表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

2. 入学式


「行ってきまーす」


世暦(せいれき)二千二十八年、四月三日、月曜日の朝七時。

天花皇国(てんげこうこく)皇都(こうと)である天京(てんけい)の都心部から少し北に外れた山間にある、見た目武家屋敷な自宅の奥まった一室にある仏間。そこに飾った両親と祖父母の遺影に向けて、繊月(せんげつ)(ゆう)はそう口にした。

一人で暮らすには少々広すぎる家を後にして、悠は玄関横に停めてあるシティサイクルに跨り門を抜ける。昨日メンテナンスをしたばかりのためm乗り心地は上々だ。

晴れやかな空に小さな綿雲がいくつか浮かんでおり、時折花の香りがそよ風に乗って悠の鼻をくすぐってくる。まだ微かに冬の冷気が抜けきっておらず肌寒いが、絶好の入学式日和と言えるだろう。


今日は皇立天京魔法高校の入学式の日だ。天花には魔法高校が五校あり、魔法使いの素質を持つ者はいずれかに必ず入学しなければならない。悠もその一人だ。

郊外、というか山まるごと私有地なだけあって道や悪路、そして自然が多く人通りのない道を進むことおよそ二十分。悠の家とよく似た……しかし明らかに一回り以上は大きい武家屋敷が見えてくる。そしてその門の傍らには、悠と同じ黒い制服を身に纏った一人の少女が佇んでいた。


「おはよう、裂夜(さくや)さん。ごめん、待ってたの?」


「あら、おはよう悠くん。大丈夫、ちょうど今出てきたところだから」


そう言って柔和に微笑んだ彼女は十五夜(じゅうごや)裂夜(さくや)。悠とは同い年のちょっと遠い親戚で、同じ魔法使いである。登下校は一緒にしようとしばらく前から話をしていた。

容姿や雰囲気は大和撫子と言うのがしっくりくる。腰辺りまでストレートに伸ばした闇色の長髪に、若干垂れ気味の黒目。身長は男子としては小柄な悠とほぼ変わらないか、ほんのわずかに高い程度。制服がワイシャツの上に黒のブレザーとスラックスであり、ローファーも黒、そして白のカチューシャとほぼほぼモノトーンな見た目だ。せいぜい、胸元の校章と赤い紐リボンが暖色を添えているくらいだろうか。


「それにしても、スラックスって履き慣れていないからか変な感じだな」


「ははは、裂夜さんはいつも和服かロングスカートばかりだしね」


魔法高校は基本的に女子の制服も男子と同じスラックスだ。魔法使いはどうしても身体を動かす事が多い__それどころか空を飛ぶことすらある__ため当然と言えば当然なのだが、それに関して大いに嘆いている生徒が男女問わず多いと聞く。

裂夜の場合、単に慣れていないというだけのようだが。


「もう、いつも『お姉ちゃん』って呼んでって言っているでしょう?」


「いつも恥ずかしいから嫌だって言っているでしょう?」


二人の間で最早お決まりとなったやり取りをしながら悠は軽く笑う。

裂夜が春、悠が冬に生まれたせいか、それとも彼女が末っ子だからか、なにかとつけて裂夜は悠を弟扱いしたがるのだが、悠としては十五歳にもなって同い年の少女に弟扱いされるのは気恥ずかしい。なにより彼女は悠の生家である繊月家の宗家である十五夜家のお嬢様だ。本来であれば敬語を使うべきところを裂夜にお願いされてため口を聞いているのですら悠にとってはかなりの譲歩である。


二人で雑談をしながら__悠は自転車を手で押しながら__歩いて学校へ向かった。


***


二十分ほど歩き、緑に囲まれた小高い岡の上にある天京魔法高校に辿り着く。


「入試の時も来たけれど、やっぱり大きいね」


裂夜の言葉に悠は「そうだね」と返す。年によってまちまちではあるが、おおよそ一学年四百人が学ぶ校舎とその大半が暮らす寮もさることながら、魔法を実際に使用する演習場やグラウンドなどは更に多くの敷地を食っているのだから当然だ。しかもその広い演習場が三つ、グラウンドは二つある。自然災害大国である天花の皇都にあるということもあり、地震や台風といった災害時に避難所の役割を果たすことも少なくない。

校門をくぐれば石畳の道の両脇に植えられたソメイヨシノが満開になっており、時折吹き抜けるそよ風に乗ってひらりひらりと花びらが舞い踊る。

「わあ」と感嘆の声を上げて足を止めた花好きの裂夜をなんとか引っ張って、悠は入学式が催される第一体育館へ向かった。

八時を少し回った所で体育館に入る。所々に継ぎ接ぎのような、まるで突貫で修理したような跡があるのは見なかったことにした。

入学式が始まるのが八時半からだから、少し来るのが早かったかもしれない。新入生用の席はまだ二、三割程しか埋まっておらず、数人の上級生と思わしき__生徒会や治安維持委員の腕章を着けた__生徒が、準備や見回りを行っていた。

席はクラスごとに分かれているだけで、細かい座席指定などは存在しない。さてどこに座ろうかと思った所で、裂夜が悠の手を引っ張って一番後ろの真ん中に近い席に連れて行った。


「昨日治希(はるき)お兄様から聞いたのだけど、ここに座っていると面白いものが見れるんだって。詳しいことは秘密だって教えてくれなかったけれど」


治希(はるき)さんが? 一体何だろうね」


治希(はるき)と言うのは裂夜の三歳上の兄で、去年までこの学校で治安委員をしていたはずだ。気さくで良い人なのだが若干悪戯好きな面がある為、内心わずかに不安を覚える。


「あれ、もしかして十五夜裂夜さんと繊月悠さん?」


悠と裂夜がそんな会話をしていると、同じA組なのだろう。一人の男子生徒が悠の隣の席に座って話しかけてきた。


「そうだけど」


「やっぱり? 黒髪の二人組がいたからそうかなと思って。俺は千花院(せんかいん)京介(きょうすけ)、できれば名前で呼んでくれ」


「僕は……知ってるならいいか。よろしくね。悠で良いよ」


「よろしくね、京介君」


爽やかな笑顔を浮かべてそう挨拶をした少年……千花院京介に、悠と裂夜も挨拶を返す。

身長は悠より拳二つは大きい。百八十センチ程だろうか。若干癖のある、まるで炎のように赤い髪と金色の目をしている。整った顔立ちをしており、皇子と言われても違和感は感じないだろう。

魔法使いであれば髪や目の色が変わっているのもおかしなことではない。髪や目など、魔力を宿しやすい部位はその影響が出やすいからだ。むしろ悠と裂夜のように黒髪黒目の方が魔法使いとしては珍しいと言える。ちょっと注意して見れば、二人も一般的な天花人のような黒に近い茶色なのではなく青紫よりの黒と解るだろうが。


「それにしても、実際こうして同じ八大名家の人に会うのは初めてだな。ウチと十五夜家なんて同じ市内だってのに」


「私もそうだね」


「僕は一度だけ」


千花院家と十五夜家。その名を知らない魔法使いはこの天花皇国(てんげこうこく)にはいないだろう。天花において最も力を__権力という意味でも、戦闘能力という意味でも__有する魔法使いの血筋、八大名家(はちだいめいか)に名を連ねる旧家だ。

学校の土地は十五夜家が提供したものであるし、歴代の生徒会長や治安維持委員長といった役職の多くはこの八大名家かその分家の者が担っている。それだけでもその力が分かるというものだ。

ちなみに言うと、悠の生家である繊月家は十五夜家の分家にあたる。歴史が百年程と浅いためそこらの名家と大して変わりはないが。


「そう言えば聞いた話なんだけどさ、ウチらのクラスにヴォルターク人とのハーフがいるんだってさ。今の所まだ来てないっぽいけどな」


「へえ、珍しいね」


周囲の座席を軽く見まわしながらそう言った京介に悠は軽く相槌を返す。

天花の魔法使いはわりと閉鎖的と言えば良いのか、特に名家は自分たちの技術を流出させたくないという意思が強く、国際結婚などは中々見られない。あり得るとしたら、偶然一般家庭__魔法使いの家系ではないという意味で__のハーフの子が魔法使いの素質を有して生まれてきたか、新興の魔法使いの家だろう。

イグレシア大陸西端にあるヴォルターク王国と、逆に大陸東端、それから更に東の島国である天花皇国は、三十年前の第三次世界大戦でも共闘している友好国だ。互いに立憲君主制で魔法先進国であることなど、国柄も近しい面がある。他にも同盟国はあるのだが、特に友好的で観光や商業を始めとした人の行き来が最も盛んな相手であり、他の国に比べればヴォルタークとの国際結婚率は高い。それでも、総人口に対しては極少数だが。

そんなこんなで京介と会話を続けていく内に、時間は八時二十五分、もうそろそろ式が始まる頃合いになっていて、悠達は会話を止めて大人しく式が始まるのを待った。

やがて八時三十分になると、入学式を始める旨のアナウンスがなされ、檀上に一人の老人が上がる。


「えー、校長の臣苗(おみなえ)大樹(だいき)です。三百八十七名の新入生の皆さん、天花皇立天京魔法高校に入学おめでとうございます」


年齢は七十歳ほどだろうか、白髪を伸ばしており、声には張りがない。腰は曲がっていて杖を突いている。正直いつ死んでもおかしくないいのではないかと悠は思った。


「えー、そもそも魔法高校が設立されたのは今よりおよそ百年前、当時まだ魔法というものの理解が十分に進んでおらず、多くの国で魔法使い狩りが平然と行われており、魔法使いの廃絶や、気候の悪化による食糧難、資源獲得などを一因として起こった第一次世界大戦がやっと終わった、まだ我々魔法使いにとって大変に生いきにくい時代でありました。えー、当時はここ天花においても魔法使いというのは軍の生体兵器として利用されていた面が大きく__」


ただでさえゆったりとした話し方だというのに、その上話が長くなりそうだった。隣を見ると、京介などは若干退屈そうにしている。周囲の生徒たちも目が半開きになっていたり脱力したりと、散々な反応をされている。


__新入生は、だ。


ホールの一角に座っている教師陣や、『生徒会』『治安維持委員会』といった腕章をつけた上級生達、ゲストに招かれたお偉いさんの魔法使いなどは、退屈そうにしている者はいるものの、意識をはっきりさせている。


「しかし第一次世界大戦で魔法使いの有用性と同時に危険性が広く認識されるようになり、魔法使いを国が安全に管理しつつ育成を行う目的として、この魔法高校は当時の皇帝陛下の名のもとに設立されました。以来、ここ皇立天京魔法高校を始めとする国内五校の魔法高校は、多くの軍人や警察官、魔法技師を輩出してまいりました。三度ほど校舎の新設や建て替えなどを経て、現在に至ります。えー、第三次世界大戦などは終結しましたのがつい三十年前です。真蘭(しんらん)帝国やローランド連邦、そしてその同盟国のような仮想敵国や、聖アルライラ教国の教会騎士を始めとする反魔法使いの組織はいまだに世界に存在しており、残念ながら世界は今だ安定しているとは言い難い。十年前にイグレシア大陸中央部で起きたティルミニア・イルミーナ紛争なども終わったのがつい四年前になりますから、新入生諸君の記憶にも新しいことと思われます。君たち若い魔法使いにはこれからも多くの試練が待ち受けているでしょう。それらに圧殺されることのないように、我々が君たちの成長の助けになれるよう力を尽くしたいと思います。また__」


__校長の長い話は続いている。最早新入生の一割程度は目を閉じていたり、中には眠っているものもいる。


(全く手の込んだ入学式だね。選別でもする気かな? {分解}っと)


校長の声には魔法使い相手だろうと気付かれないよう巧みに隠蔽された精神干渉系魔法__おそらく眠気の増幅させる催眠魔法__が掛かっていることに悠は気付いた。

催眠魔法をレジストする為に分解魔法を発動させる。首に巻いたチョーカー状の法具__正式名称魔法式記録演算補助具__から提供される魔法式に対象と範囲を自分に選択させ、魔力を供給することでスムーズに発動した分解魔法が、悠へ効果を及ぼそうとしていた学園長の催眠魔法を掻き消した。

魔法使いに直接魔法を作用させるのは難しい。魔力の干渉能力というのは個人差があるが、基本的に術者から離れるほど魔力を魔法に変換させるのは難しくなり、逆に他の魔法使いの干渉力に打ち消されるからだ。そのため大した影響はないのだが……しかし長時間放置しては流石に僅かずつとはいえ影響が出るし、干渉力の強い魔法使いであれば無理矢理突破することも可能である。その上人に気づかれないように隠蔽能力も高いとは、どうやらあの校長、ボケた顔して中々の曲者らしい。

教師陣や生徒会、ゲストの魔法使いなどが驚いていないことから、もしかしたら毎年こうして学園長の長話に紛れ込ませた催眠魔法で遊んでいるのかもしれなかい。少し注意深く観察すれば、彼らも{分解}や{上書き}、{結界}といった各々に適したレジスト方法を選択して魔法を使っているのが解る。


入学式前に裂夜が言っていた、治希(はるき)の「ここに座ると良い」という言葉これのことだろうか。後ろの席からだと、あっさり眠りに落ちた者、干渉力が高いのか催眠魔法に気付いていないもののまだ影響が出ていないもの、そして悠の様にレジストした数少ない者が良くわかった。

悠が隣に視線を向ければ、裂夜と京介が苦笑いを浮かべている。裂夜は悠以上に精神干渉系魔法が得意なため何も心配していなかったが、どうやら京介も気付いてレジストしたらしい。流石は八大名家の直系と言った所だろうか。


「__えー、それでは新入生諸君、良く学び、励むように。では、私からは以上です」


十分近く続いた長話がようやく終わりを告げる頃には、新入生の半分近くが眠っており、残るほとんども重い眠気に耐えているといった有様だった。首は回さずに周囲へ目を向けてみると、悠達のように催眠魔法をレジストした新入生はほんの十人程度しか残っていない。悠と同じクラスでは、自分と裂夜、京介を除くと他に二人の女子生徒だけだ。片方は見た目からして天花人とはどこか違う雰囲気があるため、もしかすると彼女が京介の言っていたヴォルターク人とのハーフだろうか。


「校長、ありがとうございました。次に、生徒会長の梶楓(かじかえで)(あかり)さんからの挨拶です」


一人の少女が檀上に上がる。

深紅に染まった髪をロングツインテールにして、ルビーのような瞳を爛々と輝かせ、背筋をピンっと伸ばし、勝気そうな笑みを浮かべている。梶楓(かじかえで)、悠の記憶にそのような名家は無いため、記憶漏れの可能性もあるが十中八九、一般家庭出だろう。何の権力も持たずに生徒会長の地位を得たということは、余程やり手かつ野心家なのだろう。

生徒会長__梶楓(かじかえで)(あかり)は壇上に立つとすぅぅぅー、と大きく息を吸う。そして同時に手首に装着している腕時計型の法具に、うっすらと魔法式が浮かんだ。

悠や京介を始めとする、学園長の催眠魔法にかからなかった一部の新入生と、教師陣、生徒会役員、治安委員、ゲスト達は、生徒会長が何をしようとしているか察して慌てて耳を塞ぐ。



「起きんか馬鹿者共がぁぁぁああああああああああああああああああああッッッ!!!!」



爆音のようなその叱咤に、、ホール全体がビリビリと震える。

{音波増幅}、音を大きくする理論魔法。

先ほどまで眠っていた、あるいは眠気と戦っていた新入生達は飛び起きて頭を抱えていたり耳を抑えたりしていた。鼓膜が破れていないか心配である。


その後は賑やかな生徒会長の荒っぽい激励やゲストの祝辞などが続き、二時間程度の入学式は幕を閉じた。


「いやはや……退屈しなさそうな学校だねえ」


「だな」


「だね」


悠と裂夜、京介は賑やかな学校生活になりそうだと思い苦笑しながら一年A組の教室に向かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ