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昔から、外に出るのが嫌いだった。
特に日中、日の射す時間帯などは最悪で、1日中家にこもっていることも珍しくない。
そんな私に着けられた別称が、誰が呼んだか吸血鬼令嬢。
私自身は他人にどう呼ばれようがどうでもよいのだが、どうやら御家柄的にはそうもいかないらしく。
「今日の縁談に失敗したら、この家から出て行ってもらいますからね」
とのありがたいお言葉を、お母様から賜ってしまった。
(流石に追い出されるのは困っちゃうな)
そもそも、これまでの縁談だって別に意図的に失敗させようとしてきたわけではないのに。
(ま、成功させようと思っていたわけでもないけど)
今は既に日が落ち、夜も近づいている時間帯。
こんな時間をわざわざ指定してくる相手は今までいなかった。
よほど忙しい相手か、私と同じく夜にしか出歩きたくない人なのか。
なんにせよ今までの人たちよりは、期待できるかもしれない。
「伯爵様がお見えになられたぞ!」
応接間にお父様があわただしく駆け込んできた。
人を十分に雇うこともできない家で、使用人の真似事をやらされている父。
やたらと積極的にお見合いをさせれくるのも、その辺の事情が関係しているのだろう。
「くれぐれも、失礼のないようにするのよ」
まるで過去の対応に失礼があったかのような物言い。
平素の通りにすることが失礼に当たるのであれば、私は一体どうすればいいというのか。
そんなことを思いながらもとりあえず、両親と共に伯爵様とやらを出迎える。
「本日はようこそおいで下さいました、ノル伯爵様」
ノル伯爵、と呼ばれたその人物。
「……」
(……お、大きい)
父もそこまで背の高い方ではないが、その父をより一回りも二回りも大きな背丈。
そんな背丈の人物が、無言で父を見下ろしている。
「さ、さぁ。こちらへどうぞ伯爵様」
「……」
母に促されて伯爵様がこちらへ歩を進めた。
部屋へ通される間も、終始無言。
失礼のないようにと私に言っていた母ですら、どう対応したものかと困惑している様が見てとれる。
(……人形みたいな人)
不健康そうな白い肌に、感情の読み取れない無表情。
実際に動いている姿を見ていなければ、名のある芸術家の作った作品と言われても疑わないかもしれない。
「では、我々は失礼させていただきますので。あとは伯爵様のお好きなように」
逃げるように部屋を後にする両親。
正直私も逃げ出したい気持ちでいっぱいなのだが、きっとそういうわけにもいかない。
多分もう話はついていて、このお見合いもどきも形式的なものにすぎないだろうから。
「あの……伯爵、様?」
「……」
無言のままぎょろりと目だけが動きこちらを見据える。
鮮血のように鮮やかな、真っ赤な色をした瞳。
見つめ続けていると吸い込まれてしまいそうで、思わず私は目を背けてしまう。
「……」
そんな私の反応が気に障ってしまったのか、伯爵様がゆっくりと手を伸ばしてきた。
今までにも怒って帰ってしまった人や、手を上げてきた人もいなかったわけではないが、今回はそれらとわけが違っている。
無意識のうちに体が強張り、気づけばギュっと目を瞑ってしまった。