第51話
春希達が魔の森へ向かって暫くすると、テレサレーゼは魔の森から溢れ出て来る瘴気が和らいで来て体が回復して行くのを感じた。
「流石ハルキ様とアレクセイさんですね…」
早くも勇者である春希と勇太が対処してくれたのだろうとテレサレーゼは確信していた。
あの魔物はさっさと退治してもらって、テレサレーゼは自身の目的の為に一刻も早く魔王に会わなければならない。
「お待たせしまたテレサレーゼさん」
アナスタシア達は春希の指示でまずテレサレーゼの待つ宿屋にやって来た。
「ハルキ様達は先に魔の森へ向かいましたのですぐ追いかけましょう」
「体調が優れないと聞いたが体の方は大丈夫なのか?」
「恐らくハルキ様達が何らかの処置をして下さったのでしょう。すっかり楽になりましたので大丈夫です」
テレサレーゼはミハイルにそう答えると早速例の魔物がいる場所へ向かった。
テレサレーゼ自身は直接魔物を見ていなかったが、微かに残る瘴気の残り香を辿って魔の森を進む。
「こ、これは…」
魔物を目にしてテレサレーゼは言葉を失った。
ふと横を見るとアナスタシア達も思ってもみなかった光景に呆気にとられていた。
「随分と気持ちよさそうですね」
「魔物も湯浴みをする物なのか?」
まさかそんな事ないよな? とでも言いたげな様子でミハイルが疑問を口にした。
魔物は温泉に浸かりながらすっかりリラックスしている状態で、おまけにヘベレケに酔っ払っている様子だった。
「魔物が湯浴みをすると言う話は聞いた事がありませんね…」
テレサレーゼがそれに真面目に答えると、アナスタシアも頷きながら言った。
「これは恐らくハルキ様の魔法でしょうね。あの方は時々こちらの想像を超える事をなさいますから」
男性なのにメイクをして周りを魅了したり、見た事もない魔物や自身が魔法で生み出したゴーレムの様な物を従属にしたり、本当に話題に事欠かない人物だ。
感心半分呆れ半分で春希の事を考えていると、突然真横から衝撃を受け体が吹き飛ばされた。
アナスタシアは自身に何が起きたのか感知できなかった。
ミハイルが慌てた様子で走り寄って来るのを目の端で捉えた後、アナスタシアは意識を失い、その体をミハイルが抱きかかえた。
「姉上!!」
「動かさないで! 頭を打っているかもしれません!」
テレサレーゼは叫んだ。
ヨハネスはアナスタシア達を守る様に背後にしてアナスタシアを襲った者を警戒し、構えた。
「俺の魔物をこんな腑抜けにしたのはお前らか?」
ヨハネスの視線の先には体は人間で真っ赤な目をした鷹の頭を持つ魔族が立っていた。
ヨハネスは最短距離で魔物との間合いを詰めると剣をその首をめがけて振り下ろす。
が、魔族にいとも簡単に腕で受け止め弾き返かれてしまった。
バランスを崩しながらもなんとか踏ん張り、何度も剣を打ち込むが魔族に傷一つ負わせる事ができない。
「もう一度聞く。俺の魔物をこんな腑抜けにしたのはお前らか!」
魔族の怒号が辺り一面に響いた。
それは耳だけでなく、全神経が痺れる様な怒号だった。
魔族が腕を天に掲げると炎の輪がいつくも出現し、それを投げる様なモーションを起こすと輪が回転しながら襲い掛かってきた。
「くっ!!」
ヨハネスが必死で剣でそれを弾いているうちに、テレサレーゼは魔法の呪文を詠唱し結界を展開した。
炎の輪は結界に阻まれ次々に姿を消してゆくが、また次々に現れては結界に衝突して来る。
結界は徐々にひびが入り、破れるのも時間の問題だった。
「このままでは突破されるぞ!!」
「もう一度結界を展開します!!」
テレサレーゼは既に展開している結界の下にまた結界を展開し、結界を強化する。
だが幾つも強力な結界を展開するのはそれだけ魔力を消費してしまう。
「いつまでそうやって持ち堪えていられるかな!」
徐々に疲労でテレサレーゼの表情が険しくなってゆく。
ミハイルは己の無力さを悔やんでいた。
こう魔法の攻撃ばかりだと遠距離攻撃が主のミハイルには殆ど手も足も出ないし、剣も使えはするがヨハネスのように炎の輪を弾く事は難しいだろう。
おまけにミハイルは魔法は不得意で殆ど使えない。
パーティーの中で魔法の得意な春希が不在でしかもアナスタシアが真っ先に攻撃されたのが痛かった。
もしかしたらアナスタシアが魔法使いである事を読まれて先に攻撃されたのかもしれない。
正直テレサレーゼがいなかったらとっくに詰んでいただろう。
何か手立てがないか考えたが、殆どのアイテムはアナスタシアのアイテムボックスにあり、本人が気絶しているので取り出す事もできない。
助けを呼ぼうにもアナスタシアが被っていた通信の魔道具はアナスタシアか飛ばされた時の衝撃で外れて飛んで行ってしまい、手の届く範囲には無かった。
「ミハイル様、これを」
ミハイルはヨハネスから手渡された物を受け取った。
「これは?」
「閃光弾です。テレサレーゼさん、結界を一部解除する事はできるか?」
「魔力を消費しますが少しの間なら可能です」
「ではそれで頼む。ミハイル様はこれを弓で魔力の近くに落として下さい」
「分かりました」
「分かった」
ミハイルは弓に閃光弾を括り付け、弓を引いた。
「今だ!」
「はい!」
結界を全て解いてしまうと飛び交う炎の輪に対して無防備になり過ぎるし、一部解除するのも長い時間だと魔力の消費が激しくなってしまう。
テレサレーゼはミハイルの号令に合わせて結界の一部を一瞬解除し、弓が通った後は直ぐに結界を元に戻した。
閃光弾は結界を通った後真っ直ぐ魔物へ向かって飛び、その真上で爆破した。
「うわっ!!」
激しい光が辺りを包み込み、魔族は絶えられずに目を瞑った。
閃光弾の光が収まった後も目を潰されまともに開く事ができない魔族は苦しそうに目を抑えている。
閃光弾の光を予め目を瞑ってやり過ごしたミハイル達はその隙に移動し、木の影に身を隠した。
「くそっ! 許さん! 許さんぞ人間!!」
目を抑えながら無茶苦茶に炎の輪を投げるので木々に炎が引火し、火が森にドンドン広がりつつあった。
「このままここに隠れていてもあいつに見つかるか火に囲まれるかどちらかだぞ」
「ですがアナスタシア様をあまり動かす事はできません」
「なるべく注意して運ぶしかないだろう。私が背負いましょう」
アナスタシアをあまり動かしたくなかったが、今はそんな事を言ってらる場合ではない。
ヨハネスはアナスタシアを背負い、撤退を試みる事にした。
テレサレーゼは変わらず結界を展開していたが、重ねて展開した結界でも綻びが出始めていた。
結界の隙間から通り抜けた炎の輪や燃えた木々の枝などはミハイルが剣を抜いて叩き落として行く。
しかし、燃えた大木が倒れてヨハネスの行く手を阻んだ。
「くっ!」
炎の回りが予想以上に早い。
ここは迂回できても先で行き詰まる可能性も高く万事休すかと思われたその時、頭上から大量の水が降ってきた。
「うわっ!」
「キャッ!」
突然降ってきた水の勢いに押され、ミハイルとテレサレーゼは足を滑らせてその場に尻餅をついた。
ヨハネスはアナスタシアを背負っているのでなんとかなんとか踏ん張ったが、いずれにせよ全員ズブ濡れだ。
『こらローター、もう少し考えて魔法を使え』
「面倒くさい…」
頭上から声がしたので見上げると、そこには人語を操る黒い虎のような魔族と、以前ポドロフスキー辺境伯邸で戦ったローターと呼ばれる魔族の少女がいた。