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『熱があるようだから、ゆっくりと休んだ方がいい』


 目隠しが外された瞬間、そんな言葉が目に飛び込んできた。

 二つ折りにされた紙を再利用した、有無を言わさぬ言葉。


(多分それ、体調不良とかではないんですが)


 浮かんできた言葉を私も二つ折りにして、指示されるまま横になる。


『何か不便があったら、なんでも言ってくれ』


 私が横になってもなお余っているソファーの端に腰かけるノル様が、私に優しい言葉を掛けてくれる。

 しかし優しくされればされるほど、自分の不甲斐なさが悲しくなってくるのも確かで。


「逆に、私からノル様にして差し上げられることは、ありませんか……?」


 なんて不相応な言葉を、直接本人へ投げてしまったりもするわけだ。


「……」


 質問に質問で返すなと、一蹴されてもおかしくない問いかけ。

 

(こんな質問、ノル様をまた困らせてしまうだけ……)


 そもそも、何かを求められて返せるような存在でもないというのに。

 対等でありたいと思う事すら、おこがましいというのに。


「……っ」


 思わず抱きついてしまったノル様の体温は、高まった私の体温全てを渡しても足りないほどに冷たくて。


「ノル様……」


 私はまた無意識のうちに、ノル様に口づけていた。

 少しでも温めてあげられればと、思っての行動だった気もするし。

 単に自分がそうしたいだけだったといえば、そんな気もしてくる。



 ガリッ


「っ」


 唇の端から流れ込んできた血の味が、ゆっくりと口の中全体を侵食していく。


(か、噛まれた……?)


 反射的に引いてしまった少しの距離。


「……ぁ」


 そのほんの少しの距離の向こうで、不安そうなノル様の声がした。

 初めて聞く、感情の乗った声。


「――」


 次の瞬間、視界全体をマントで遮られたかと思うと。

 ノル様のお姿が消えてしまった。

 開け放たれた窓と激しく揺れるカーテンだけが、どこへ行ってしまったのかを告げている。


(は、早く……追わなきゃ)


 ここで別れてしまったら、それが今生の別れとなってしまうような。

 そんな確信めいた予感だけが、私の足を動かした。


 検討などつかない。 

 追い付けるとも思えない。

 それでも私は闇雲に、夜の森を駆けずり回る。


 「はぁ……はぁ……」

 

 気持ちだけは前に進んでいるのだが、肝心の身体が全くついてこない。


(ダメ、もう、これ以上は……)


 自分の意思の弱さを呪いながら、私はその場にへたり込む。


「ノル、さま……どちら、へ……」


 一息ついてしまったことで、突然やってきた不安感。

 以前は一人でいて怖いと思ったことなど一度もなかったのに、今は妙に心細くて仕方ない。


 グルルルッ


「っ!」


 低い獣の唸り声。

 こんな夜中に疲労困憊の女が一人、へたり込んでいるのだ。

 野犬にとってはまさにごちそう以外の何物でもない。


(なんて、冷静に、考えてる場合じゃなくって……)


 自分のものとは思えないほど重くなった足を何とか奮い立たせ、なんとか立ち上がろうと試みる。


 どすんっ


 頭の中では走り出していたのだが、現実の私は無様に尻餅をついており、


 ウウウウ


 しかしその予想外の行動が、ほんの少しだけ野犬に警戒の心を生じさせたらしかった。

 

(……でも、こんなの長くはもたない)


 現に這うようにして逃げている今も、じりじりと近づかれている気配を背後に感じる。

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