第53話
一度全員で魔王城へ移動し、魔王はテレサレーゼの娘であるエリーローザを迎えに行くと行って出て行った。
春希達勇者一行はアナスタシアの容態を確認する為、アナスタシアが寝かせられている客室に集まっていた。
春希はアナスタシアの顔を覗き込むが、相変わらず意識が戻らず先程より更に血の気の引いた顔をしている。
「あまり良くなさそうだね…」
「見える所は可能な限り処置したんだけど脳と内蔵から出血してるみたい。このままじゃアナスタシア危ないよ」
ずっとアナスタシアの看護をしていた豪ちゃんがそう告げると、ミハイルの顔に絶望の色が浮かんだ。
「そんな… 姉上…」
春希は通信の魔道具でコンスタンチンとコンタクトを取り、相談する事にした。
『うーん… それはかなり厳しいですね… というのも時間が掛かり過ぎます』
コンスタンチンの答えはかなり厳しい物だった。
治癒術師のいない魔王城でできる処置はたかが知れている。
だがアナスタシアをこの状態で長距離動かすのも危険なので治癒術師をこちらに呼ぶ方が建設的だが魔の森まで来た事のある治癒術師は殆どいない。
いたとしても魔王城まで来た事のある治癒術師はいないと思われるので、来れる所まで転移の魔道具で来てもらってそこから徒歩移動となるが、それなりに力があり魔の森か近隣の街まで来た事のある人員の選定からせねばならず当然時間がかかる。
治癒術師が魔王城まで辿り着くまでアナスタシアが持ち堪えられるかどうか…
「兎に角手配だけはしておいてもらえますか? こちらでも何か策がないか考えますから」
『分かりました』
一応治癒術師を手配してもらえるようお願いはしたが、あまり期待はできない状況だ。
一見八方塞がりなように見えるが実はもう一つだけ方法はある、と言うかもうこれしかないだろうと思う。
魔王討伐の報酬である神様へのお願いでアナスタシアの治癒を願えばいい。
問題は魔王を討伐しなければ願い事を叶えて貰えないのか、それとも平和的に引退してもらっても願い事を叶えてもらえるのかがよく分からない事だ。
「ユウ、『異世界の歩き方』には何か書いてないの?」
「俺もさっきから見てるんだけどその辺の事は書いてないな… たぶん魔王は倒す前提で引退は想定してないんだろうな」
兎に角一度魔王に引退してもらって試してみるしかないようだ。
その時ロスタが魔王の帰還を知らせに来た。
「皆さん、魔王様が帰られましたよ」
「豪ちゃん引き続きアナスタシア様を看ててくれるかな?」
「分かった!」
アナスタシアを一人にするわけにはいかないので豪ちゃんにお願いしつつ、春希達は部屋を移動する。
ロスタに案内された部屋は円卓のある部屋で、中ではテレサレーゼが難しい顔で既に円卓に座っていた。
皆が円卓に座るとガチャリと音がして扉が開き、魔王にエスコートされてくすんだプラチナブロンドの美しい女性が一緒に入ってきた。
「エリー!!」
テレサレーゼは席を立って女性に走り寄り、抱き締めた。
「よかった… あなたいきなり出て行ったっきり帰って来ないから、本当に心配したのよ」
涙ながらに再開を喜ぶテレサレーゼの顔は母親の愛情に溢れていた。
「お母様…」
エリーローザは母の涙に戸惑いながら次の言葉に詰まっている。
「エリーローザ、ここはまず心配をかけた事を謝ろう」
「…お母様、ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした」
魔王に促されて、エリーローザは素直に謝罪の言葉を口にした。
「あなた今までどこに居たの?」
「魔の森にずっといるのは流石に辛いので近くの街に。心配をかけた事は悪かったわ。でも、お母様が話をちゃんと聞いてくれないから… 私はただ彼との結婚を認めてもらいたかっただけなの」
「魔王との結婚なんて認められる訳がないでしょ!?」
「魔王だけど、皆が思ったるみたいに残虐非道ではないわ! とっても優しい人よ!」
「でも魔王だわ!」
「お母様だって皆に反対されてもお父様と結婚したんじゃない! 自分は好きな人と結婚したのに、どうして私は許してくれないのよ!? お母様なら私の気持ちも分かってくれると思ったのに!」
「ハーフエルフとの結婚と魔王との結婚じゃわけが違うでしょ!」
「そんなの差別だわ!!」
「その差別で苦労するのはあなたなのよ!!」
「お義母さん、私からもお詫び申し上げます。本当なら私がちゃんと説得して家に返し、その上でお義母さんに交際の許しを貰うべきだったのです。しかしエリーローザと共にいられる時間が愛おしく、それを怠ってしまった。大人として恥ずかしい行いをしてしまいました」
テレサレーゼは自分の経験上エリーローザの気持ちも分からなくは無かったが、異種族と、それも魔王と結婚して後ろ指をさされ苦労するのは結局エリーローザなのだ。
娘が苦労すると分かっているのに結婚に賛成する事はできなかった。
魔王は段々とヒートアップして行くテレサレーゼとエリーローザの親子喧嘩の間に割って入り、謝罪の言葉を口にした。
「今私はエリーと話してるの、あなたは黙ってて」
テレサレーゼは顔を上げ、その時初めて魔王の顔をちゃんと見たのだった。
「え? ハルキ様?」
「む?」
「魔王様、擬態を忘れていますよ」
「………そう言えばそうだったな」
テレサレーゼから変な顔で見られた魔王が不思議そうに首を傾げると、ロスタが冷静に理由を教えてあげた。
魔王はエリーローザを迎えに行く為に一度黒い虎の姿から人型に戻り、うっかり擬態し直すのを忘れてそのまま出てきてしまったらしい。
テレサレーゼは思わず振り返って円卓に春希が座っているのを確かめたが、円卓に座った一同の中でコモド以外はぽかーんとした顔で固まっていてその中に当然春希もいた。
では今目の前にいる人物はいったい誰なのか。
「ハ、ハルキ様が分裂した…」
「お母様ったら何言って… !?」
エリーローザも春希の存在に気付いて目を見開いた。
「ちょっと待って、魔王ってハルキ様なの??」
「私はハルキではないです」
「じゃああなたは? 魔王じゃないの?」
「間違いなく、私は魔王です」
「え? え? ハルキ様は魔王?」
「ハルキは魔王じゃないです。お義母さん、落ち着いて下さい」
「あの方はいったい誰なんですか?」
魔王は見るからに混乱しているテレサレーゼに落ち着くように促すと、エリーローザの疑問に答えた。
「あいつは冒険者のハルキだ。凄いだろ?」
「凄いなんてもんじゃないわ」
エリーローザは春希に近寄ると、春希の両頬を手で挟んで右へ左へと動かしながら眺めた。
「幻術ではないのよね? 本当にそっくりだわ。こんな事って…」
「おい、ハルキ、これはいったいどういう事なんだ!? なんでハルキと魔王が同じ顔をしている!?」
魔王の正体を見て驚きのあまり固まっていたミハイルが正気に戻ると、隣に座っていた春希の肩を揺さぶって訊ねた。
春希は暫く二人にされるがままになっていたが、少しするとエリーローザの手を握り、もう片方の手でミハイルの揺さぶりを止めるて言った。
「先生、今ちょっとすごく考えてるから待ってもらえるかな?」
魔王が擬態を忘れたせいであっさりと春希と魔王が同じ顔である事がバレてしまったが、春希にとっては問題は寧ろそこではない。
目の前にいるエリーローザは春希の祖母とよく似ていたのだ。