第48話
「もう分からん。俺はどうすれば良かったんだ」
城に戻った勇太は事の顛末を春希に話した。
「そりゃないよ。他に良い人探してもいいとか、そこまで執着してないよ、って言ってるようなもんじゃん」
「執着なんかするかよ。俺はアレクセイじゃないもん」
勇太はテーブルに突っ伏して完全に不貞腐れていた。
ニカの事が好きなのはアレクセイであって勇太ではないし、勇太個人的な感情では女子を煮詰めて凝縮した様な面倒くさい女と言う印象しかない。
「だからそう言うのがどことなく伝わってるんじゃない?」
「…………」
そう言われると返す言葉もない。
「でもさ、自分の事じゃないからこそ難しいんだよ。無責任に気を持たせる様な事も言えないし、かと言って断る事も出来ないし」
「中身が勇太だって説明してみたら?」
「あんまり話を聞かないタイプだから、また嘘ついてるとか思われそう」
「あー、こっちの世界の人って話聞かない人多いよね」
話を聞かなかったり、思い込みが激しかったり、それがこちらの世界の人の特長なのかもしない。
春希にも覚えがあるので本当の事を打ち明けるのを躊躇する気持ちも分かる。
勇太は一体どうすべきだったのか、もう一度考え直してみる。
「うーん… じゃあ期限を決めれば良かったんじゃないかな? 例えばさ」
春希は勇太を壁に追いやり顔の横に手を置くと同時にもう一方の手で顎を軽く掴んで上を向かせた。
俗に言う壁ドンと顎クイだ。
「君の為に必ず帰って来る。だから半年だけ待ってくれないか?」
「やだ☆ イケメン☆ って、キモいわ!!」
「あはははは」
勇太は羽根を背負ったイケメンモードの春希に悪態をつきながら跳ね除けた。
「てかそんなにイケメンに適性があるとは思わなかったな」
「自分でも驚いてるよ。帰ったら男装カフェででも働こうかな」
「無しじゃないかもな」
冗談で言ったつもりだったのに勇太は案外肯定的だった。
元の世界では常に恐れられて来たので人気者になるのは初めての経験だが癖になりそうだ。
だがその人気も勇者という肩書込みなので、元の世界で男装したから人気が出るわけでは無いだろう。
一方その頃、魔の森の近隣の街で待機しているテレサレーゼとコモドはとある宿屋の一室にいた。
この街は一度勇者一行として立ち寄っているのでコモドが魔物であるが危険は無い事が知れ渡っている。
そうでなければ魔物とエルフの異色コンビで宿屋を借りる事は難しかっただろう。
「コモドさん、お茶を入れましたが如何でしょうか?」
「嬉しいんだな。ありがとうなんだな」
初めこそピリピリしていたテレサレーゼだが魔の森には特に動き見られず、またコモドのほんわかした雰囲気にあてられたのか段々落ち着きを取り戻してきた。
二人は魔の森を見張りながら時折お茶を楽しむようになっていた。
「テレサレーゼさんのお茶は本当に美味しいんだな」
「ありがとうございます。このお茶は主人が好んでよく飲んでいた物なんです」
テレサレーゼは懐かしそうに目を細めた。
コモドはその表情と『飲んでいた』とテレサレーゼが過去形で言った事で、テレサレーゼの夫がもう会うことの叶わない人だと言う事を察した。
「ご主人はどんな人だったんだな?」
「とても強い人でした。私達実は大恋愛だったんですよ」
テレサレーゼは照れた様にうふふと笑った。
「恋愛ってどんなものなんだな?」
「聞きたいですか?」
聞かれたのてでコモドはうんうんと頷いたが、テレサレーゼも話したそうな顔をしている。
魔族には恋愛と言う概念がない。
パートナーは利害の一致で選ぶもので、そこにお互いの気持ち関係なく、おまけにコモドはリザードマンの村でも迫害を受けていてずっと一人っきりだったので当然恋愛経験もない。
ただ『恋愛』と言うものがどんな物なのか興味はあった。
「私の夫はハーフエルフだったんです。自分のルーツを知る為に里に立ち寄ったんですけど、お互い一目惚れで… でも周囲の反対が凄くて」
「なんで反対されたんだな?」
「ハーフエルフは人間よりは寿命が長いですがエルフより短命ですからね。一人残される事が分かっているのに賛成できないと。子供ができた場合も人間の血が濃くでるかエルフの血が濃くでるか分かりませんから。何度も説得しましたが許してもらえなくて、駆け落ち寸前まで行きました」
「そんなに反対されても諦めなかったんだな?」
魔族であれば家族の反対があれば結婚する事で如何なるメリットがあるか説得し、そのメリットよりも大きなデメリットがあると家族から指摘された場合は諦めるだろう。
駆け落ちしてまでそれを押し通す事はよほどの事情がない限りそうない。
「恋愛はメリット、デメリットで考える物ではないのですよ。恋は落ちる物とよく言いますから」
メリット、デメリットで考えない『恋愛』と言うものは魔族のコモドにとってはやはり不思議な物に感じた。
だが魔物もメリット、デメリットを伴わない感情を持つ事ができれば、コモドもリザードマンの村でたった一人孤立する事も無かったのかもしれない。
変異種であるコモドは家族から見ても異物でしかなく、何か特別な能力でもないか観察する為に一応生育されていたに過ぎなかった。
幻術が得意なだけで突出した戦闘能力もないと分かると家族からの冷遇が益々酷くなり、コモドは村を飛び出したのだ。
もしも家族の中で一人でもコモドを慈しむ者がいれば、コモドは村に留まっていたかもしれない。
「それで最終的には結婚を許してもらえたんだな?」
「里が魔族に襲われてそれを主人が退けたんです。その功績が認められて結婚が許可されました。主人はとっても強かったんですよ。それこそアレクセイさんくらい」
なのでテレサレーゼはアレクセイの中に夫の面影を見ていた。
そんな強い人でも寿命には叶わない。
もう300年程前にテレサレーゼの夫はこの世を去ってしまっていた。
「旦那さんの事今でも好きなんだな?」
そう聞かれてテレサレーゼは微笑んだ。
テレサレーゼが愛する男性は今尚亡き夫だけだ。
だこらこそテレサレーゼから夫の残した宝を奪った魔王が許せなかった。
その時、魔の森をから不穏な瘴気の渦を感じた。
「何かしら?」
「何かが動こうとしてるんだな」
「見に行きましょう!」
テレサレーゼとコモドは部屋を飛び出した。
魔の森まで走るが、魔の森に近付くに従って感じる瘴気の渦が禍々しく感じられる。
「こっ、これは一体…」
まだ魔の森に入ってもいないのに瘴気が強すぎでテレサレーゼではそれ以上前に進めず、酷い頭痛を感じてよろめいた。
「テレサレーゼさん!」
「大丈夫です。結界を重ねて使えば…」
「無理しちゃ駄目なんだな! 森の中はオイラが見に行くんだな」
コモドはテレサレーゼを残し魔の森へ入って行った。
瘴気の強まる方向へしばらく進むと、瘴気の渦の中心と思われる場所に到着した。
そこには千姿万態の魔物達が蠢いていた。
中には異形と呼ばれる普通とは違う姿形の魔物も多くいる。
魔物達は共食いしあい、混ざり合って、新たな大きな魔物を作り出そうとしていた。
「た、大変なんだな…」
こんな物動き出したら、人間達だけでなくこの世界の全てに悪影響を及ぼしかねないがコモド一人でどうにかできるとは思えなかった。
一刻も早く春希に伝えなくては。
コモドは魔物達に気付かれないようにゆっくりと後ずさり少しその場を離れると駆け出した。




