6.授業初日
悠が天京魔法高校に入学した翌日、さっそく普通に授業が始まっていた。とは言っても初日なだけあり教員の自己紹介や科目の説明に大半が費やされ、実際に授業をしたのはわずかな時間だったが。
魔法高校は文字通り魔法に関する授業をメインとしている。
国語や数学、社会に科学にヴォルターク語といった普通科目も勿論存在するが、それほど重視されるものではない。せいぜい魔法の制御に関係することの多い理数科目に比較的力を入れている程度だ。
生徒が皆魔法使いな上に時折魔技研や魔法運動部、治安委員などが校内で魔法を使用する事が多々あることから教員もほぼほぼ魔法使いで占められている。軍を退役して教師になるものも多い。
「はーい、ではそもそも法具とは何でしょう、そこで退屈そうに欠伸をかいている千花院さーん」
「げっ、何でバレたし……」
クスクスと教室内から笑いが漏れる。
火曜日は五、六時間目に実践理論魔法の授業が二時間ぶっ続けだ。普通なら今頃演習場で実技授業をするのだが、例にもれず最初の授業ということで説明から始まった。幸い担当教師は我らが一年A組の担任である佐藤であったため自己紹介などに時間は食わなかったが、いきなり実技をするわけにはいかないらしく現在は教室で座学の真っ最中だ。
「正式名称は魔法式記録演算補助具。魔法陣を電子データ化した魔法式を記録してて、それを変換機で魔法陣に変換してくれるすげーやつです」
「……まあ良いでしょう。法具が魔法式を用意してくれるおかげで、詠唱やら魔法陣やらを手間暇かけて用意する必要はなく、魔法を高速かつ安定して発動できるようになりましたー。知らない人はいないと思いますが、この法具を用いて発動する魔法を理論魔法と言いますー。では法具にはどのような種類があるでしょう、失礼にも昨日私の年齢を質問してくれた斎藤さーん」
「うわマジで根に持ってたか……。形状なら着用型と武器型、中身ならメモリ容量型、処理速度型、バランス型があります」
一年生のクラス分けは入試で行われる魔法実技試験の成績順で決められる。
魔法使いの能力はピンキリで、極端な例を挙げるとすると、法具を使っても拳大の火の玉を作るので精一杯な者もいれば、一度の魔法で地形を変えるような者もいる。そんな実力差がある者達に同じ内容の授業をしても効率が悪い。
つまり悠の所属するこのA組は、元々魔法に詳しい生徒が多い。魔法使いの家系生まれの者が三分の二程度を占めており、当然このような魔法の基礎の基礎はほぼ皆理解しているはずだ。
つまり、眠そうにしている生徒が多い。
佐藤としてもそれは理解しているだろうが、如何せん公立学校。カリキュラムには従わなければならない。
「そうですねー。武器型の法具は基本的に着用型より大型で性能も上なのですが、軍や警察でしか使用が認められていませんー。勿論、着用型だからといって街中で資格もなしに、資格があっても危険な魔法を使おうものなら逮捕されるのでやめてくださーい」
二十世紀後期からコンピューター技術が発展してゆくにつれ、魔法技術にも用いられるようになった。
天花から大東洋を挟んで東の大陸に位置するアルトリア合衆国の軍事企業によって開発された法具はその最たるものだ。
法具と理論魔法の台頭によってそれまで「イメージを現実にする」ために詠唱や魔法陣、触媒などといった古典的な補助を必要とした魔法__現在では心象魔法と呼ばれるようになった__よりも遥かに発動速度や安定性が増し、第三次世界大戦で連合側の魔法使いが猛威を振るう一因となった。
着用型の法具は市販もされており、少々値は張るが容易に入手できる。
形状は腕時計型やリストバンド型、手袋型、チョーカー型などが今では一般的だ。
悠も二つ所持しており、チョーカー型とリストバンド型を身に着けている。片方が破損・故障しても理論魔法を使えるためというのと、チョーカー型は専ら自分の、リストバンド型は{糸月鬼}の加速や強化用といった所だ。腕の位置というのは動き回るので、使い分けた方が座標指定などが楽なのである。二つの法具を同時に使うのはちょっとコツがいるが、慣れさえすれば誰でも可能だ。
「ふーむ、やはりA組なだけあって基礎は大丈夫そうですねー。本当なら二時間丸ごと基礎確認に費やす所ですが、もう実技をやってしまいましょうかー。今なら第二アリーナが空いていますしー」
おお、と何人かのクラスメイトが湧きだった。腕に覚えのある者か、それとも単に座学が退屈だったかのか。悠の前の席に座っている京介なども、先程まで頬杖をついていたが体を起こして、彼の後ろに位置する悠には見えないがきっと目を輝かせていることだろう。……元から金色の目をしているが。
正直言えば、悠も眠気に襲われるようなことは無かったものの退屈であったことには変わりない為、佐藤の提案は歓迎だ。
「では早めに休憩としましょうかー。十五分後に第一演習場に集合でーす。他のクラスはまだ授業中ですから騒がないようにー」
そう言うと佐藤はそそくさと教室を出て行った。実技の準備か休憩の為職員室へ向かったのだろう。
「やっと実技ができるぜ……」
「はは、随分と眠そうだったね」
「そりゃあなぁ……あんなの耳にタコができるくらい聞いてるし、名家生まれでなくとも塾で散々学んでるだろ? 昼飯食った後だし眠くもなるっての」
背伸びをしながら欠伸を漏らした京介が、家で教え込まれた時のことでも思い出したのか少しげっそりとした顔でそう言った。
「でも最初の実技だし、基礎を確認するだけじゃないかな?」
「それを言うなよ……」
悠の隣の席の裂夜が放った言葉に、京介がジト目を返す。
「それでも座学よりはマシでしょう? ほら行こう」
「そうだと良いねー」
「全くだ」
苦笑を浮かべて、悠達は第二演習所へと向かった。
***
六時間目、第二演習所へと移動し引き続き実践理論魔法の授業を受けていた悠であったが、三十分もすると再びやることがなくなってしまっていた。
「……はあ。毎年何人かいるんですよねー。あなた達のように『先生に教わる事なんて何もありません』みたいな感じであっさり実技課題をクリアして暇になってしまう人がー」
「いやいや、そこまで生意気なことはしてませんって」
「でもやってることはそれそのものですよねー」
「どうしろってんですか」
悠と裂夜は苦笑いを浮かべながら京介と佐藤先生のやりとりを眺めていた。
京介が待ちに待った実践理論魔法の授業はしかし裂夜が考えていた通りそれぞれの生徒がどこまで理論魔法を扱えるかの確認のため、佐藤の作った土人形へ向けて基礎的な理論魔法を使用するというものであった。
しかし心象魔法に比べれば大きく汎用化されたと言っても、理論魔法の四大基礎__{加速}{減速}と{生成}{分解}__の適性は人によって異なるため、それぞれの生徒に合わせた課題が担当教師である佐藤から言い渡される。
悠と裂夜であれば{分解}と{加速}に適正が偏っている為、土人形を加速系魔法の{念動力}で浮かせ、その後心器である打刀に刀剣の切れ味を上昇させる分解系魔法の{妖斬り}で破壊するといった具合だ。……本来なら理論魔法の授業なので心象魔法である心器を使ってはいけないのだが、悠と裂夜は魔法を遠くまで飛ばせない上に法具が処理速度特化のため記録している魔法式が少なく、佐藤もそれを考慮して心器の使用を認めてくれた。
対する京介は万能型だ。土人形を減速系の{重力緩和}で浮かせたり、{念動力}で本物の人形のように動かしたり。そして一通り加減速系魔法で操った後は生成系攻撃魔法の一種である{爆炎}で土人形は爆散した。
「全く、魔法は才能に依存する面が強いとは言えー、ここまで完璧に課題をクリアされると自信を無くしてしまいそうですー。心象魔法と違って才能にあまり依存しない理論魔法の同時多重展開の最大展開数やその組み合わせによる制御にはそこそこ自信があったのですが十五夜さんと繊月さんにあっさり越されてるしー、千花院さんは同じバランス型であるのが恥ずかしくなる程基礎能力に差がありますしー」
はあ、と溜息を吐き出すその佐藤先生の姿は、半眼であるのも相まって酷く哀愁に溢れていた。
多重展開というのは文字通り理論魔法を同時に複数発動させる技だ。
魔法というのは魔力保有量や干渉力といった才能に依存する面が強いのだが、発動したい魔法式・魔法陣に魔力を均等に分けつつ威力や座標といった変数入力をするだけで使える多重展開は、努力と経験で習得できる数少ない魔法技術と言える。
悠と裂夜が多重展開を得意とするのは、そもそも十五夜流抜刀術……というより大抵の魔法剣術は「大量の加速系の魔法で刀と自身を加速させる」のが基本であるためだ。二人からすれば「できて当然」なのである。
佐藤が腕時計に似た手首装着型の法具を軽くいじりながら「久しぶりにメンテナンスと調整しようかなー」と呟いている。
「ええと、刀鬼の一族がおかしいだけで佐藤先生の多重展開も見事なものですよ? 俺も結構自信あったんですけど先生の方が同時展開数多いですし、それに同じバランス型と言っても先生はどちらかと言うと後衛寄り、俺は前衛寄りじゃないですか。基礎能力の内射程とか精度は先生のが優れてます。それに俺は千花院ですからね、大人相手であっても、そう簡単に負けるわけにはいきません」
「……フォローになってませんよー」
「ええっ?」
京介と佐藤先生のやり取りを見て、悠はクスリと笑った。
京介と出会ってまだほんの二日だが、彼がこうして話すのを傍から眺めるのは中々面白い。親族の大半が大人しく表情の変化も少ないからだろうか。
周囲を軽く見渡すと、他のクラスメイトも良くやっている方だと思う。流石A組と言うべきか、既に課題の半分まで終わっている者も多い。
どうやらレーネももうすぐ終わりそうだ。レーネは生成魔法で生み出した雷球のサイズを小さくするのに苦戦しているらしい。もしかすると火力任せにぶっ放す方が得意なのだろうか。
「先生、さっき毎年何人か課題をすぐ終えてしまう人がいるって言ってましたよね? いつもはどうしてるんですか?」
「そうですねー、新しい課題が思いつけばそれをこなしてもらったりします。後は……他の生徒に指導してもらったり、自主練や模擬戦をして貰う事が多いですねー」
「模擬戦ですか、良いですね!」
悠の問いに答えた佐藤の言葉を聞いて、京介が若干興奮気味に食いついた。表には出さないものの、悠とて興味がある。
「そうですねー……ではBランク以上の理論魔法と心器召喚以外の心象魔法の使用禁止でなら良いでしょうー」
「よっしゃ、先生話が分かる! やろうぜ悠!」
「うん、良いよ」
佐藤の言葉に京介が嬉しそうに笑う。悠としても京介の能力には興味があるし……戦うのは、好きだ。
「では{自動障壁}魔法を使ってくださいねー。{自動障壁}を貫通して直接怪我を負わすような攻撃はしないでくださーい。それとさっきも言った通りBランク以上の理論魔法と心器召喚以外の心象魔法の使用は禁止でーす。やらかしたら一週間ほど奉仕活動をしてもらいますからねー」
{自動障壁}というのは文字通り自動で障壁を展開する理論魔法だ。発動した際の燃費はすこぶる悪いが魔力さえあれば大抵の銃弾どころか雷すら防いでくれる便利かつ強力な魔法で、こうした魔法使い同士の試合や決闘などでは基本的に使用することが義務づけられている。……そもそも法具を付けている間は常に発動している者が大半だが。
また、魔法はその危険性や攻撃力によってSからDまでランク付けされている。
Bともなれば高い殺傷能力をもっており、A以上に至っては軍艦の主砲並みに高威力の魔法もある。流石に最初の授業とだけあってそんな魔法は使わせないつもりらしい。
「では三十メートル程離れてくださいねー」
佐藤の言葉に従い、悠と京介は互いに距離を取る。魔法使い同士で決闘する際の基本的な距離だ。
お互いの視線が交錯する。
京介は早く始めたいとばかりにうきうきとした笑みを浮かべている。余程授業が退屈だったのだろうか。
「では最後に、私が止めと言ったら止める事ー。止めなかったら力づくで止めまーす」
佐藤がちょっとだけ語気を強めてそう言った。相変わらずの半眼だが、やると言ったらやる、そんな気概が感じられる。
「では、よーいはじめー」
***
(先手必勝!)
佐藤の気の抜けるような開始の合図と同時、京介は左手首に着けている腕時計型の法具に魔力を通した。
近距離型魔法使いの最高峰と謳われる刀鬼の一族に連なるである悠に接近されては、同じ八大名家とは言えバランス型の恭介は勝ち目がないだろう。そもそも千花院は十五夜ほど武闘派ではない。
それ故様子見などしない。する暇がない。そんなことをしたら次の瞬間隻んされて終わりだ。
メモリの中にいくつも入れてある魔法式の内の一つに起動魔力を流す。選んだのは{蛍火}という小さな火球を放つ攻撃魔法だ。それを六つ、多重展開させる。
法具に小さく魔法式が変換機によって六重の魔法陣を形成し、法具の上に幾何学模様が浮かび上がる。ほとんど無意識レベルで入力できるまで鍛え上げた速度で射出方向などの変数入力を済ませ、魔力を流し込む。
送り込んだ魔力が魔法陣に従い変性し、拳大の火球が生成され、それらが悠へと向かって射出される。
普通なら発動にコンマ五秒程度がかかるCランク魔法{蛍火}の発動を、コンマ二秒に満たない時間でやってのけた京介に、いつのまにか見学していたのだろうか、周囲のクラスメイトが軽く驚くのが伝わってくる。
(さあ、どうする悠?)
悠は十五夜一族だ。本家と同様に刀を用いた至近距離の戦闘に特化しているだろう。遠距離戦は苦手なはずだ。
彼は何時の間に召喚したのか、腰のベルトに打刀らしき心器を差している。
右手を柄に添え、左手で鯉口を切り……そしてその刀と鞘に、いくつもの魔法が展開されている。
刀身には{隼狩}という、刀剣を加速させる魔法。それに加えて鞘には{射出}__本来なら銃弾を加速させる魔法に、刀の切断力を上げる分解系魔法の{妖斬}と、高速で抜いた刀を元の鞘に戻すための{蜻蛉返り}。本来ならそれらを纏めて組み合わせたBランク魔法{月桂}一つで事足りるはずだが、ルール上Bランク魔法が禁止だから仕方ない。
(……むしろ四つの魔法を同時発動とは、ランクが低くともやってることの難易度は高いだろアレ)
しかも、その密度がおかしい。幾重にも多重展開された発動直前の{隼狩}や{射出}によって、まるで刀が魔法陣の鞘に収まっているようにすら見える。
(あれ全部同時発動とかされたら俺の{自動障壁}貫通してお釣りがくるだろオイ)
近距離型の魔法使いが近距離型である由縁は、その魔力干渉力にある。遠くまで魔力が届かない代わりに、高密度。故に同じランクの魔法であっても近距離型の方が威力は余程高く、{自動障壁}の貫通力はバランス型や遠距離型のそれを遥かに凌駕する。多重展開ともなれば尚更に。
まさかそんなことはしないだろうが、冷や汗を禁じ得ない。
「シッ!」
と、悠が鋭く息を吐いて抜刀する。
大量の{隼狩り}と{射出}によって鞘から放たれたそれはまるで弾丸のような速度で銀色の軌跡を空に刻み、そして京介の放った{蛍火}の内、正面の二つを正確に斬り裂いた。本来刀の切れ味を上げるための{妖斬}だが、分解系の魔法なだけあってプラズマだろうが斬り裂かれる。そして振りぬかれた刀はしかし{蜻蛉返り}によって次の瞬間には鞘に納まっていた。
残る四つの火球を最低限の身のこなしで躱した悠と目が合う。
普段の、いつも穏やかな微笑みを浮かべているような優しい表情は面影もなく。
まるで抜き身の刀のように冷たく鋭いその顔に、京介は一瞬、ぞわりとした感覚を覚えた。
***
心器である糸月鬼を握った悠は、思考がクリアになるのを感じる。
自分はただ刀を振るう存在。余計な事など浮かばない。
京介の{蛍火}を斬り裂いた悠は、次の魔法を放とうと法具に魔力を流し込んだ京介に向けて踏み込んだ。
ゆったりとした動きで一歩目を踏み出し、二歩目は自身の移動速度を上げる{電光石火}の魔法を三重に展開して地面を蹴る。
先程よりも数と威力を増した{蛍火}が飛んでくるが、{妖斬}と{隼狩}で難なく斬り裂ける。
Bランク以上の魔法を封じられバランス型の長所である手数を生かせない京介は、大した威力や範囲を持つ魔法を使えず不利と言える。
悠の間合いに入らないよう、京介も{電光石化}を用いて後退しながら悠の進路上に{火柱}で地面から炎を噴出させ追いつかれまいとするが、悠は予め待機状態かつ横向きでセットしておいた{電光石火}を遅延発動させることによって慣性を半ば無視した動きで横に回避し、急な加速度に耐えつつ何事もなかったように京介へ迫る。
京介は再度{蛍火}や{火柱}といったCランクの理論魔法の中では火力と速度を両立させた魔法を高速で発動させ小刻みに放ってくるが、その悉くを悠は回避した。
お互いに{電光石火}を用いているものの、悠のそれは多重展開だ。単純な速度だけでなく、機動力にも差が出る。
「これならどうだ! {種火}!」
文字通りただ種のように小さな火を生み出すだけのDランク魔法。本来、魔法使いに対して打撃力のあるものではない。
だが、同時に十。そして間髪置かずにまた十と放たれる。どうやら{電光石火}を多重展開しなかったのは、これの用意に頭を使っていたかららしい。
避けようがない数の火が悠に迫る。
それに対し悠は、回避も迎撃もせずにただ前進することを選んだ。
直撃コースの{種火}三つに対し{自動障壁}の感知領域が反応し、即座に高密度の魔力そのものでできた壁が生成される。高密度の魔力というのはそれだけで大きなエネルギーを持つがゆえにそれに触れた{種火}はジュっと消える。当然そこそこ以上の魔力を持って行かれるが……気にせず悠は前進した。
「おいおいおいそこはビビって避けるか刀振るしようぜ!?」
「足止めたら次来るでしょ」
「反射とか恐怖ってものが無いのかお前には!?」
京介の魔法の発動はかなり早い。そのため回避行動や{妖斬}をしていては、距離は詰まらない。そして多少の被弾は{自動障壁}で受ければいい。Dランクの魔法など、何発か受けた程度で悠の魔力は一割も減りはしないのだから。
しかし人間、目の前に炎があれば反射的に腕が出るか恐怖で避けようとするものである。{自動障壁}というのは、結構体のギリギリで発動するのだから。
だが。
「慣れ」
「お前どんな生活してやがる!?」
悠は基本、週末は十五夜邸に赴いて稽古をつけてもらっている。
特に十五夜家前当主、つまり裂夜の祖父に当たる人物は何かと悠の相手をしてくれるのだが……第三次世界大戦で武勲を上げ生き延びた人物なだけあって、阿保みたいに強い。
彼らの剣速は音を余裕で置き去りにする。比喩ではなく殺人剣。
それに比べれば、Cランク程度の魔法は温いし遅い。
やがて互いの距離が、京介がもう一発か二発しか魔法を撃てないような所まで縮むと、京介はこれ以上遠距離用の魔法を撃っても無駄だと考えたのか、彼の心器なのであろう長剣を両手で握った。
剣を構えるその姿は様になっており、どうやら魔法だけでなく剣術も学んでいるらしい。
「らぁっ!」
京介が長剣に炎を纏わせ振り下ろしてくる。
回避しようにも剣に纏った炎に絡まれるだろう。悠は糸月鬼の刀身に{隼狩}と{妖斬}を二重展開し、予め鞘に展開していた大量の{射出}を発動させる。
さながらレールガンのように__流石に模擬戦なのでそれほど速度は出さなかったが__高速で解き放たれた{糸月鬼}で京介の振るう長剣を斬り払い、返す刀で京介の首元へ刃を振るう。
{自動障壁}によって京介を中心とした透明な球状の壁が展開されるが、二重の{妖斬}によって魔力塊が脆くなり、かつ超高速の斬撃によって斬り裂かれる。
ピタリ、と京介の首筋に糸月鬼を添える。刀の速度を零にするための{寸止め}という魔法の発動を忘れずに。
一拍遅れて、障壁の壊れた「かしゃんっ」という音と、佐藤の「はいそこまでー。怪我無くて結構ですー」という気の抜けた言葉が耳に入る。
「うおこっわスレスレじゃねえか!?」
「……大丈夫だよ、こういう試合じゃちゃんと{寸止め}の用意をしてるからさ」
「解ってても怖いわ馬鹿野郎!?」
糸月鬼を心象世界に仕舞い、世界が明るくなったようないつもの錯覚を感じながら、冷や汗を受かべている京介に苦笑を返す。
安心してはくれなかったようだが。
「にしてもやっぱ制限されてるときっついな。碌な対処ができねえ」
「バランス型は手数勝負だもんねー。Cランクの{火柱}や{蛍火}だったから避けれし{種火}の被弾は無視できたけど、Bランクの広範囲な、{嵐炎}とか{爆炎}を使われてたらきつかっただろうなあ」
「だとしても悠の速度ならガン逃げすれば当たらないし、どっちにしろ{自動障壁}削れる前に突っ切れそうだから多重展開するか他の魔法で隙を作らないと意味ねえよなあ」
「二つ発動して敢えて逃げ道用意して、逃げさせた先のトラップを張るとかもありだね」
「それならトドメ技は範囲重視の{炎嵐}よりも貫通力のある{炎槍}とかの方が__」
キーンコーンカーンコーン……
悠と恭介が魔法談義をしていると、授業終了の鐘が鳴った。
「はーい皆さん授業終わりですよー。ホームルームとかないので各自解散してくださーい。アリーナに残ってると魔法運動部に勧誘されますから気を付けてくださいねー。ではさよならー」
「「さよならー」」
佐藤の相変わらず気の抜ける声音で授業終了が告げられる。クラスメイト達も軽く挨拶を返し、とっとと職員室に帰った佐藤に倣って適当に引き上げていく。寮に直帰す者、早速できた友人と部活見学や学校探検に繰り出す者、アリーナに残って魔法運動部に入ると息巻いている物など様々だ。
「なんというか自由な学校だねえ」
「昔はもっと厳しかったらしいけど、教師と生徒の間で乱闘が起きてからこんな感じらしい」
「ああ、私もそれ知ってるよ。三十年近く前の話だよね」
悠が運動後のストレッチをしながら恭介と雑談をしていると、裂夜とレーネも会話に入ってくる。
「乱闘なんてあったの? どんな話か聞かせてくれる?」
「ああ、確か第三次世界大戦が終わって何年かした辺りに、いまだに戦争雰囲気が抜けない教員とそうでない生徒の間で__」
特に意味もない会話に適当に相槌を打ちながら悠は思う。
ああ、楽しい学校生活になりそうだと。