第59話
「ユウ、その金貨がどうかしたの?」
「ここに来る前にハルのおばあちゃんから高校受験の時にもらったお守りの中に金貨が入ってたのに気付いたんだよ。たぶんコレと同じ物だと思う」
この金貨とあの金貨が同じ物である可能性はかなり高い。
今なら分かるが春希の祖母はエリーローザであるのだから、春希と勇太がこちらの世界に来る事は当然知っていたのだ。
春希達が元の世界に戻る時の為にお守りの中に金貨を忍ばせておいたのだろう。
春希にではなく勇太に手渡したのは、万が一にも春希がお守りを持ったまま異世界に行くのを防ぐ為ではないか。
勇太は異世界に行くのは魂だけなのでお守りと一緒に異世界に行く心配はなくなる。
タイミング良くお守りを縛っていた紐が切れたのも、来たるべき時が来たら切れるように魔法のようなものがかけられていたのかもしれない。
『ふむ、その金貨は使えそうじゃな』
神もこう言っているし、確定だろう。
春希の祖母のお陰で春希を元の世界に戻すと言う勇太の願いは叶いそうだ。
流石『満願成就』のお守りだ。
さて問題はこの金貨を目印として使った後どうするか、と言う話だ。
「この金貨を目印として使うとして、使った後はこの世界に金貨を残して置く事はできるのか?」
『可能じゃ』
神に金貨をこの世界に残す事が可能か確認した後、勇太はエリーローザに向き合い言った。
「じゃあ使った後はエリーローザさんに持っていて欲しいんですけど」
「私ですか?」
「ハルのおばあちゃん、つまりエリーローザさんが後々お守りに入れて俺に手渡してくれないと目印が無くなって、ハルが元の世界にうまく帰れなると思うんです。そうなるとまたおかしな事になりそうな気がするので…」
「なるほど、分かりました」
お守りを貰ったのは勇太達にとっては過去の話だがエリーローザにとっては未来の話だ。
どこか現実味のない話に感じるが、この一枚の金貨に未来の孫娘達の未来が掛かっているのは確かだ。
エリーローザはグッと身を引き締めた。
「それで、我々は異世界のどの時代に向えばいいのだ?」
魔王の疑問に春希は答えた。
「えーっと、私の母が生まれる前に行ってもらうとしたら私達のいた時代から60年くらい前に行って貰わないといけない事になりますね」
『多少前後はするが大体その辺で送ってやろう』
「お願いします」
これでこの場にいる全員の願いが出揃った事になる。
『では話を纏めるぞ。今からする事はまず魔族からの被害を回復する。そして前田勇太と須藤春希を元の世界に返す。その後関わった者たちの記憶を操作し、魔王、エリーローザ、テレサレーゼを前田勇太達がいた時より60年程前の異世界に送りつつ、生活に困らないよう魔法をかけておく。これでよいな?』
「あの、私達の願いはそれで大丈夫ですが、豪ちゃんとアナスタシア様の願いはどうなりますか?」
この場にいなかったからと忘れられて願い事を叶えて貰えなかったら気の毒だ。
春希が念の為確認を入れると、神は春希を安心させるように言った。
『心配せずともちゃんと2人の願いも別途叶えてやる』
「そうですか」
春希はホッと胸を撫で下ろした。
『ではまず被害の回復じゃな』
神が右手を掲げると、手の平から四方八方に光の矢が走った。
『これで大丈夫じゃ。光が被害のあった場所に届き元の状態に戻るじゃろう』
「ありがとうなんだな!」
コモドは願いが叶ったと聞いて嬉しそうだ。
『それでは次じゃな』
神が自身の足元の魔法陣のごとスーッと春希達の前に移動して止まると、魔法陣が回りながら大きく展開した。
『前田勇太、須藤春希はこの魔法陣の中に入るのじゃ』
勇太と春希は顔を見合わせて頷きあうと魔法陣の中に足を踏み入れた。
『二人は手を繋いで。金貨は前田勇太が持つのじゃ。そうすればアレクセイの体と共に金貨がこの世界に残るからの』
「分かった」
勇太は左手に金貨を握りしめ、右手で春希と手を繋いだ。
「あの、皆さん本当にありがとうございました!」
春希が皆に礼を言うと、皆も優しく微笑んでいた。
「ハルキ! こちらこそ色々ありがとうなんだな!」
「ハルキ、元気で、幸せになってくれ」
「お守りちゃんと渡しますから安心してくださいね!」
「二人とも仲良くするのですよ」
「また会える日を楽しみにしているぞ」
皆が口々に別れの言葉を口にする中、最後の魔王の言葉に春希は胸が熱くなった。
なぜなら春希の祖父は春希が生まれる前に鬼籍に入っており、歴史が春希の知るまま進めば魔王やテレサレーゼと会えるのはこれが最後なのだ。
だがそれをここであえて言う事もないだろう。
春希はそれらを悟られぬよう、目一杯の笑顔を作った。
「はい! 向こうで待ってます!」
魔法陣のが輝きを増し、勇太と春希の体はその光に包まれた。
「姉上!」
ミハイルは姉のアナスタシアが眠る客室に飛び込むと、アナスタシアは既に目を覚していて優雅に紅茶を飲んでいた。
「あらミハイル、おはよう」
「おはようって… こっちの気も知らずに…」
緊張感のない様子に気が抜けて目に涙が溢れた。
「ミーシャ泣き虫だね」
「ミハイルは昔から優しいのですよ。心配かけましたね」
アナスタシアは容赦ない豪ちゃんの言葉に笑いながらミハイルの頭を優しく撫でた。
「私の為に大切な願い事を使うなんて、優しいにもほどがありますよ」
「家族の命より大切な物などありません」
人智を超える力でアナスタシアの命は助かったのだし、もしもアナスタシアが亡くなっていたら願い事を使っても生き返らせる事はできなかったのだ。
ミハイルはアナスタシアの為に願い事を使った事に後悔など何もなかったしむしろ幸運だったと思っている。
「ありがとうミハイル。私もあなたの為に願い事を… 使う事は出来ないけど悪いようにはしないわ」
「へ?」
ミハイルがアナスタシアの為に願い事を使った見返りにアナスタシアはミハイルの為に願い事を使うのかと思いきや、アナスタシアはそれは出来ないと言う。
しかもアナスタシアは黒い笑みを浮かべていた。
幼い頃からこんな笑顔をしている時は碌でもない事を考えている時だ。
ものすごく嫌な予感がしながらミハイルは訊ねた。
「姉上、神に何を願ったのですか?」
「うふふ、聞きたい?」
聞きたいような聞きたくないような、ミハイルが答え渋っているとアナスタシアは勝手に話し始めた。
「私、いずれは他国に嫁がされる身だと思っていたのよ。国の為だしそれも仕方がないかなって思ってたけど、本音を言えば他国なんて行きたくない」
「自国の有力貴族との結婚でも願ったんですか?」
「いいえ、私、国王になるわ!」
「は!?」
「だって国王になれば嫁がされる心配ないじゃない! 旦那様だって自分で選べるわ!」
「でも前例がないですよ! 第一兄上達もいるのに!?」
「だから願い事を使ったんじゃない! 神からの支持で国王になるなら誰も文句言えないわ! 我が国初の女王よ!!」
それだと今まで次期国王として跡目争いをしていた兄達が不憫でならない。
第一そんな私利私欲で国王の座を手に入れて良いものだろうか。
ミハイルは頭を抱えた。
「大丈夫、あなたにもそれなりのポジションを約束するわ」
「良かったねミーシャ」
「良くない!!」
ミハイルは幼い頃からアナスタシアの思いつきに巻き込まれて振り回されてきた。
しかもこの姉は人にあれこれ指図して動かすのが上手いので始末に負えないのだ。
ある意味国王に一番必要な資質を備えていると言えなくもないかもしれないが、『それなりのポジションを約束する』と言われても嫌な予感しかしない。
ミハイルとしては跡目争いの関係ないお気楽な王子の地位が気に入っていたし、春希の武術指導をしてみて結構面白かったので将来的には軍部の後進育成に力を注いでも良いかもしれないと思っていたのに、面倒な役職を押し付けられそうで恐い。
「あら、何か不満なの?」
「不満と言いますか…」
「何よ?」
正直に言うと面白がって余計に面倒な事をさせられそうなので余計な事は言えない。
「…私の事は気にせず国政に励まれて下さい!」
「ありがとう! ミハイルは私の為に心血注いでね!」
やっと絞り出した答えに速攻巻き込む気満々のカウンターを返され、ミハイルは遠い目で天を仰いだ。
「ゴウチャンも私のお手伝いをしてね」
「…………」
先程までテキパキとアナスタシアの世話をしていたはずの豪ちゃんは床に腰を降ろした状態で脱力して何の返答も返さなかった。
「あら?」
「おい、どうした?」
「…………」
ミハイルも不審に思い豪ちゃんの肩を揺さぶるが反応はなかった。
「もしかしたらハルキ様が元の世界に帰られたのかもしれませんね…」
アナスタシアは寂しそうにそう呟いた。
豪ちゃんは春希が魔法で生み出した存在なので、主がこの世界から消えた為に魔法の力を失って動かなくなったとしても不思議ではない。
「別れの挨拶をしそびれました」
春希にも豪ちゃんにも本当であればきちんとお礼を言って別れたかった。
呆気ない別れに、ミハイルも残念そうに溜め息をついた。
「ハルキ様は初めから元の世界に戻られる事を望んでいましたから仕方ないですね」
「そうですね」
「せめてゴウチャンの体は持ち帰りましょう」
この世界を救った英雄の一人として、きちんと後世に伝えて行くのがこの世界に残った者の使命だろう。
アナスタシアは動かなくなった豪ちゃんを王都に持ち帰った。
後に王都のシンボルとして広場に飾られ、『王都のゴウチャン前』と言えば誰でも分かるような待ち合わせの名所となるのだった。