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第6話


「これから勇者様の侍女として務めさせて頂きます、エレナ・ウラジーミロと申します。よろしくお願いいたします」


 水色のボブを揺らせて、エレナはペコリと頭を下げながら自己紹介した。


「よろしくお願いします。エレナさん」


「エレナとお呼びください勇者様」


「じゃあ私の事も春希と呼んでください」


「ですが…」


「呼び捨てでも構いませんよ?」


「分かりました、ではハルキ様と」


 エレナは困った表情を浮かべながらも名前呼びを了承してくれた。

 勇者と呼ばれるのは慣れない、と言うかそもそも勇者じゃないのでこれからもこの手で勇者呼びを回避していきたい。

 春希は城の中でも一層豪華な部屋に案内されていた。

 ここは他国の貴賓などが来訪した時などに使用される部屋だ。


「やっぱり圏外だよね〜」


 春希はジーンズの後ろのポケットに入れていたスマホを取り出すと画面右上を確認した。

 よもや電波が通じたりしないかなぁ〜と思ったが、やはりしっかり圏外だった。


「それはハルキ様の世界の物ですか?」


「はい、スマートフォンって言って遠くの人と会話ができたりする道具なんですけど」


「通信の魔道具ですね!」


「あぁ、似たようなのがあるんですね」


「もっと丸くてふわふわしてますが、ございますよ。でもとても高価なので高貴な方した持てません」


 エレナがいいなぁ〜、使ってみたいなぁ〜と言いたげなキラキラした瞳で春希を見つめる。


「残念だけど、こっちでは通信はできないみたいで…」


「そうなんですね…」


 エレナが分かりやすくしょんぼりするので申し訳ない気持ちになってしまった。


「通信は出来ないけど、こんな事ならできますよ」


「きゃっ!?」


 カメラを自撮りモードで起動し、エレナの肩を抱いてグイッと自分の方に引き寄せシャッターを押す。

 カシャっと電子音がしたのを確かめて撮った写真をエレナに見せた。

 そこには春希と驚いて赤い顔をしたエレナが写っていた。


「こっ、これは!!? 精巧な絵ですね!」


「写真と言って、見たままを写し出せるんです」


「すごいですね! まるで鏡です!!」


「鏡と違って時間が経っても見れますよ」


「では時を止める鏡ですね! すごいです!!」


 興奮しているのか目を輝かせて『すごいすごい』と連発している間もずっと頬が蒸気して赤いままだ。


「エレナ大丈夫? かなり赤いですよ?」


 春希がエレナの頬に触れると、エレナは頭から湯気が出そうな勢いで更に赤面し、


「あわわわわわ忘れてました! 湯浴みの準備をして参りますね!!!」


 慌てて部屋を飛び出して行ってしまった。

 春希は『ゆあみ』ってなんだろう?と思いながらその後ろ姿を見送った後、再び視線をスマホに移した。

 電源を点けていても今の所使い道はないが、何かの時に使えるかもしれない。

 電池がもったいないので電源を落としておく。

 電源をオフにしても自然放電するのでどれくらいもつか分からないがしないよりマシだろう。


 一人になるとふと、考えないようにしていた事が頭をよぎる。

 今、元の世界の自分はどうなっているのだろう?

 体ごとこちらに来ているならトラックに撥ねられた後突然姿を 消した事になっているのか、それとも体は向こうにも残っていて死んだ事になっているのか。

 どちらにしても家族を悲しませているだろうし、トラックに撥ねられた時すぐ側にいたユウは責任を感じているだろう。

 勇者は魔王討伐後帰れると言う話だから、間違って召喚された自分も魔王さえ倒せば帰れるのか、それとももう帰れないのか。

待てよ、勇者は然るべき時が来たら神から遣わされるとアナスタシアが言っていた。

 自分は偽勇者なわけだからそのうち本物の勇者が現れるのだろう。

 だったら魔王討伐後についでに帰してもらえるようにお願いできないだろうか?

 見ず知らずの世界の為に魔王を倒そうとする勇者なのだからきっとお人好しのいい人なんだろう。

 お願いすれば何とかしてくるかもしれないけど、そんな事勇者にはどうにもできない話なのかもしれない。

 いくら考えても答の出ない問答は止めようと、春希は頭を振った。


 とりあえず生きる事を考えるのが先決だ。

 ちょっと酔った勢いで勇者じゃないと白状してしまったが、なんやかんやで暫定勇者として認めてもらえている様だ。

 部屋も豪華だし、スライム箱をぶっ刺しただけで『すごいすごい』とアナスタシアもコンスタンチンも褒めてくれて、過剰と言っても良いくらい良い扱いを受けている。


 確かに面白い様にレベルは上がっていた。

 だがゲームでは低レベルの時はレベルアップが容易く、高レベルになるに連れてレベルアップが難しくなるとユウが言っていたので恐らくここでも同じような感じなのだろう。

 『すごいすごい』は褒めて伸ばす的なアレで本気にしてはいけない、と春希は二人が実は本気で褒めている事に気付かずヨイショだと思って真に受けていなかった。


 とりあえず暫定勇者と認めてもらえている間にこちらの常識と生活能力を身に着けなければならない。

 今放り出されたら身元不明無職、常識なし、人相悪し。

 あ、野垂れ死に確実なやつだ。


 とはいえ時間はあまりかけられない。

 何故なら伝承の『涼し気な切れ長の黒い瞳、煌めく栗色の髪の男性』という勇者の容姿に春希は全く当てはまってないからだ。

 黒い瞳は良いとして、この茶色い髪は染めているだけだ。

 たまたま美容院で染めた直後だった為、元が黒髪だった事が分からないが伸びたらすぐバレるだろう。

 髪は1ヶ月で1cm伸びると聞いたことがあるので、2週間くらいでどうにかしなければ『あれ? よく見たら根元黒くないですか?』という事になりかねない。


「ハルキ様、お待たせしました!」


 そうこうしているうちにエレナが帰ってきた。

 頬の赤みはあまり引いていないし、何やら鼻息が荒い。


「さぁ湯浴みに参りましょう。ご案内します!」


 エレナに案内されて来た場所は浴室だった。


「『ゆあみ』ってそう言う事か!!」


『湯浴み』とはつまり早い話が風呂だ。


「さ、ハルキ様お召し物を」


「ちょっと待った!」


 春希はエレナが着ていたライダースジャケットに手を掛けたところで慌てて制止した。


「どうかしましたでしょうか?」


 エレナが首を傾げながら春希を見つめる。


「もしかして、入浴介助的な事をしようとしてますか?」


「ええ、そうですね。仕事ですから。」


「一人で入れるので、大丈夫ですよ?」


「いえいえご遠慮なさらず。仕事ですから!」


「遠慮とかじゃないんですけど…」


「仕事ですから!」


「私がいた所では入浴は一人でするもので…」


「でも仕事ですから!!」


 エレナは『仕事だから』をヤケに強調してくる。

なんか勢いが恐い。


「いや、でもですね、あちらの世界では入浴する本人以外が(本人の許可なく)浴室に立ち入ると(法の)裁きを受ける事があります。」


「(神の)裁きですか!?」


「ええ、ですので止めておいた方がいいかと」


 暗にこちらでも同じ事が起きるかもしれないと言うと、エレナは渋々と言った様子で引き下がってくれた。

 まぁ同じ事になるわけはないのだが。


 ようやく人払いが出来たので、ライダースジャケットを脱いた。

 続いてTシャツを脱ぐと、そこには慎ましやかな胸とそれを覆う飾り気のないブラジャーがあった。

 春希は自分の胸を撫でた後、アナスタシアの胸を思い出してふぅと溜め息を吐いた。

 自分よりだいぶ若いアナスタシアがあの様に豊満な胸なのに、どうして自分は背ばかり伸びて胸はさして成長しなかったのか。

 悲しい。

 シンプルに悲しい。

 ただ今回に限り、女としては心中複雑だがこの慎ましい胸が役に立った。

 おまけに着ていたのが硬めな素材のライダースジャケットだったので、より胸のラインが隠れて男ですらない事がバレていない。

 バレたら即ゲームオーバーだ。

 騙しているようで申し訳ないがもう暫く勘違いしておいてもらおう。


 須藤 春希 25才 (女)

 顔が恐いとよく言われる善良な元会社員、現偽勇者。

 目下の目標はこの世界で生きていける生活能力と常識を身に着け、勇者に逢う事です。

〜次回プチ予告〜


エレナの事情

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