第39話
「春希!!」
豪ちゃんは咄嗟に飛び上がりスベルタの背中にしがみついた。
「こら魔物!!」
「ハルキ様を放しなさい!!」
ミハイルとアナスタシアは叫ぶがスベルタはドンドン高度を上げて飛び去ってしまう。
「ミハイル弓を!!」
「分かっている!!」
ミハイルの弓はスベルタの羽による風圧で全て弾かれてしまい届く事はなかった。
「どうしましょう!? ハルキ様が… ハルキ様が…」
「追いかけましょう!!」
「早く出ないと追いつけなくなるぞ!!」
「静かにするんだな。そんな大声だしたら魔物が集まってくるんだな」
オロオロするテレサレーゼと慌てて追いかけようとするアナスタシアとミハイルをコモドが諭した。
コモドはこの中で冷静なのは自分とヨハネスだけか、と思いヨハネスを見ると既に体制を整えてハルキを追おうと飛び出すところだった。
「ヨハネス!? 待つんだな! ハルキはゴウチャンが付いてるから大丈夫なんだな」
喋らないので分かりにくいが実はこの中で一番慌てていたのはヨハネスだった。
皆は春希が勇者だと思っているので一人でもしばらくなら持ちこたえるくらいの事はできるだろうと思っているが、ヨハネスだけは春希が勇者ではなくただ戦闘訓練を積んだだけの女性である事を知っている。
一刻も早く助け出さなければ手遅れになりかねないと考えていた。
「助けに行く」
「ヨハネスが喋った!?」
「ヨハネスが喋りましたわ!?」
「ヨハネスさん喋れたんですね!!」
「みんな落ち着くんだな!!」
連れ去られた春希よりヨハネスが喋った事に気を取られ、最早収集不能な状況になりつつあったその時だった。
「すみません、静かにした方がいいと思いますけど」
突然聞こえた声に新手かと一同が身を硬直させたが、テレサレーゼはその声に聞き覚えがあった。
「アレクセイさん!?」
「テレサレーゼさん!?」
勇太は魔の森で騒いでいる命知らずがいると思ったら知り合いだった事に驚き半分納得した。
テレサレーゼは世間知らずだけでは片付けられないくらい、常識とのズレがある。
天然と言っても良いかもしれないが、今は天然で済ませられる問題ではない。
「テレサレーゼさん、何してるんですか? 魔の森で騒ぐなんて命がいくつあってもたりませんよ??」
「それが、大変な事が起こって」
「テレサレーゼさん、こちらの方は?」
親しげな二人の様子にアナスタシアが訊ねた。
見たとろこ冒険者の魔法使いのようだが、魔の森の奥まで入って来れる所を見ると中々の実力者なのだろう。
今の様な一大事の時には味方は一人でも多い方がいいので、出来るなら味方に加わって欲しい。
「ここに来る前にとてもお世話になった冒険者のアレクセイさんです。アレクセイさん、こちらは勇者一行の皆さんです」
「勇者!?」
勇太は勇者一行と聞いて春希の姿を探したが、春希は見当たらない。
「あの、勇者はどこへ?」
「実は連れ去られてしまったんです」
テレサレーゼは溜息混じりに答えた。
「連れ去られた!? 誰に!? どこへ!?」
「四天王のスベルタがハルキを拐って行ったんだな。魔王城の方向へ飛んで行ったんだな」
「すごいな、喋るトカゲじゃん」
勇太は喋るオオトカゲのコモドを見てそう小さく呟いた。
さすが異世界、何でも有りだ。
それはさて置き、今は春希が心配だ。
春希を連れ去った目的は分からないが、勇者として間違われて連れ去られたとしたら無事であると楽観的な事は考えられるはずもない。
魔王城ならば一度素通りしているので道順も分かる。
「アレクセイさん、今は人手が欲しいのです。ご迷惑かと思いますが、私達と一緒に来て頂けないでしょうか?」
「いえ、私が一人で行きましょう」
アナスタシアの申し出に勇太がそう答えるとテレサレーゼが驚いて声を上げた。
「何言ってるんですか!? じきに日も暮れます、一人でなんて無理ですよ!」
「日が暮れてからの方がむしろ好都合なんです。実は夜ならば体が透過するアイテムを手に入れまして、それを使えば魔王城にも潜入できるはずです」
魔の森の中なので滅多に人に会わないと言ってもそれを着ている自分が嫌で、夜以外は結局ローブを着たまま過ごしていた。
ローブの下の『闇夜の衣』を見せた方が説明が早いのだろうが、人に見せる勇気はない。
「そんなアイテムよく手に入ったな!?」
ミハイルが驚くのも無理は無い。
透過効果のあるアイテムは魔道具として人工的に作る事ができず、ダンジョンドロップでしか手に入らないし、それも滅多な出ないレアアイテムだ。
「それについては幸運としか言いようがありませんね」
たまたま入った装備屋で手に入ったのだから本当に幸運だった。
普通街の一装備屋で手に入る代物ではないだろうと思うし、あったとしてもよく出してくれたなと思う。
そう考えていると、肩をポンポンと叩かれ振り返ると顔の濃い大男がいた。
ヨハネスだ。
ヨハネスは勇太の肩に腕をかけると耳元に顔を寄せて小さな声で言った。
「貴方は勇者殿なのではないか?」
「えっ!?」
今まで勇者だと名乗り出でも信じてもらえた事がないのに、この男は一発でそれを見抜いた。
一体何者なのだろうか。
「なんで分かったんですか?」
「少し二人で話す」
皆にそう宣言すると、ヨハネスは勇太の肩に腕をかけたまま引きずって皆から少し離れると声を潜めて言った。
「私はハルキが勇者では無い事を知っている。それに貴方は先程コモドを見てこの世界にはない『トカゲ』と言った。それを言ったのはハルキと貴方だけだ」
「だから異世界人だと思ったんですね」
ヨハネスは頷いた。
この世界に異世界人がいるとしたら勇者だけなのに、春希が召喚された事でイレギュラーが発生している状態だ。
二人いる異世界人の一人が勇者ではないなら、当然もう一人は勇者だと言う事になる。
「皆はハルキを勇者だと思っている。彼女の立場が悪くなるので勇者殿はなるべく名乗り出ないで欲しい」
「分かりました」
この男は春希の事を『彼女』と言っている。
つまり女性だと分かっていると言う事で、それだけ春希とも親しかったのだろう。
それに春希の立場で物を考えているので信頼できそうだと勇太は考えていた。
「私も魔王城に共をしてはならないだろうか。彼女を救いたい。守ると約束したのだ」
その言葉に勇太は、ん? と引っ掛かりを覚えた。
その『守る約束』とは一体誰としたのだろうか。
春希としたとしたら、この男と春希はそんな約束を交わす程の仲なのだろうか。
勇太の心に言い知れないモヤモヤが芽を吹いた。
「…やはり一人で行きます」
勇太はヨハネスの腕を払いのけ、直ぐに出立しようとするとテレサレーゼに止められた。
「アレクセイさん! 私も魔王城に潜入させて下さい!」
「すみません。透過効果は一人しか使えないんです」
「ならせめて魔王城まで一緒に行きましょう!」
「透過効果のあるアイテムに俊敏性強化もついてるのでかなり早く移動できるんです。一人なら日が暮れる前に魔王城に到着できます」
「ですが」
「なら勝手に付いて行きますわ」
テレサレーゼの背後にアナスタシアをはじめとした勇者一行が佇んでいた。
「おいら達もハルキを助けたいんだな」
「元々魔王討伐の旅だからな。行き先が魔王城で勇者もそこにいるならば行かないと言う選択肢はない」
コモドやミハイルも何が何でも付いて行くつもりでいた。
「…魔王城までなるべく移動しやすいように道を作ります。なのでその道を通って来て下さい。魔王城への潜入は私がします。皆さんは朝になってから入って来て下さい」
少し頭に血が登りかけていたが、テレサレーゼ達と話したおかげで少し冷静になれた。
春希を救い出す為には味方は多い方がいいのだ。
自分が先行して道を作り、皆には後から付いて来てもらうのが一番良いだろう。
勇太は猛然と魔の森を走り始めた。