11.彼女の推理
「……椿井は、ママになるのか?」
動揺のせいか、ちょっとおかしなセリフを吐いてしまう。
「捻くれた思考が売りの陰キャらしからぬ素直さですね」
萩月は捻くれた言い方で僕を貶した。
そして、持っている本の表紙をこちらに向ける。
そこには『子育てを乗り切るための100のことば』というタイトルがあった。
「どういう意味だよ」
「仮に椿井さんができちゃったとして、本を頼りますかね」
そう指摘されて、すぐに自分の早とちりに気づく。
「……ああ、確かに」
現代人なら困ったときはまずスマホだ。
悩み事はググって解消するものだ。
同級生が妊娠か? と勝手に勘違いして動揺していたらしい。
「でも、それじゃあなんでこんな本を読んでたんだろう」
「ネットで軽く検索するよりも、より詳しい情報が知りたいから。それと、スマホは別のことに使っていて、検索には使えなかったから――というところですね」
萩月はすでに答えを知っているかのようにすらすらと考えを述べる。
わずかなヒントから真実を導く探偵のような物言いだ。
「別のこと……?」
「たぶん小説ですね」
「小説をスマホで? ああ、ネット小説を」
読んでいたのか、と思ったが萩月の見解は違った。
「はい、書いてたんでしょう」
「小説を、書いて……?」
「椿井さんは授業中もよくスマホをさわってましたから。あたしは見てしまったんです。小説投稿サイトを開いて、指をせわしなく動かしているのを」
「つまり覗き見を」
「偶然ですぅ。たまたま目についただけですぅー」
「ふーん……、まだ状況証拠だけど、椿井が小説を書いてるなんて意外だ」
「ですよね。ネット小説は妄想を抑え切れなくなった陰キャのための現実逃避支援サイトなので、ギャルが来ていい場所じゃないです」
「あまりにも偏見が過ぎる」
「それに、もし小説を書いていることが広まれば、ちょっと厄介かもしれません」
「厄介って?」
「今の椿井さん、あまり立場が良くないんですよね」
萩月は心配そうにつぶやく。
それはどういう意味だろうと、尋ねるよりも先に戸が開いた。
椿井礼美が戻ってきたのだ。
ムスッとした顔をしているので教師にいろいろ言われたのだろう。
ちょっと話しかけづらい雰囲気だ。
しかし萩月はそうは思わなかったらしい。
「お帰りなさい椿井さん、ところで執筆中の小説を読ませてくれませんか?」
「ちょ……?」
いきなり小説の話をぶっ込む萩月。
陰キャぼっちクラス委員とは思えない積極性だった。
なんて危険なことをするのだろう。
『小説を書いているんですか?』ではなく『書いてますよね、どんなお話なんですか?』と一足飛びに話を進めるハイリスクな話術。
その利点は話が早いことだ。
椿井が本当に小説を書いているのであれば、もうバレているのなら隠しても意味がないと、あっさり白状してくれるだろう。
しかし、書いていなかったとしたら。
まるっきり的外れの勘違いで恥をかいてしまう、という欠点がある。
――果たして、椿井の反応は。
「……なんでアタシが書いてることを知ってるんだよ」
にらみを利かせる椿井に対して、
「授業中にスマホをつつくのはよくないですよ」
萩月は余裕の返事。
数秒ほど向き合っていたが、椿井はそれ以上の反論をしなかった。
どうやら萩月の読みは正しかったらしい。
悔しそうに舌打ちする椿井をよそに、萩月は振り返ってニヤリと笑い、こそっとVサインをしてみせる。
人の秘密を暴いておいて、この得意げな態度。
クズと言われても否定はできないと思うのだが。
◆◇◆◇◆◇◆◇
放課後の教室はざわついている。
まっすぐ帰宅するのが当たり前になっている僕のような人間もいれば、集まって寄り道の予定を話し合っている子たちもいる。
「駅前になんかできたでしょ、うち、あれ行きたいんだけど」
「あー、なんか作ってたねー、もうできたんだー」
「んじゃそれにしよ。……礼美っちは?」
「アタシは、今日はちょっと忙しいから」
「また? 最近いっつもじゃんか」
「ゴメンな」
「ざんねーん」
「ば~い」
そんなやり取りをする女子グループがいた。
ひとり先に教室を出ていった椿井は、たぶん小説執筆の続きだろう。
昼休みの図書室でのやり取りのあと。
教えてもらったネット小説を少し読んでみた。
それは女子学生の一人称による恋や友情、部活などのいわゆる青春を描いた物語だった。
主人公の視点で進む、日常メインのお話なのだが、決して退屈ではないのはその語り口によるものだろうか。休み時間や授業中、放課後などのありふれた時間も、彼女を通して語られると、また違ったものに見えてくる。
率直な――たぶん失礼な――感想として、見た目がギャルの椿井礼美が書いたものとはとても思えなかった。
まず文章がちゃんとしているし、物語の持つ雰囲気も比較的おだやかだ。
小説だけじゃない。
読者からの感想への返事もていねいで、言葉をよく選んでいる。
そこから受ける作者の印象は、真面目で大人しい優等生。
外見だけなら僕のニセ彼女である萩月つぐみにふさわしい評価だろう。
実際のところは、ほんの一日いっしょにいただけで、外見と中身がイコールじゃないことがわかってきたのだが。
まあ萩月のことはともかくとして。
人は見た目どおりではないのだということを、改めて思い知らされたのだった。
「礼美のやつ、最近付き合い悪いよな」
そんなつぶやきが聞こえて我に返る。
椿井が教室を出ていったあと、残された友人たちが顔を寄せ合って話をしていた。
それは椿井の噂話だった。しかもネガティブ寄りの話題だ。
「彼氏でもできたんじゃないのー」
「確かに、なんかちょっと、うちらのこと軽く見られてるっていうか」
「無関心?」
「そうそれ、眼中にないっていうか、そっちのけにされてる感あるよな」
「わかるー」
椿井への不満で盛り上がるお友達ガールズ。
なるほど。椿井の立場が良くない、というのはわかった。
それでは、面倒なことになるかもしれない、というのはどういう意味だろう。
少し気になったが、僕はさっさと下校することを選んだ。
ただのクラスメイトの交友関係よりも、幼なじみの機嫌の方が重要である。
真名佳は真面目なやつなので、時間を守らない人間には厳しいのだ。
真面目なやつは引きこもらないんじゃ? と思う人もいるかもしれないが、それは間違いだ。真面目なやつほど世の中の不真面目な部分が許せなくて、最初はそれを正そうとがんばるけれど、どうにもできずにすり減っていき、やがて失望して部屋から出なくなってしまう。
むしろほどほどに不真面目な人間の方が、細かいことを気にせずに順応して上手にやっていけるだろう。
真面目と不器用は同じではないけれど、重なる部分も多い。
「式守君、今日はどうしますか?」
「ごめん、ちょっと用事が」
「ですよねすいません陰キャぼっち地味子クラス委員と一緒の放課後なんて罰ゲームみたいなものですよね」
半ばネタとわかっていても断りづらい萩月の自虐ネタをスルーし、僕たちは二日続けて別々に下校した。幼なじみはニセ彼女より優先されるのだ。




