第47話
「魔王討伐でお忙しい中、私達の為に駆けつけてくださるなんて… 本当にありがとうございます」
遠くから見ようと言う計画だったのだが思ったより目立ってしまい、結局勇者一行が来ている事がミレイアに知られてしまっており、新郎新婦がロビーで出迎えてくれた。
本当はこの為に一時帰還のしたのではないのだが、ミレイア本人は涙ぐんで喜んでいるので勘違いを正すこともないだろう。
ミレイアのお腹はまだ目立つほど大きくはないものの、負担をかけないようにかアンダーバストの所で切り替えたAラインのドレスを着ていた。
「皆様、ご紹介致します。こちらは私の夫になります、ルスラン・ブァルラモです」
「初めまして。今日からはルスラン・ルベンチェンコになります」
「初めまして。須藤春希と申します。本日はおめでとうございます」
「噂の勇者様ですね! わざわざ来て頂きありがとうございます!」
にこやかな笑顔で挨拶をしたミレイアの夫であるスルランは、人当たりが良くて優しそうな雰囲気の好青年だった。
「こちらは騎士のヨハネスと、旅の途中で仲間になったアレクセイさんです」
「初めまして、アレクセイです。突然お邪魔してすみません」
春希が二人を紹介するとヨハネスは無言で頭を下げ、勇太はルスランに右手を差し出し握手を求めた。
「いえ! まさか勇者様御一行に来て頂けるなんて、感激です」
二人は固く握手を交した。
「さすが握力も強いんですね。それに勇者様に負けぬ劣らぬ色男で、アレクセイさんが勇者だと言われても私は信じてしまいそうです」
スルランは自分が何気なく言った言葉が的を射ている事に気付いていない。
勇者だと名乗っても誰も信じてくれなかったのに、衣服が変わるだけで今度は勇者みたいだと言われるようになるとは。
勇太は苦笑いを浮かべた。
「ミレイア様には弟のミハイルがお世話になりましたので、是非お祝いに駆け付けたいとミハイルが。ね、ミハイル」
ミハイルはアナスタシアに押し出される形で前に出た。
「初めましてミハイル様! お噂はかねがね聞いております。私は武芸はからっきしなので、以前から憧れていたのですよ!」
「そうですか… ありがとうございます」
ミハイルが恋敵とは露ほども思っていないルスランはミハイルの両手を掴んで無邪気に喜んでいるが、ミハイルはなんとも言えない表情だ。
ミレイアを守れる強い男になろうと武芸を磨いてきたと言うのに、そのミレイアの夫になるルスランは武芸はからっきしだと言う。
男がそんな事でこの先ミレイアを守れるのだろうか。
「…お二人はその、お互いのどんな所を好ましく思うのだ?」
ミハイルの問いかけを聞いて二人は顔を見合わせて頬を赤らめた。
「そうですね… 年齢や性別にとらわれずにその人の良い所を認める事が出来る心根を信頼しています。彼と共にあれば領地を正しい方向に導けるのではないかと」
「私は彼女の聡明で独立心旺盛な所に惹かれています。でも頑張り過ぎる所がありますから、いざという時に支えになれる自分でありたいですね」
ミハイルは改めてミレイアの顔を見た。
ミレイアの表情は晴れやかで、そのミレイアの背中にはスルランの手がミレイアとお腹の子を労るように添えられており、幸せな若夫婦そのものだった。
自分は男だからミレイアを守ると息巻いていたが、一体何から守るつもりだったのだろうか。
ミレイアが望んでいたのは守られる事ではなく、共に歩む事だったのだ。
ミハイルは男らしさばかりに気を取られていた自分を恥じた。
そんな事ばかり気にしている時点で男として以前に人間として負けていたのだ。
「ミレイア… おめでとう、幸せになるのだぞ」
「ありがとうございます、殿下」
ミハイルは最後の見栄でミレイアにお祝いの言葉を述べると、ミレイアは花が咲いたような笑顔を見せた。
その笑顔を見てミハイルは自分の気持ちがミレイアに全く伝わっていなかった事を痛感した。
きちんと気持ちを伝えていなかった時点で、ミハイルの初恋は始まる前に終わっていたのだ。
「ミレイア様幸せそうでしたね」
婚礼の儀からの帰り道、馬車の中で春希がそう呟くとアナスタシアがここぞとばかりに毒づいた。
「そうですね。ルスラン様もお優しそうで、どこかの誰かみたいに脳筋でもなさそうですし」
「姉上、脳筋とは私の事でしょうか」
「あらやだ、誰もミハイルの事だなんて言ってないわよ」
その笑顔がミハイルの事だと物語っているが、誰もそれには突っ込まなかった。
「でも婚礼の儀に出席してよかったですわね」
「そうですね。これからは人知れずミレイアの幸せを願います。母上も相手の幸せを願うのも愛だと言っていましたですし」
ミハイルは失恋を乗り越えて一つ精神的に大人になったようだ。
「あ! すみません、私はここで」
馬車の中からニカの姿を見つけた勇太はそう切り出した。
「帰りはどうされますか?」
「自分で戻れますから大丈夫です」
アナスタシアに迎えは不要だと申し出ると勇太は馬車を出て行った。
「幼馴染の元恋人と再開か… 上手く行ったらいいな…」
ミハイルはその背中を少し羨ましそうに見ていた。
「ニカ!」
勇太がニカに声を掛けると、ニカは笑顔で振り返った。
「アレクセイ! ちょっと待ってて!」
ニカは店主だと思われる男性に何か話しかけると店から出て来た。
「お待たせ!」
「店は良かったの?」
「今日は早上がりさせてもらえらようにお願いして置いたから大丈夫よ。勇者一行に会うって言ったら、何も文句は言われなかったよ。むしろ店の宣伝して来いって」
ニカに案内されていかにも女の子が好きそうなカフェに入った。
女子ばかりの店に勇太が入ると何故か一斉にこちらを見て何かコソコソ話している。
「なあ、ここ男が入っていいのか?」
男が入って来たから見られてるのかと思い、コソッとニカに訊ねると、ニカはニヤリと笑って答えた。
「大丈夫、皆羨ましいだけだから」
良く聞き耳を立てると、『誰あれ?かっこいい』『隣の子彼女かな?』『いいなぁ〜』などと話している声が聞こえた。
中にはアレクセイが勇者一行である事に気付いている娘もいるようだ。
「アレクセイ、何か食べる?」
「俺は食べて来たから。コーヒーでいいや」
つい先程婚礼の儀でご馳走を頂いたばかりなので全くお腹は減っていない。
コーヒーを頼むと言うとニカは少し意外そうな顔をした。
「じゃあ私は勇者のサラダセットで」
勇太は『勇者のサラダ』ってなんだよと思いながら店員に注文を告げる。
しばらくすると勇太が頼んだコーヒーと、ニカの注文のパンとスープと飲み物が付いたジャーサラダが出て来た。
「このサラダ、勇者様が考案されたんですってね」
「…そうなんだ」
いや、これまんまジャーサラダじゃん、と思いながらとりあえず素知らぬフリをした。
あいつはこっちの世界で一体何してたんだろう。
どういう流れでジャーサラダを広める事になるんだ。
ジャーを振りドレッシングをサラダに行き渡らせるニカを眺めながら、勇太はコーヒーを飲んだ。
「それて、短い間に勇者一行になっちゃうなんて、一体何があったの?」
ジャーサラダを食べ始めたニカは早速本題に取り掛かった。
「話せば長くなるんだけど、簡単に言うとそういう運命だったんだろうな」
勇者一行どころか本当は勇者なのだがそう言ったところで信じてもらえないだろうし、本当の事を言うにしてもどこから話せばいいのやら。
分からないのでその辺はボカす事にした。
「突然出て行っちゃったからおばさんは心配してるし、おじさんは怒ってたよ」
「マジか。そこんとこニカが上手く言っといてよ」
二人共アレクセイに対して淡白そうに見えたが、やはり家族なのでそれなりに心配をしてくれているらしい。
帰還した後勇太のせいでアレクセイが怒られてしまっては忍びない。
「勇者一行になってるって言ったら誰も文句言わないから大丈夫よ。私から言っとくわ」
「ありがとう。ところでニカはこんな所で何してたの?」
「出稼ぎよ。婚礼の儀は人が集まるから、求人も多くなるの。まあこの期間だけだから終ったらまた就職先を見つけるか村に帰るかしなきゃいけないんだけど」
「就職先のあてはあるのか?」
「あるわけないじゃない。田舎から出て来たばっかりだもん」
「そっか…」
少しの間沈黙が流れた。
できれば就職の斡旋くらいしてあげたいが、勇太自身はなんのコネもない。
アナスタシアに頼んだらどうにかしてくれるだろうか、と考えているとニカが突如口を開いた。
「アレクセイ、短い間に変わったよね。スマートに注文したり、ミルクも蜂蜜も入れてない苦いコーヒーを飲めるようになったり」
しまった、と勇太は思った。
勇太はもう大人なので、デートなどで女子が好きそうなオシャレなカフェに入ったりもしていたのでつい普通に注文したりブラックコーヒーを飲んだりしてしまったが、田舎者のアレクセイならこんな女子っぽい店で普通に注文したりできないだろうし、味覚がまだお子様なので苦いコーヒーよりジュースを好んだだろう。
言動や趣味趣向が急に変わって不自然に思われても仕方がない。
「見た目も変わったよね。都会の人になった」
「まあ、服は借り物だけどね」
趣味趣向が変わった事には触れず、サラッと流した。
「アレクセイは魔王討伐が終ったらどうするの?」
「うーん…」
勇太は元の世界に帰るが、残されたアレクセイはどうするのだろうか。
村に帰るのか、都会に出るのか、どう答えるのが正解か考えていると、ニカが思いもよらない提案をして来た。
「私、アレクセイのお嫁さんになってあげてもいいよ」
「え!?」
「アレクセイ立派になったし、私も田舎より都会の方が楽しいし」
その提案はアレクセイにとっては喜ばしい提案なのだと思う。
アレクセイの記憶にはニカの事が本当に大好きで大切だという思いが残っている。
だがニカはアレクセイが好きだからと言うより、別れた恋人が思ったより出世してたからヨリを戻してもいいなみたいな、こちらの話を何も信じずフッたにも関わらず『なってあげてもいい』と上から目線なのがちょっと気になる。
第三者の勇太から見ると大丈夫かと少々心配にならざるを得ないのだが、ここで勝手にお断りするのはアレクセイにとっては有難迷惑な話だろうし、どうしたものかと考えてしまう。
そこでふと、『相手の幸せを願うのも愛』だと言っていたエカテリーナとミハイルを思い出した。
「ニカ、俺さ、ニカの事本当に大切なんだ」
「うん」
ニカは笑顔で返答を待っている。
「幸せになって欲しいし、出来る事なら俺が幸せにしたいと思ってる」
「うんうん」
ニカはまだ笑顔で話を聞いていた。
「でもさ、俺はこれからまた魔王を討伐に行くんだよ。帰るまで何年かかるか分からないし、もしかしたら死ぬ可能性もある」
「やだ、縁起でもない事言わないでよ。私、アレクセイには絶対無事で帰って来て欲しい」
ニカの瞳が潤んで揺れた。
そんな顔をされると、ニカに対して恋愛感情の無い勇太ですら心が揺れる。
「勿論俺も死にたくないけど、でも分からないじゃん。だからさ、ニカが待てるだけ、待っててくれないかな。待てなかったら他に良い人探してくれてもいいから」
これならニカの医師を尊重できるし、アレクセイにも可能性を残せる。
名案だと思った。
「は?」
だが予想に反して急に真顔になるニカに、これは何か悪い流れだと鈍い勇太でもすぐ分かった。
「いや、だってこの間『女の旬は短い』とか何とか言ってたから…」
「だからって恋人に婚活薦める? 信じらんない! この間も言ったけど『俺に付いて来い』くらい言えないの!?」
「言えるわけないだろ!? どこの世界に恋人連れてイチャイチャ魔王討伐しに行く馬鹿がいるんだよ!?」
「アレクセイが先駆者になればいいじゃない!!」
「できるか!!」
無茶を言うニカに勇太が思わず声を荒らげると、ニカの目から涙がポロリと流れた。
「あ、ごめん、泣かせるつもりじゃなくて」
「もういい! アレクセイなんて知らない!! 魔王討伐でもどこでも行っちゃえ!!」
「ニカ!?」
ニカはアレクセイの静止を振り切ってカフェを飛び出して行ってしまった。
そんなつもりじゃないのにまた怒らせて泣かせてフラレてしまった。
よかれと思って言った事が悉く裏目に出てしまう。
勇太は自分が情けないやらアレクセイに申し訳ないやらでショックを隠しきれなかった。