第54話
勇太もエリーローザの顔をマジマジと見つめていた。
目の前にいるエリーローザは春希達の記憶にある祖母と比べるとだいぶ若い。
だが本当によく似ていた。
「エリーローザさん、つかぬことを伺いますが、エリーローザさんってお父様似ですか?」
春希から突然予想もつかない事を訊ねられ、エリーローザは少し戸惑いながら答えた。
「え? そうですね… 外見で言えば髪以外は父似だと思います」
「耳の形も?」
「父はハーフエルフでしたから、耳はエルフのように尖ってなかったので私もそれを受け継いでるのでしょうね」
「ハル、もしかしてさ…」
「うん」
何かを言いかけている勇太に春希は頷いた。
恐らく、考えている事は同じだと思う。
異世界転移、魔王そっくりな春希、祖母そっくりなエリーローザ、時間の流れの違い、全て辻褄が合う説が一つある。
それは魔王とエリーローザが、春希の祖父と祖母なのではないかと言うものだ。
エリーローザはエルフのテレサレーゼのように尖った耳はしておらず、少し尖っているように見える程度だった。
この耳の形は春希の祖母と同じだった。
春希の祖母は自分が妖精だと冗談を言う時少し尖った耳を証拠としてあげていたがそれは冗談なんかではなく、実はエルフを妖精と言い換えていただけで本当だったのではないだろうか。
それに祖母がよくしてくれていたお伽噺も、単に自身の出身である異世界の話をしていたとも考えられる。
「ハルキ、エリーローザがどうかしたのか?」
エリーローザをしげしげと見つめる春希と勇太を不審に思い魔王が訊ねると、春希は答えた。
「魔王様、私とあなたの血縁関係ですが、もしかしたら考えていたより近いかもしれません」
「血縁関係って、どういう事だ!?」
血縁関係と言う言葉にミハイルが反応し身を乗り出した。
「一つずつ説明します。まず私は勇者じゃありません」
この際と思いカミングアウトするとミハイルとコモドが目を見開いて驚いた。
「え!? ハルキって勇者じゃなかったんだな!?」
「そんな… では本物の勇者は…」
「黙っててすみません。本物の勇者は私です」
「アレクセイさんが!?」
「そうだったんだな!?」
「もしやヨハネスは知っていたのか?」
ミハイルが驚くテレサレーゼとコモドを尻目に全く動じていないヨハネスに気付いて訊ねると、ヨハネスは黙って頷いた。
「なんだ、ハルキが勇者だと思われていたのか」
春希が勇者だと思われていた事を今知った魔王は意外そうに言った。
「いや、でもおかしくないか? 我々はアレクセイの幼馴染にも会っているのだぞ? 異世界人である勇者に幼馴染がいるわけないじゃないか」
春希が勇者でないとしたらとんでもない国の失態だ。
認めたくないミハイルはもっともな疑問を口にする。
「正確に言うとアレクセイは勇者ではありません。勇者は異世界人の『前田勇太』で、こちらの世界の人間であるアレクセイの体に『前田勇太』の魂が入っているのです」
「では我々は本当に勇者でもなんでもない一般人を召喚してしまったのか…」
ミハイルは勇太の説明に苦々しい表情で肩を落とした。
「でもそれが魔王との血縁関係とどう繋がるのだ?」
「私の適性なんですが… ごめん、嘘吐いてました。本当は『システムエンジニア』じゃなくて『魔人』で」
「『魔人』ですって!?」
「『魔人』とはいったい何なんだ?」
驚くテレサレーゼとは反対にミハイルは首を傾げている。
「人間とエルフの間に生まれるハーフエルフのように、人間と魔族の間に生まれた者の事です」
「そんな者がいるのか? 聞いた事がないぞ?」
「恐らく秘匿されているのでしょう。エルフと違って魔族は人間にとって恐怖の対象ですから」
恐らくテレサレーゼの予想で正解だと思われる。
春希は城に滞在している間に様々な文献に目を通したが『魔人』の記述は見つけられなかった。
だがエルフとの間に子供ができるなら魔族との間にできてもそうおかしくない話だと思う。
王子であるミハイルでも知らない様子を見ると最重要機密なのかもしれない。
「『魔人』で魔王とこれだけ同じ容姿だったら血縁関係があると考える方が普通なんだな」
合点のいったコモドが言った。
「それともう一つ、新事実がありまして」
皆がまだあるの?とでも言いたげな顔で春希を見る。
「実はエリーローザさんが私の祖母に良く似てるんです。なので… エリーローザさん、あくまで推測なので気を悪くせずに聞いて頂きたいのですが、魔王様とエリーローザさんは私の祖父母にあたるのではないかと」
春希の言った通りあくまで推測なのだが、そう考えるとすべて辻褄があう。
エリーローザは祖母そっくりだし、その祖母から春希は祖父に良く似ていると聞いている。
方法は分からないが魔王とエリーローザはあちらの世界に渡り、二人の子供が春希の母であるという説だ。
「ちょっと待って下さい。私は孫どころか子供もいませんよ?」
エリーローザは戸惑いながら言った。
まだ結婚で揉めている段階なのにいきなり孫だと言われても直ぐに受け入れられるわけがない。
「エリーローザさんは祖母に似てるんですけど、私の知っている祖母はもうかなり年をとっていて、エリーローザさんは祖母が若ければこんな感じだろうという雰囲気なんです」
「私はハルとは幼馴染なのですが、私から見ても面影があるな思います。それに以前テレサレーゼさんから飲ませてもらったお茶なんですけど、ハルのお婆ちゃんのハーブティーの味にかなり似てるんです。もしかしたら故郷を思って、似た味になるように独自にブレンドしていたのかもしれません」
「じゃあ何か、私とエリーローザはタイムスリップしながら異世界転移をしたとでも言うのか?」
「タイムスリップと言うのかは分かりませんが、私と勇太がいた時代より前に転移していたとすれば色々辻褄が合うんです」
勇太からの援護があっても魔王もエリーローザも半信半疑と言った感じだった。
言ってる本人でもかなり無茶苦茶な話だと思う。
今まで祖父母も両親も自分も純日本人だと思っていたが、この説が本当ならば純日本人なのは父だけで、祖父は魔族、祖母はエルフと異世界人のクウォーター、母は魔族とエルフと異世界人の混血で、自分は魔族とエルフと異世界人と日本人の混血と言う事になる。
割合で言うと春希の母は魔族1/2、エルフ3/8、異世界人1/8、春希は日本人1/2、魔族1/4、エルフ3/16、異世界人1/16と言う所だろうか。
ちょっと自信が無くなる複雑さだし、母に至っては日本人どころか地球人でもなかった事になる。
エリーローザの父がハーフエルフだったおかげで春希と春希の母はエルフよりも魔族の血が少し濃く、それが理由で春希が『魔人』となってしまったのかもしれない。
「でもまあ、これだけ似ていて血縁関係が無いと言うのも不自然ですし… あなたの隠し子とかではないんですよね」
「それだけは断じて無い」
愛する人に身に覚えの無い隠し子を疑われてしまってはたまらないと、魔王はキッパリとした口調で否定した。
「じゃあやっぱり孫なのかもしれませんね。そう思うと段々可愛く見えて来ました」
「信じるのか?」
「だって、本当だとしたら私達は反対されても結局は結ばれる運命だと約束されたような物じゃないですか」
「それもそうだな…」
荒唐無稽のようにも思える話だが、魔王とエリーローザはかなり肯定派に傾きかけていた。
「まさかエルフと結婚だなんて… 魔王ともあろうものが…」
ロスタは二人の様子を目の当たりにして絶句していた。
魔族にとっては愛だの恋だの惚れただのは世迷言の類だと思われていた。
それを他でもない魔王が口にするなどとんでもない事だ。
「お前たちにはとても信じられないだろうが恋と言うものは突然落ちるものなのだ」
恋を知っている魔王はどこか誇らしげだった。
「魔王様の力が弱体化したのはその恋にうつつを抜かしていたからではないですよね?」
「…………」
ロスタの鋭い追求に魔王は視線を泳がせた。
「まさか本当にそうなんですか!?」
「可能性の話ではあるが、色々疎かになったのは事実だ」
「責任ある立場であるのに何してるんですか!?」
「申し訳ありません、私のせいで…」
「エリーローザは悪くない。私はエリーローザと共にあれるのであれば魔王なんて立場はどうでもいいのだ」
「呆れましたわ…」
ロスタは手と手を取り合い見つめ合う魔王とエリーローザに冷ややかな視線を送った。
加齢で魔王の力が弱体化するには少し早いなと思っていたら、まさか恋をしたせいだったとは。
恋とは斯くも魔王すら愚かにするものらしい。




