第41話
魔王城から無事に(?)開放された春希は豪ちゃんと共に魔王城から少し離れるとその場で頭を抱えて蹲った。
全く意味が分からない事態に遭遇し、ひどく混乱して頭痛がする。
文字通り頭の痛い状況だ。
その時、誰かに肩を叩かれて振り返った。
そこには茶色い髪のイケメンがいた。
「えーっと、久しぶり?」
やっと会えて嬉しいような気恥ずかしいような、勇太は春希にまずなんと声を掛けたら良いか迷っていたらなんかありきたりな挨拶が口から出た。
すると春希は勇太を見て怪訝な表情を浮かべた。
「どちらさまでしょうか?」
中身は勇太でも見た目はアレクセイなので分からないのも無理はない。
春希からしたら初対面の相手に親しげに声をかけられたようなものだ。
「信じられないかもしれないけど、勇太だよ」
「えっ!? 勇者!?」
春希は盛大に聞き間違いをして黒地にキラキラとしたスパンコールのような物がついた服装をしたアレクセイの全身を上から下まで見渡して言った。
「え? そのナリで?」
勇者って思ってたんとだいぶ違うと顔に書いてある。
「勇者じゃなくて、いや違うくないけど」
「どっち??」
「勇者だけど勇者じゃなくて」
「なにそれ? とんち?」
「あーもう! 前田勇太だよ! お前の幼馴染!」
「ええ!? ユウ!?」
勇太がうんうんと頷くと、春希はもう一度上から下まで見渡して言った。
「もう一度聞くけど、そのナリで?」
「これには色々訳があるんだよ。体は元の世界にあって魂だけこっちに来たから。服はこんなだけどこれで便利なアイテムなんだよ」
「そうなんだ」
「え? 信じるの?」
よく分からない服装の見知らぬ男が幼馴染の名前を口にしている状況でよくそれを信じる気になるなと思う。
「もう何があっても驚かないって言うか、正直今めっちゃ混乱してるから。この世界ってホント何でもアリだよね」
「なんかあった? てか良く魔王城から無傷で出てきたな」
「うーん、それがさ」
春希は魔王城の中で起こった出来事を話始めた。
「わーーー!!!!」
春希が大音量で叫んでしまったのには訳がある。
恐る恐る見た魔王の姿は、春希にそっくりだったのだ。
違うのは春希より背が高く体つきもガッチリしていて髪が黒いくらいで、春希が男性だったらこうだろうなというような見た目をしていた。
「誰だ?」
魔王も春希を見て怪訝な表情を浮かべていた。
「あら、魔王様の隠し子じゃないの?」
「そんな者はいない。先代じゃあるまいし」
「じゃあ兄妹なんじゃないですか?」
「知らん」
魔王に聞いても無駄と判断したロスタは春希に向き直して訊ねた。
「貴方は何か知らないかしら?」
魔王の隠し子でも妹でもない事は春希が一番良く知っている。
春希は一人っ子だし、両親共に日本人だし、そもそも異世界の人間だ。
「私の両親は普通に人間ですので、他人の空似じゃないですか?」
「こんなに似てるのに?」
他人の空似だと証明する術を持たないのでそう聞かれると何も言えない。
本当に気持ち悪いくらい良く似ているのだ。
「そもそもお前は何なんだ」
春希は魔王に睨まれビクッとしながら答えた。
「えっと、春希と言います。冒険者をしてます」
「その隣のは何だ」
「豪ちゃんダヨ!」
「私の従属です」
「見た事がないな… これはお前が作ったのか?」
「作ったと言うか、魔法の練習中に偶然できたって感じですね」
「ふむ、興味深い」
魔王はマジマジと豪ちゃんを観察し、言った。
「これはゴーレムでもないな」
「違うんですか?」
「ゴーレムにしては小さいし、そもそもゴーレムは話をしない。それにコレは自分の意志で行動をしているように見える。ゴーレムは命令に忠実に動くが意思はないからな。新しい魔物と言っても良いかもしれない」
「豪ちゃんマモノ?」
豪ちゃん自身は魔物と言われてもしっくり来ないようで首を傾げていた。
「お前の両親は人間と言ったが本当にそうか?」
「人間のはずですけど」
「どちらかが『魔人』である可能性はないか」
「うーん…」
良く考えたらあちらからこちらへ来る事が出来たのだから逆もあるのではないかと言う気がする。
魔王と春希はこれだけ似ているのだし、自分の適性が『魔人』だった事も引っかかる。
春希は祖父似らしいので祖父の方に魔王とルーツを同じくする様な血筋が入っているという事が全く無いとも言えないのではないか。
「私は聞いた事はありませんが、可能性が全く無いとも言えない気がしてきました。両親とかそんな近いところは無いにしてもご先祖様に魔族がいるとかだったら無くはないかも…」
「お前がその生き物を生み出している時点で純粋な人間だとは考え辛い。何故なら人間は出産する事でしか生き物を生み出せないからだ」
「魔族なら可能なんですか?」
「魔族でもできる者はそういない」
「稀有な才能ね」
「そうなんですが…」
「やけにアッサリしてるのね」
ロスタは意外そうにそう言うが、仮に自分に魔族の血が入っているとしても、それを確かめる手段がない。
それに元の世界に帰れば『魔人』云々は関係の無い話だ。
春希の中ではもう結構どうでもいい話になってしまっていて、『魔人』である事を隠したまま元の世界に帰れればそれでいいやと思ってしまっている節がある。
これがこちらの世界の人間なら、魔族としては生きられないし人間としては適性がバレたらどうなるのか分からないわけだから、こうは気楽に構えられないだろうと思う。
「でも魔王様と近しい人間じゃないなら殺しちゃっても良かったのね」
ロスタがそんな物騒な事を言うので、春希は身を強張らせた。
いつでも戦闘態勢を取れるように構えを作る心構えを決めると、雰囲気を察したロスタも禍々しいオーラを発する。
「ロスタ、待て」
そんなロスタを魔王が静止した。
「冒険者と言っていたが、お前は勇者一行ではないのか?」
「正確には勇者一行志望です」
皆は勇者一行だと思っているが、春希的には勇者に会って一行に加えて貰おうと思っているので嘘ではない。
「成る程。願いの為に魔王討伐に参加する腹か」
「…………」
その通りだが討伐する対象を目の前にしてはいそうです、とは言い辛い。
春希は顔を引きつらせながら言葉に詰まった。
「そんな顔しなくてもちゃんと倒されてやる」
「へ?」
魔王に意外な事を言われても素っ頓狂な声が出てしまった。
何故魔王はこんなに倒される気満々なのか。
「それより勇者に伝えて欲しい事がある」
「何でしょうか?」
「魔王の選出には本人の意思を尊重する様に伝えてくれ。私の時は勝手に魔王にされてしまって、迷惑だったと」
「え? 魔王って勇者が選ぶんですか?」
「ああ。人間の間では知られてないだろうが、魔王という存在は世界の秩序を保つ為に不可欠なものなのだ。これを見ろ」
魔王は掌を上に向けると黒い球体現れ、中に映像が映し出された。
沢山の魔族が人間を食べている。
目を背けたくなる光景に、春希は思わず目を瞑った。
「大昔のこの世界だ。この様に魔族は知能が弱い者が多く、目の前に人間がいると腹が減ってなくても襲ってしまう。そうなると人間が極端に減ってやがて餌が少なくなって魔族も衰退して行く」
「餌って… 人間がいなければ他の動物を食べれば良いのでは?」
人間を餌呼ばわりするのは気分の悪いが、魔族にとってはそうなのだろう。
だが餌は何も人間に拘る必要も無いと思う。
「魔族にとって人間は特別な餌なのだ。毎日摂る必要はないが、食べると力が漲る。ずっと食べなければやがて弱って死ぬ」
映像が切り替わり、今の魔王とは違う大昔の魔王が映し出された。
大昔の魔王は魔族を統治し纏め上げている。
「そこで生まれたのが魔王だ。魔王が無秩序だった魔族を統べる事で不要な争いを制限できるようになったが、それも何代か続くと愚王が現れた」
愚王が統べる魔族は人間を奴隷の様に使役するようになった。
それでもうまく使役出来ればもしかしたら上手く行ったのかもしれないが、体の丈夫な魔族は人間に対する手加減がうまく出来ない事が多く、奴隷として働ける様な若い人間は次々に死んで行く。
するとどんどん少子化が進んで、人間の数が非常に少なくなってしまった。
「こんな事になるんなら最初の魔王がずっと魔王を続ける事はできなかったんですか?」
「魔王と言っても元はただの魔族だからな、どうしても寿命がある。それに加齢による弱体化で統率力も弱くなって行く。代替わりは必要な事だ」
魔王と言えど年齢には逆らえないらしい。
生き物である以上当然と言えば当然か。
「このままだと元の木阿弥だからと、魔王を人間に選ばせる事にした。そうすれば少なくとも人間に不都合な魔王は生まれないだろうと思われた。だがそれも上手く行ったのは最初だけだ」
人間が選んだ魔王は初めは上手く統治していたが、やがて選ぶ人間が自分に都合の良い魔王を選出するようになった。
魔王は選んでもらう見返りに、選ぶ人間の敵国を襲撃する。
すると戦争が激化してやはり人間の数が減ってしまったり、魔族に対する反発が強くなり大規模な魔族の討伐が始まる事もあった。
こうして見ると人間が少なくなって魔族も少なくなるという歴史を繰り返しているように見える。
「それでは全くの第三者が選べは良いのではないかと始まったのが異世界の人間を勇者とするシステムだ。勇者は若く健康で、心根の優しい人物が選ばれる」
勇者として選ばれた異世界の人間が弱った魔王を倒し、新しい魔王をその曇りなき眼で選ぶ。
この世界に何の柵も無い人間であれば公平に選ぶだろうと言う判断らしい。
「実際この仕組みが今までで一番上手く行っている事は確かだが、問題は選ばれる魔族側の希望が一切反映されない事だ」
魔王は溜息を吐いた。
「魔王になりたくなかったんですか?」
「こんな場所に縛られて勇者に倒されるのを待つだけの人生なんて、誰が望んでおくりたいと思う?」
そう聞くと確かに気の毒な役職だ。
つまり魔王は勇者に倒される事が決まっていて、その為にずっと同じ場所にいるらしい。
以前不自然に感じた魔王城が移動しない理由がはっきりした。
「あら、私は魔王になりたいですよ。魔族を統べる王だもの、その座を欲する魔族もいるわ」
「魔王とは全ての魔族の王であり、同時に下僕でもある。お前は優れた魔族ではあるが、下僕になれない以上魔王としては不適格だ」
「あら酷い。じゃあローターはどうですか?」
「あいつはやりたがらないだろう」
「スベルタは?」
「馬鹿だから駄目だな」
「クレージは?」
「短気には務まらない」
魔王のこう言う言動を見ると、先代の勇者は正しい魔王を選んだ気がしてくる。
魔王自身はやりたくなかったようだが、魔王の座に興味の無い者から選ぶのが結局の所一番なのではないか。




