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12.幼なじみと小説

「いらっしゃい恭ちゃん、いつ退学するの?」


 部屋に入ると真名佳の方から声をかけてきた。

 表情も穏やかなので、今日は機嫌がよさそうだ。


「そんな予定はないよ」


 冗談(だよな?)を軽く流してテーブルに着くと、その上に一冊のマンガが置かれていることに気づく。

 そして真名佳はベッドの上でマンガを読んでいる。

 いつもなら授業でわからないところを教わるのだが、今は真名佳がマンガを読み終えるのを待つことにした。


 そもそも、勉強を教えてもらうのは険悪なムードになったときに間を持たせるための口実なので、真名佳の機嫌が良ければ別にやらなくても構わないのだ。


 時間を潰すためにスマホを取り出すと、真名佳がぽつりとつぶやいた。


「やることがないなら、そのマンガ読んでみたら」

「え? いや別に」

 興味ない、と続けるより先に、

「読んで」

 とかぶせてくる真名佳。

 最初は提案だったが実質的には強制だった。


 テーブルの上に置かれていたマンガは誘いだったのだ。

 だけど無視してゲームを始めるものだから、耐えかねて口を出してきたのか。

 最初から素直に言わないところが実に面倒くさい。


 さらに面倒なことに、この本を読まないと真名佳はへそを曲げてしまうだろう。

 つまり読まないという選択はなかった。

 期間限定のイベントを進めたかったのだが仕方ない。

 あきらめてスマホを置き、マンガを手に取る。


 背表紙から予想はついていたが、それは少女マンガだった。

 疎遠だった幼なじみの男女が高校で再会して、少しずつ距離を縮めていく。

 ヒロインと男子それぞれに好意を抱くライバルが現れたり、ささいな誤解からすれ違ったりと紆余曲折はあったものの、ラストはめでたく両想いとなる、そんな物語だった。


「どうだった?」


 最後まで読み終えると、まだ本を閉じてもいないのに真名佳が感想を尋ねてきた。

 そのタイミングのよさに戦慄する。

 まさか、マンガを読んでいる僕をずっと監視してたのか。


「……まあ、悪くなかった。ベタな話かもしれないけど、ラブコメってのはこういうのでいいんだよこういうので。一巻できれいに終わってたし」


「続き、あるんだけど」


 真名佳は持っている本の背表紙をこちらに見せる。

 僕がたった今読み終えたマンガの2巻であった。


「せっかくきれいに終わってるのに続きを? そういうの、蛇足っていうんだよ」


「出た。評論家気取りの『きれいに終わってるんだから余計なものを付け足すな』論」

 真名佳はやれやれという風に首を振って否定する。

「これは商売なんだから、続けられるところまで続けるのが前提なの。作者はそれで生活してるんだし。続刊が出るのはそれだけ人気があるってことで、続きを読みたい読者が多いってことでもあるんだから」


 矢継ぎ早に正論を出されて、ぐうの音も出なかった。

 真名佳の言うことはいつも正しい。

 理屈では勝てないので、感情論を持ち出すしかなくなる。


「……主人公たちがくっついたり離れたりすれ違ったり、みたいなのはもう興味ないんだけど」


「それなら大丈夫。二巻からは幼なじみの二人が離れていた時間を取り戻すかのようにひたすらイチャコラするだけの話になってるから」


「……エロいの?」


 返事は言語ではなく物理だった。

 ぼふん、と顔面に枕が飛来して僕はのけぞる。


「幼なじみのピュアな物語にそんな穢れた欲望を抱くなんて」


 枕がずり落ちて視界が回復すると、真名佳が顔を赤くしていた。

 布団をマントのように羽織って身体を隠している。

 そういう仕草はやめてほしい。真名佳を性的な目で見ているみたいじゃないか。

 実際そうなんだけど、そう思われないように色々取り繕っているものが崩れてしまう。

 沈黙はよくない。

 無言の時間が伸びるだけ、妙な雰囲気を深めてしまう。


「……そういえばこのマンガ、小説が原作なんだね」


 露骨な話題の切り替えだったが、真名佳はホッとした顔で乗ってきた。


「えっ、う、うん、そうなの。原作もあるけど」


 真名佳は本棚に視線を向ける。

 棚のほとんどは文庫本サイズの小説で収まっている。ほかにはハードカバーがいくつか。

 真名佳は小学校の頃から読書家だったが、そのせいで同級生との交流が少なく、近寄りがたい子だった。


「真名佳って、書く方はどう?」


 そんな質問をしてしまったのは、昼間の椿井礼美の一件のせいだ。

 雑談を引き延ばしたかっただけなのだが、真名佳の反応は過敏だった。


「えっ……、な、何言ってるの、わたしは書いてないわよ、小説なんて」


「おっ倒置法」


 カマをかけるつもりはなかったけれど、この反応からして真名佳はひそかに小説を書いたことがあるのかもしれない。


「書いてないんだからね」


「これはあくまでも仮定の話なんだけど」


「恭ちゃんってその前置き好きよね」


 真名佳は羽織っている布団をぎゅっとつかんで警戒態勢を取る。


「小説を書いてると知られたとき、周りの反応ってどうなると思う?」


「そんなの、お友達の程度レベルによるでしょ」


 ふん、と真名佳は鼻を鳴らす。


「友達とは名ばかりの見栄の張り合い、足の引っ張り合いばかりやってる連中だったら、キモい趣味だってけなしてさらして馬鹿にして、笑いものにされるのがオチね」


「えぇ……、何その流れ……、やっぱり女子コワイ……」


「はいはい怯えないで。……まあ、わたしが言ったのは悪意がちょっと強めのパターンだけど」


 真名佳はため息をついて声のトーンを和らげる。


「でも、自作小説なんて大っぴらにはできない妄想がほとんどなんだから、その作者を攻撃したい人たちにとっては、ちょうどいい標的でしかないわ」


 自分の昔を思い出しているのか、真名佳はどこか遠くを見るような顔つきになる。


「……攻撃されないためにはどうすればいいと思う?」


「簡単よ。その小説にわかりやすい箔がついていればいいの」


「面白ければ、ってこと?」


「もしそうだったら素晴らしいわね。だけど残念ながら違うわ。馬鹿にするつもりのやつが中身なんて見るわけがない。目についたセリフを抜き出して笑いものにするだけ。前後の文脈もシチュエーションも確かめない、低俗なネットニュースの見出しと同じよ」


 俗物を攻撃するときの真名佳は実に生き生きしている。


「ええと、箔っていうのは」


「書籍化決定とか、ランキング1位とか、1000万PVとか、そういうやつよ」


 具体例を出されて、ようやく理解する。


「なるほど……、自分よりも格上の相手を大っぴらに馬鹿にするのは勇気がいるからね」


「そういうこと」


 箔がついていれば攻撃されない。

 その対策はシンプルでわかりやすく、それゆえに難しいものだった。

 どれもハードルが高すぎるのに、真名佳の口ぶりはあまりに軽い。


 ……そういえばさっき真名佳、書いてるっぽい雰囲気を出してたけど、まさか書籍化もランキング1位も1000万PVも達成している神作家なんじゃないだろうな。


 引きこもり幼なじみは小説家! ~印税収入で経済力はあるが家事スキルゼロで生活力皆無の彼女は、唯一心を開いている俺がお世話しないと生きていけない~


 ――みたいな展開が待っているんじゃないだろうな。


「ねえ恭ちゃん、小説のこと、やけに熱心に聞くけど、もしかして書いたりしてるの」


 真名佳がもじもじと身をよじらせ、上目遣いでこちらを見てくる。

 仮に僕が小説を書いていたとして、いったい何を期待されているのだろう。

 深入りするのは危険な気がしたので、


「……そういえば、今日の授業でわからなかったところがあるんだけど」


 といつものように真名佳に教えを乞うのだった。

この連載小説は未完結のまま半年以上の間、更新されていません。

今後、次話投稿されない可能性が高いです。予めご了承下さい。



真面目すぎてウザがられ追放されたクラス委員長は引きこもりになってイケメン幼なじみに溺愛される~クラスの規律が乱れて学級崩壊しそうだから戻ってほしいと言われてももう遅い~


                       作者:ウィンターウッド☆マナ

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