっと苦しい言い訳かなと思ったが、


「そうだな」


 と椿井はあっさり認めた。


「それなら」


「ただし、アタシらにとっての物語の始まりは、今朝じゃない。昨日だ」


 うなずいたと思ったらまたすぐ首を横に振った。

 ……もったいぶった言い回しをするやつだ。


「昨日っていうと?」


「昼休みの図書室で、アタシが〝書いてるやつ〟だってバレた瞬間さ」


「物語の始まりにしちゃ地味なエピソードだと思うけど」


「始まりは偶然でいい。だけど、続くのは必然でなくちゃいけないってのが、小説書きであるアタシの持論でね」


「偶然だって何度も続けば必然になる、みたいな話?」


「違う。偶然によって動き始めた登場人物の意思が、物語を作るんだ」


 そう言い切る椿井はちょっと得意げだ。決め台詞かな?


「天原君がアタシの小説を知ってたことに最初は驚いたけど、すぐにアンタと天原君が仲いいことを思い出して、気づいたんだ。これはアンタの差し金だって」


「僕が遼に、椿井が小説を書いてることを教えたって?」


「ああ。でもそんなことする理由がわかんないんだよ」


 椿井はしかめっ面で僕を見ている。

 説明しろ、とその顔が言っていた。


 椿井の言葉はいちいち芝居がかっているが、僕と遼のつながりについては当たっている。

 ほとんど想像だけでよくここまで考えたものだ。

 その想像力に免じて、話せる範囲で事実を話すことにした。

 ずっと目を逸らさずに見つめてくる椿井の圧力に屈したわけじゃない。


「……遼を動かしたのは、僕じゃなくて萩月の意思だよ」


「委員長が? どういうことだ」


「椿井の小説がお友達に知られたら面倒なことになるかもって、心配してたんだよ」


「ああ……」


 今朝の一件を思い出したのか、椿井は苦い顔をする。


「僕は遼に事情を話して、いざというとき助けに入ってもらうように頼んでおいたんだ」


 ただ止めに入ってもらうのではなく、遼が小説の読者であるという設定にしたのには理由がある。

 箔をつけるためだ。

 

 昨日、真名佳が言っていた、自作小説を攻撃されないための方策。

『書籍化』『ランキング1位』『1000万PV』――

 こんなものはとても用意できない。

 ただし、教室内に限れば同レベルの影響力を行使することはできる。


 遼が面白いと認めてくれればいいのだ。

 トップカーストのお墨付きは、教室という限定空間において、とても強い〝箔〟になる。

 

「ふん。委員長は心配をした。

 アンタは助けに入るよう手配した。

 実際に行動したのは天原君だった。

 ――そういうことか」


 椿井は大ざっぱに話をまとめた。

 ようやく、僕が大したことをしてないと理解してくれたらしい。

 そう、僕なんて表に出ることのない、取るに足らない存在なのだ……。


「そういうこと。だから――」


「だったら、やっぱり礼を言っとかないとな」


 理解してくれてなかった。


「なんで、僕は」


「委員長でも、天原君でもない。その間をつないでくれたお前のおかげでアタシは助かったんだ」


 はっきりそう言われて、反論が引っ込んだ。

 僕がやったことなんて、遼に助けを求めたことだけだ。

 それでも、感謝されるのは、悪い気分じゃない。

 ……いや、正直、うれしかった。

 遼よりも僕の方を認めてくれたみたいで。

 

「何ニヤニヤしてるんだよ、キモいな……」


「えっ、あ、うん、ごめん……」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 持ち上げられて落とされたあと、椿井と別れて教室へ戻る。


 ここ数日、教室に入るときはいつもある一点に目に注目してしまう。

 窓際の席でぽつんとたたずんでいる、地味なクラス委員長。僕のニセ彼女。

 そこに萩月がいることを確認してから自分の席に着くのが習慣になっていた。


 ところが、今日はちょっと様子が違っていた。

 萩月の席が男女のペアに囲まれていたのだ。

 そのすき間を縫って、萩月が助けを求めるような目を僕に向ける。

 なんだろう。

 陰キャが人に囲まれる状況には悪いイメージしかない。


 急いで萩月の席へ歩み寄ると、萩月の表情が少しだけ和らぐ。

 その変化から僕の接近を察したのか、女子の方がこちらを振り返った。


「あ、しっきーじゃん、ナイスタイミング」


 と呼びかけてくるのは榎本えのもとひなた。

 そして、釣られて振り返った男子は遼だった。


 我がクラスが誇る陽キャの双璧が、僕たちにいったいなんの用だ? 

 というかしっきーって僕のあだ名? 

 間違っている青春ラブコメの主人公みたいだな……。


「式守君……」


 萩月は親と再会した迷子みたいな声で僕を呼んで、庇護欲をくすぐってくる。

 まあ、陽キャ二人に迫られたら心細かっただろう。

 特に遼は、告白を断った相手という負い目もあるわけだし。


 遼たちに害意がないのはわかっているが、これは相性の問題なのでどうしようもない。

 陽キャが持つ明るさは、陰キャを委縮させてしまう。

 きのこが陽射しに弱いのは、根性でどうにかなる問題ではないのだ。


「ナイスタイミングって?」


 僕はわざわざ遼に問いかけたのに、


「次の休日のことなんだけど」


 と榎本が目の前に割り込んでくる。

 その近さに僕は一歩後退して顔を背けた。


 榎本ひなた。

 我がクラスの女子陽キャ筆頭格である。

 元から整っている容姿を、ナチュラルメイクと制服のコーデ、小物などでさらに飾り立てていて、キラキラした子というのが第一印象。いつも笑顔で明るい性格から友達も多く、親しみやすい美少女と言える。


「次の休日?」


 と聞き返す僕。

 陽キャで女子という苦手要素の二段構えに対して、もちろん目は合わせられない。


「そっ。しっきーと委員長いいんちょって付き合ってるでしょ」


「え……」


 なぜ僕たちの(表向きの)関係を知っているのか。

 萩月を見ると、諦めの表情でこくりとうなずいた。すでに吐いてしまったらしい。


「ふっふ、最近、しっきーといいんちょの距離感、なんか近くなってるもんね」


 ここで『そうだろ? ラブラブなんだぜ』と返せたら、きっと僕も陽キャの仲間入りだ。

 しかし現実では、


「ああ、まあ……」


 となんの発展性もない相槌を打つことしかできない。

 それでも平然と話を続けてくれる榎本はさすがだ。


「でーもー、まだまだぎこちない二人の関係。うちらで盛り上げてあげたいなって思って」


「……盛り上げる?」


 その単語には〝余計なお世話〟というイメージが強くて、はっきり言って嫌な予感しかしない。

 萩月を見ると、あきらめの表情でふるふると左右に首を振った。


「というわけでぇ、ダブルデートしよ?」

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