13.彼女は傍観している
翌朝、登校すると事態はすでに進行していた。
椿井礼美とそのお友達が口論になっていたのだ。
「止めろって言ってるだろ」
椿井礼美が凄んでみせるが、お友達3人は動じない。ヘラヘラと笑いながらスマホの画面に見入っている。
「えーでもうちら、小説読んでるだけだし」
「そーそー、むしろ感謝するべきじゃん?」
そのやり取りを聞いて状況は理解できた。
椿井が小説を書いていることがバレてしまったのだ。
椿井が何を言っても、お友達は「投稿サイトの小説を読んでるだけ」「あんたに止める権利はない」と適当に返事をするだけで、まともに取り合おうとしない。
椿井はしばらく悔しそうに三人を睨みつけていたが、やがてあきらめてそっぽを向き、頬杖をついた。
小説を投稿したのは椿井だ。その小説は誰でも自由に読むことができるし、それを止める権利は誰にもない。本当に読まれたくないのなら、投稿を取り下げるしかないのだ。
だからといって、お友達三人の態度は正当化できるものじゃなかった。
周りで傍観しているクラスメイトたちも、お友達の言動を心の中では不快に思っているはずだ。
もっとも、思っているだけで何もしないから傍観というのだ。僕もその一人だ。
ちなみに萩月は僕よりも早く教室に来ていたが、やはり何もできないでいた。ときおり心配そうにトラブルの渦中に目を向けてみても、はわわ、という表情をするだけで止めに入る様子はない。
授業が始まるまで、このギスギスした雰囲気は続くのか。
誰もが誰かに〝なんとかしろよ〟と押し付け合い、止めに入る者がいない状況で。
お友達3人はさらに調子に乗った。
「ねー、ちょっとこれどういう意味?」
と一人が声を上げる。
ただの質問ではない、弱みを握った悪役のような、いやらしく絡みつく声だ。
「なにー?」
「ほらここ、『最近、友達付き合いが憂うつだ。話を合わせるのが面倒。興味のない場所へ一緒に遊びに行く時間がもったいない』だって」
「うちらのこと、そーゆー風に思ってたんだ」
「えー、凹むわー」
お友達はとうとう小説の中身にまで口を出してきた。
主人公の独白を、作者である椿井の考えと同一視している。
これにはさすがに椿井も黙っていられなかったようで、はっきりと反論する。
「主人公の考えてること全部が、アタシのふだん思ってることと同じってわけじゃない」
「でも一切、まったく、ちっとも考えてないことを書いたりしないっしょ?」
「そりゃ……、そうだけど」
言質を取ろうとするような質問に、椿井はしぶしぶ頷いていた。
ここは相手を調子に乗せないよう、もっとはっきり突っぱねないといけないところなのに。
それができずに正直に答えてしまうことが、椿井の性格を示している。
「百パー一致してなくても、ちょっとはあたしらのこと、こーゆー風に思ってるってことなんだ」
「顔を合わせたくないとか、一緒に遊ぶ時間がもったいないとか」
「うちら、もう友達やめたほうがよくない?」
何か決定的な終わりへ向かいそうな流れになってきたが。
「おっ、どーした? 何の騒ぎだ?」
そこへやってきたのは我がクラスの中心、天原遼。
ヒーローは遅れて現れる、というやつだ。
頼れるリーダーの登場に、緊張していた教室の雰囲気がゆるむ。
しかし、味方が来たと思ったのは敵にとっても同様らしい。
「あっ、ちょっと聞いてよ天原ぁ」
お友達一号が猫なで声で遼に呼びかける。
椿井を攻撃するために、とうとう周りを巻き込み始めた。
しかし遼は気さくにそれに応じる。
「なんだ? スマホ?」
「ネット小説なんだけど、これって実は礼美が書いたんだよ」
「へえ、そうなのか、すげえな」
「でも中身がぁ、ちょっと……」
お友達2号がスマホを操作して画面を遼へ見せつつ、その内容を説明する。おそらくは一方的な、萩月を悪者にするような説明なのだろう。
そして遼を自分たちの側に引き込むつもりだ。
「なるほどな」
「ひどくない?」
お友達3号がぷんぷん、と擬音が出そうなくらいに頬をふくらませる。
他の二人も両脇でこくこくとうなずいている。
しかし、
「――いや、ひどくないぞ」
遼は明言した。
「えっ?」
「友達を下げるような主人公のグチはな、前振りなんだよ」
そして、3人そろってきょとんとしているお友達ガールズに向けて、言い聞かせるようにゆっくり語りかける。
「友達だからって、そのすべてが好きなわけじゃない。いいところも悪いところもある、顔を合わせたくないときだってあるかもしれない。でも、そういうところも全部ひっくるめて、やっぱりみんなと一緒にいたいんだっていう、複雑な友達への想いを表してるんだ。最後まで読めばわかる」
長く、それでいて熱を帯びた遼の語りに、媚びるようだったお友達3人の表情がだんだん真顔になっていく。
「……やけに詳しくない?」
「おう、だって俺この小説の読者だからな」
まさかの既読に、お友達3人はぽかんと口を開けて言葉もない。
「えっ……!?」
と作者の椿井も、まさかのリアル読者の出現に驚いている。
「これの作者が同じクラスにいるとは思わななかった」
「……アタシもびっくりしてる」
「主人公がいつも学食のメニューに文句言ってるだろ、あれめちゃ共感しながら読んでたんだけど、それも納得だよ。うちの学食知ってるやつが書いてたんだからな」
「あっ、うん……、どーも……、でもあんまり語られると、ちょっと恥ずい」
二人は見つめ合って、ちょっといい雰囲気で話を続けている。
椿井と遼。
作者と読者。
完全に二人の世界ができあがっていた。
そして蚊帳の外に置かれたのがお友達3人。
彼女たちは自らの策略が破れたことを悟って、そそくさと遠ざかっていくのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
朝の一件のせいでざわついていた教室も、ようやく落ち着きを取り戻し始めた昼休み。
昨日に続いて昼ご飯に誘おうかと萩月の方を見ると、向こうもこちらを見ていたようで、ばっちりと目が合った。
いつも以上にこけしめいた平坦な表情だが、メガネの奥の瞳だけは何か言いたそうに細められている。
しかしここで声をかけることは許されていない。
萩月は校内での接触をすごく嫌がるのだ。
『昼ご飯、図書室で』とアプリでひと言だけメッセージを送って、先に席を立つ。
――その瞬間、今までにない呼び方をされた。
「おい、委員長の彼氏」
ギャル小説書きの椿井礼美だった。




