第56話
『さて次は誰の願いを叶えるかね?』
「では私の願い事と言うか、【魔王様とエリーローザさんは私の祖父母で、その娘が私の母で間違いないか確認したい】のですが」
『間違いないぞ』
神はあっさりと言い放ったが、それは結構大変な話である。
「ペラ神様さぁ、そんな大切な事説明しないで俺が魔王倒しちゃったらどうすんのさ」
あまりの事に勇太は神に敬語を使う事を忘れた。
魔王が春希の祖父であれば、勇者である勇太が魔王を倒してしまうと春希の母は生まれず、春希も生まれない事になってしまう。
春希がいなければわざわざ勇太が勇者になって異世界に来る理由もないので魔王は倒されない。
SFでよく題材になる『親殺しのパラドックス』のような事が起こってしまう。
『まあその時はその時じゃな』
「その時はその時って… まさか異世界が消えるって言ってたのはこの辺が原因じゃないだろうな?」
『察しがいいの。魔王と須藤春希とその母の存在は不安定なのじゃ。狂ったり狂わなかったり、存在したりしなかったり、面倒なのじゃが先々の世界の安定には欠かす事は出来なくっての、色々試したのじゃがこのルートが一番よさそうじゃったから』
「色々試したって…」
『お主達の世界で言うとパラレルワールドじゃな。お主が見た須藤春希がいない世界も数あるパラレルワールドの一つじゃ』
「あー、あの世界はないわ」
勇太にとって春希のいない世界は言いようのない恐怖心を駆り立てられる世界でしかなく、あの世界には絶対戻りたくなかった。
『一緒に元の世界に戻すと約束してたからの、早速』
「ちょっと待って!」
神の言葉を春希が途中で遮った。
「元の世界は私も家族も存在しない世界になってて、私の祖父母が魔王様とエリーローザさんって事は、ユウの願いを叶えて私が元の世界に戻っても、二人があちらに行かなければどのみち私は生まれなくなるんですよね? それって結局どうなるんですか?」
『異世界転移と同じじゃよ。存在しなかった人間が増えるだけじゃ』
「全然『だけ』じゃねぇだろ!!」
危なかった。
春希が割って入ってくれなければ春希と向こうの世界に戻ったところで春希は親類縁者は誰もいないし無戸籍状態だ。
以前生れた時に出生届を出せずに無戸籍になってしまっている人の話を聞いた事があるが、無戸籍だと医療保険はなく、就職も困難、パスポートも取れない、結婚も出来ないと不都合だらけだった。
春希がそんな状態に陥っては全然元に戻った感じがしない。
そんな事をちゃんと説明しないなんて、ほぼ詐欺みたいなものだ。
『人間は変な所に拘るの』
神は勇太達が何故そんな事を嫌がるのかが分からなかった。
勇太達から見ると詐欺でも、神はそもそも人間とは違う価値観で動く物なので仕方が無いのかもしれない。
神に悪気は無いのかも知れないが、迂闊に願い事を叶えてもらうと思いもよらない不都合が起こりそうだ。
これはもっと慎重に事を運ぶべきだろう。
そんな様子を横目で見ながら、魔王とエリーローザはお互いに目を見合わせて頷きあった。
「では私達が異世界へ行けばいいのでは?」
「元より魔王を上手く引退できれば二人で安住の地を探そうと思っていたのだ。それが異世界であっても問題はない」
エリーローザと魔王はそう言うが、それは簡単な話ではない。
「でも異世界に行くってどうやって行くんだな? そんな事が出来る術者なんて聞いた事がないんだな」
コモドの言うとおり、そもそも異世界転移と言うものは神でもない限り不可能だと言われている。
成功したと言われていた勇者召喚もあくまで召喚で、こちらに連れて来ただけで送り返す事は出来ず、その成功例も実は勇者でない人間を召喚していたわけで失敗と言わざるを得ない。
「あなた達の言いたい事は分かるわ。私の願い事を使えと言うのでしょう?」
「流石お母様、察しがいいですね」
「あなたってば本当に調子が良いんだから…」
ころころと笑うエリーローザの様子にテレサレーゼは溜め息をついた。
「お義母さん、私からもお願いします」
魔王からもお願いされ、テレサレーゼは一層大きなため息をついた。
「その願いを叶えないと曾孫が生まれなくなるんじゃ、叶えないわけに行かないじゃない」
『じゃ、願い事は決まりでいいの』
「だから! ちょっと待って!!」
春希はすぐ願い事を叶えようとする神を再び静止した。
「そんな事簡単に決めていいんですか!?」
「何か問題でもあるか?」
春希の問に魔王は事もなさ気に言う。
勇太は神の代わりに説明を付け加えた。
「例の如くペラ神は説明してませんが、こちらとあちらの世界には時間の流れに違いがあるんです。あちらの1日がこちらの10日で10倍早く時間が流れていて、恐らくこちらの人間があちらに行けば10倍早く年を取ってしまう事になると思います」
「そう言う事です。安住の地であればこちらの世界を探せばきっとあります。わざわざ寿命を縮めてまでする事では…」
母は魔王とエリーローザの子供なのでこちらの世界にいてもきっと生れて来るだろう。
だが春希は母とあちらの世界の日本人である父の子なので二人かもしくは母があちらの世界に行くか、父がこちらの世界に来て結ばれなければ春希は生まれない事になる。
どのみち異世界転移が神にしか出来ない事であればこのタイミングで転移しなければ殆ど不可能な話だが、二人の寿命を大きく縮めてまでする事なのか。
自分にそこまでの価値があるのか、春希は自問していた。
「ではいっそハルキはこちらの世界で生きて行けばどうだろうか? 既にハルキは勇者として認知されているからこのまま留まって貰えれば皆喜ぶ」
ヨハネスの提案に春希は戸惑った。
「え、いや、勇者と言っても偽物だし…」
「この場にいる人間が口を紡げば分からない。黙って置けばいい。もし勇者として生きるのが辛ければ私の願い事でハルキに新たな身分を準備しても良い」
春希はこちらの世界で暮らす事を少し想像してみた。
あちらの世界では常に恐れられていた春希だが、こちらの世界の人は魔族に接する事が多いせいか威圧に耐性がある場合が多く、あまり恐れられる事がなくむしろこちらの世界の方が生きやすい気もする。
元々元の世界に帰りたかったのは家族に心配を掛けたくないと言う思いが強く、帰っても家族が待っていないのであれば帰る意味はあるのだろうか。
それにこちらの世界でできた仲間と離れるのも寂しい。
「うーん…」
「いやいや、待て待て! 何ちょっと考えてるんだよ!?」
正直ちょっとそれもありかもしれないと思い出した春希を勇太は止めた。
「何故止める。待つ者の誰もいない世界に帰ってもハルキが孤独になるだけだ。こちらの世界なら皆がハルキを歓迎する」
「だよね」
「『だよね』じゃねぇよ! 俺がいるだろ! 俺が!! ハルがいない世界なんて俺が嫌なんだよ!!」
うっかり凄く恥ずかしい事を口走ってしまった気がして、勇太は顔に熱が集まって行くのを感じた。
「ユウ…」
「いや、だってさ、生まれてからずっと一緒だったのにさ、今更いなくなるとか、嫌じゃん???」
勇太は付け加えた様に言ってみたが、余計に挙動不審が目立し何の説明にもなってない結果になってしまった。
そんな勇太を見て春希はぷっと吹き出し笑った。
「そうだね。ユウも家族みたいなもんだし」
「そうそう! 俺が言いたかったのはソレだ!」
「不都合はあるかもしれないけど生まれ育った世界だし、帰ってみて考えよう」
そんな二人の様子はヨハネスは不服そうに見ていた。