1.プロローグ 天京魔法高校は今日もカオスです
拝啓 今は亡き父上、母上へ。桜の花びらが散り始める今日この頃。私が天京魔法高校に入学して二週間程が経過しました。気の置けない友人もでき、共に勉学に励んでおります。放課後は治安維持委員会として活動し、学校の平和のために魔法の不正使用や傷害事件の発生防止に務め、充実した日々を送っておりますが、二日に一回はトラブルが起こるのはお二人の在学時から変わらないものなのでしょうか。 敬具
繊月悠が苦笑しながら心中でそう独り言ちたのは天花皇立天京魔法高等学校に入学して二週間程経ったある日の放課後。
治安維持委員会に入ってからここ一週間ですっかり習慣と化した放課後の巡回時に、何時もの如く「研究棟で魔法技術研究部が届け出無しに危険性を伴う魔法の使用を行ったため捕縛しようとしたものの抵抗が激しいため増援求む」という連絡を無線通信機ごしに受け取り現場へ向かった時のことだ。
魔法使いというのは総じて我が強い。
その身に有する力のためか、使命感か、そもそも魔法が精神に由来する力であるためかは未だに議論が尽きぬ所ではあるが、兎にも角にも愚直な者が多い傾向にある。
そんな者達を学校という狭い環境に集めればどうなるか。
当然、こうなる。
「ヒャッハー! 先々週は兵器研究室に後れを取ったが、交流会での発表権は我らエネ研がいただいたぁ! これで中性子を減速させずに冷却させられるぜぇ!」
「何としてでもデータの保存が終わるまで治安委員を足止めしろ! エネ研を守るんだ! いつもの配置に着け!」
「毎日毎日てめぇら規則違反しやがって! そんなに独房が恋しければお望み通り連行してやらぁ!」
「放射線に関する魔法の無断使用は重大違反だ! あの阿保共を治安委員の名に懸けて必ず捕まえろ! 手加減するな!」
悠が現場である研究棟の近くに辿り着くと、すでにドンパチ始まっていた。爆音だの破裂音だの賑やかな音と魔力の蠢きを感じる。
あ、鉄筋コンクリートの壁が一部吹っ飛んだ。割れた窓ガラスがパラパラと降って、下にいた生徒が慌てて{障壁}を頭上に展開している。
察するに、魔法技術研究部エネルギー開発研究室が放射線に関する魔法実験を学校に届け出をすることなく行ったようだ。毎年この季節は天花国内魔法高校交流大会のメンバー選出を目前としているためか、運動部も魔技研も殺気立っておりトラブルが多い。
大事なデータの保存のためか、それとも連行された場合の罰則__良くてしばらくの奉仕活動、妥当な線で数日間の自宅謹慎、悪くて交流会出場禁止__を恐れてか、魔技研の抵抗は激しい。対する治安維持委員は職務意識か、それとも魔技研に逃げられでもした場合委員長に何を言われるか分ったものではないからか、こちらも使用する魔法に容赦がない。そこかしこで炎や電撃などが飛び交っている。
それらを研究棟隣に位置する管理棟の屋上から確認した悠は軽く溜息を吐いて自身に加速魔法をかける。ただ物体を動かすだけの、極簡単な{念動力}だ。同時に地面を蹴り飛ばし、悠は十メートル程度の距離を気にすることなく軽々と研究棟の屋上に跳び移った。魔技研は研究棟一階の表玄関、裏口、窓際、そして三階の渡り廊下に人が集中しており、屋上には誰もいない。せいぜいエアコンの室外機が唸っているだけだ。ここからなら侵入は容易だろう。
「やれやれ、賑やかだなぁ」
悠は屋上から研究棟内に入りながら苦笑を浮かべる。この学校に入学して途端に毎日が騒がしくなった。話し相手が一人しかいなかった中学時代とは比べ物にならない。
「さて、仕事といこうかね」
三階の渡廊下を塞いでいる魔技研の部員を後ろから突っつく為、悠は廊下を駆けだした。
全く、今日もこの学校はカオスだなあと、心の中で思いながら。