第42話
「魔王様がそんなに魔王になりたくなかったなんて知りませんでした」
「やりたくないと言ったところで任を解かれる訳でもないからな」
魔王はロスタの言葉に溜息を吐きながら答えた。
口には出さなかったが、やりたくないと思いながら今までで魔王を続けていたらしい。
魔王は映像が映されていた黒い球体を消した。
「伝承では魔王の力が強くなると勇者が現れるとなってましたが、今の話では魔王が弱って統率力が無くなると次の魔王を選ぶ為に勇者が現れるって事ですか?」
「そうだ。魔王自身も弱体化すると本能が勝って殺人衝動を抑えられなくなって行くからな。人間から見れば魔王が強力になって好き勝手するようになった様に見えるのだろう」
恐ろしい話を聞いてしまった。
春希が顔を青くしていると、魔王は少し笑った。
「私はまだそこまでは行っていない。それにお前は恐らく魔人だ。お前に対してはその衝動も起こらないと思う」
魔王はこうしていると想像よりだいぶ穏やかで、出来る上司と言う感じだ。
「魔王と勇者って必ず戦わないと行けないんでしょうか? 次の魔王を選出を一緒にするって事は出来ないんですか?」
魔王は春希の疑問を聞いてキョトンとした顔になった。
「勇者は異世界の人と言えど人間だから魔王を憎んでいるじゃないのか? 最低でも戦って負けるポーズくらいはしないといけないだろうと思っていたが」
「でも勇者は魔王を選ぶわけですから魔王が必要な存在だって事は分かってるんですよね? 話し合いが絶対出来ないと言うわけでは無い気がするんですが。それが出来れば魔王候補の人格とか魔王になりたいかどうかも加味できますし、選出が出来れば弱体化しきる前に交代すればいい話なのでは?」
魔王が本能のままに動くようになったり、魔王自身が魔王の座に執着しているなら戦って倒さないといけないのだろうが、少なくとも今の魔王はまだそれほど弱体化してないようだし魔王の座に執着しているわけではない。
やりたくもない魔王をどれくらいかは分からないが長年務めたのだし、平和的に引退して第二の人生を送ってもいいんじゃないだろうか。
「それは考えた事がなかったな… 」
魔王は顎に手を当てて考える仕草を見せた後、顔を上げて春希を見た。
「じゃあお前がその場を設けろ」
「え!?」
「私から話し合いをしようと言っても罠を疑われて終わるだろう。言い出したのはお前なのだし、冒険者のお前が仲立ちするのが筋だろう」
「そうかもしれませんが…」
完璧に藪蛇だった。
仲立ち出来るのであればしても構わないが、そもそも勇者にもまだ会えていないのだ。
勇者は心根の優しい人物だと言う話だが、人間が言い伝えている伝承が事実と多少違う所があるように、魔族が言い伝えてる話も全てが真実と言うわけではないかもしれない。
勇者が魔王と戦う気満々だった場合、どうすれば刀を収めてもらえるだろうか。
相手がどんな人間なのか分からない以上方針の立てようもない。
春希が言い澱んでいると、魔王は更に無理難題を押し付けてきた。
「なんならお前が次の魔王になってもいいぞ。勇者との話し合いが実現したら推してやろう」
「へ!? イヤイヤイヤイヤ、それは無理ですよ!!」
「なぜだ。魔人ならば資格はあるぞ。それにお前が魔王になれば見た目がほぼ変わらないから代替わりしても多くの魔族は気付かないだろう。一から統治するよりも楽なんじゃないか?」
「魔人かもしれませんが殆ど人間と変わりませんから! 魔王が出来るほど強くないですし、人間なんてすぐ死んじゃいますからね!」
「そう言えばあなたいったいいくつなの?」
「25です」
ロスタに年齢を訊ねられたので春希は正直に年齢を答えると、魔王は目を見開いて驚いた。
「25年しか生きていなくてそれなのか!?」
「え? そんな驚く事ですか?」
「魔族で25歳なんてまだお子様だもの。種族によって多少差はあるけど、魔族は5歳くらいで幼年期が終わった後はゆっくり年を取って200歳くらいでようやく成年よ」
なるほど、その感覚で言えば25歳などひよっ子も同然だろう。
「因みにお二人共おいくつなんですか?」
「私は600歳くらいだ」
「私はまだピチピチの250歳くらいよ」
二人共の見た目は春希とそう変わらないくらいにしか見えないのにとんでもなく年上だった。
ロスタのピチピチ発言はとりあえず置いておいて、魔王に至っては600歳だ。
人間の春希からしたら途方も無い年月を生きているように思える。
「魔族の寿命って長いんですね… そんなに年上だとは思ってませんでした」
「魔族は成年期が長いのよ」
「人間は老いが早いとは聞いてはいたが、残酷だな…」
まだ25なのでそんなに老いてるつもりはない。
魔王の感想は少し失礼に感じたが、苦言は飲み込んで次期魔王回避に使う事にした。
「ほら、そんな幼子に魔王させるなんて自殺行為ですよ」
「仕方がないな」
「魔王様、私はいつでも魔王になる心積もりはありますよ」
「何度も言っているがお前は不適格だ」
何度不適格だと言われてもロスタは諦めるつもりはないようで、虎視眈々と魔王の座を狙っていた。
「少し計画は狂いましたが私、諦めません。結局選ぶのは勇者ですからね。こうなったら勇者にアピールするだけです」
いったいどんな計画だったのか知らないが、きっと碌な計画では無いだろう。
「止めておけ。魔王としての人生より尊い物はある」
「そんな物ありますか?」
「ある」
「例えば?」
「………『愛』とか」
魔王の意外な答えにロスタは思わず吹き出した。
「あはは! 魔王様ったら、私達魔族に『愛』だなんて!」
「魔族に『愛』はないんですか?」
「ないわね。魔族にあるのは利害の一致だけよ。でもそうですね、もし『愛』があるなら一度体験してみたいですね」
人間の春希から聞くと魔族とは寂しい生き物だなと感じてしまうが、魔族にとってはそれが普通らしい。
魔王は柄にもない事を言ってしまってバツが悪いのか、耳まで赤くしてそっぽを向いている。
「兎に角、とりあえず勇者をここにつれて来い」
「まぁお約束はできませんが試みてはみますよ」
取り繕うように言う魔王に春希はそう答えたが、勇者をどのようにしてここに連れて来ればよいのやら。
まず勇者に会わなければならないし、アナスタシア達偽勇者一行に魔王の姿を見られてしまったら、魔王そっくりな春希はいったい何なのだと言う話になってしまう。
魔王城から出て偽勇者一行と合流したら勇者と会った後魔王に会うよう説得し、勇者と共に何とか偽勇者一行を撒いて魔王城に向かわなければならないし、偽勇者一行と合流せずに勇者を探しに行けば心配した偽勇者一行が遅かれ早かれ魔王城に突入してしまうだろう。
「まあお前にとってもメリットが無ければ張り合いがないだろう。お前が勇者を連れてくるまで、そいつは私が預って鍛えてやろう」
魔王は豪ちゃんを指差してそう言った。
「え!?」
「豪ちゃんツヨクナレルノ?」
「ああ、強力な魔物にしてやる」
「ツヨクナレルノウレシイ! バンザイ!」
それって体の良い人質では!? と思ったが、豪ちゃん自身は強くなれると喜んでいる。
「豪ちゃん、止めとこうよ」
「ナンデ?」
「別にここで鍛えてもらわなくても、自然に強くなれるよ」
「デモキットハヤクツヨクナレルヨ」
「そうかもしれないけど、何も魔王様に鍛えてもらわなくても…」
春希自身は豪ちゃんが強くなってくれたら心強くはあるが、どちらかと言うと豪ちゃんは癒やしの存在なので無理に強くなってもらう必要はないと思っているのだが、豪ちゃんの決意は固かった。
「ダイジョウブダヨ春希、マオウサマソンナニワルイマゾクジャナイヨ」
それについては春希も同意できるが豪ちゃんだけをここに残して行くのは賛成できない。
だが結局豪ちゃん自身がここに残ると言い張るのでお願いする事になってしまった。
あけましておめでとうございます。
年末年始バタバタしておりまして、更新滞ってしまってすみません(;´・ω・)
今年もよろしくお願いします!