第37話
「はぁはぁはぁはぁ… 暑いですわね」
アナスタシアの額から大粒の汗が流れ落ちた。
いつも綺麗にまとめられている髪が珍しく乱れている。
魔の森は日によって天候の変化や気温差が激しい。
冬の様に寒い日の次の日は真夏の様に暑かったり、一日の中でもがらっと気温が変化したりするので体温調節が追いつかない。
人間にとっては本当に過ごしにくい。
今日は雨が降った直後にこの暑さでサウナの様にむしむししていた。
ゴーレムの豪ちゃんと魔族のコモドは平気そうだが、普段から体を鍛えているヨハネスとミハイルはまだ耐えられても温室育ちのアナスタシアと現代人の春希には辛い。
テレサレーゼもきつそうにしている。
「朝までは割と過ごしやすかったんですけどね」
このままでは熱中症になりそうだ。
一度足を止めてアイテムボックスから水と塩とはちみつを取り出した。
「アナスタシア様、アイテムボックスの中に柑橘類… 絞ると酸っぱい汁の出る果物はありますか?」
「それでしたらこれではいかがですか?」
アナスタシアが取り出したぶどうっぽい果物を絞ってみるとレモンの様な味がした。
「うん、バッチリです。ありがとうございます」
「ハルキ様、何か作られるのですか?」
テレサレーゼが興味津々な様子で近寄ってきた。
「熱中症の予防になる飲み物を作ろうかと。まあ水と塩とはちみつと果物を混ぜるだけですが」
混ぜるだけだが確か分量が大切だったはずだ。
熱中症対策には塩分と糖分を適切なバランスで取る事が重要だと聞いたことがあるが、肝心の分量はよく覚えていない。
確か塩に比べて砂糖が引くほど多かった記憶がある。
塩1に対して砂糖20くらいだっただろうか。
多少分量が違ってもきっと飲まないよりマシだろうと割り切る事にした。
砂糖は貴重なので今回ははちみつで代用しようと思う。
大きい鍋に塩をスプーンに軽く1杯とはちみつをドバドバ入れているとアナスタシアが戸惑いながら訊ねて来た。
「はちみつをそんなに入れるんですか?」
「驚きますよね。でもこれくらい入れるのがいいらしいです」
「うまそうだな」
戸惑うアナスタシアと対称的に甘党のミハイルは楽しそうにその様子を見ていた。
ぶどうもどきの果汁も入れて少量の水でよく混ぜたあと、更に水を入れて薄める。
「できました。水分補給してください」
コップに入れると何も言わなくてもヨハネスが次々に皆に配ってくれた。
「はちみつが多くて驚きましたが飲みやすいですわ」
「果物の酸味が爽やかですね」
「もっと甘くてもいいな」
「おいしいんだな。これ好きなんだな」
「豪ちゃんモノンデミタイナ…」
皆には好評だったが飲食できない豪ちゃんは少し悲しそうだったので頭を撫でると、少し気分が回復したようだ。
今は若いから良いかもしれないがミハイルは甘い物ばかり欲しているので将来肥満や糖尿病が心配だ。
因みにヨハネスはしれっとおかわりしていた。
薄々気付いていたが意外と食いしん坊っぽい。
「ごちそうさまでした。いただいてばかりでは心苦しいので今度お茶をごちそうさせて下さい」
「気にしなくて大丈夫ですよ。貴重なんじゃないですか?」
「エルフはお茶にはこだわりますから色々持ってきてますから大丈夫です。里で作った特製の茶葉なので他では飲めませんよ」
食料が尽きたと言っていたので茶葉も少ないのだろうと思ったがそうでもないらしい。
食料を削る前に茶葉を削った方が良かったのではないかと思うが、エルフ特製のお茶なんて正直気になりすぎる。
「じゃあ次の休憩の時にでもお願いします」
「はい。おまかせ下さい」
残った物はいつでも水分補給ができるようにアイテムボックスにしまい、先に進んだ。
これまで通りコモドの幻術で出したドラゴンで小物の魔物を追い払い、それでも近付いて来た物は豪ちゃんが撃退する。
取りこぼしがあったり自分の近くに魔物が湧いて来た時には各々が対処した。
テレサレーゼも剣で魔物を何体も真っ二つにしていた。
エルフと言うと弓や魔法が得意なイメージだったがそれはあくまでイメージで、個人差があるらしい。
テレサレーゼは魔法はそこまで得意ではないし、身体能力を活かした剣技の方が得意なのたそうだ。
森の奥に行くにしたがって魔物が明らかに多く、また凶暴になって行くのを感じる。
グルルルルルと、地の底から響く様な唸り声がして一同は構えた。
「強力な魔物の気配がします」
テレサレーゼの剣を握る腕に力が入る。
「ハラガヘッタ…」
茂みの奥にから大きな角の生えた牛の魔物が目を光らせながら現れた。
「ナニカクワセロ」
「ギャーーーー!!?」
その魔物を見てコモドが絶叫した。
「魔王の四天王の一人なんだな!」
「四天王だと!?」
ミハイルが魔物に弓を射るが魔物は弓を口で受け止めるとそのままボリボリと食べてしまった。
「暴食のスベルタなんだな!常に空腹感に苛まれていて辺りのもの全て食い尽くすんだな!!」
「タリナイ」
スベルタが立ち上がり全貌が明らかになった。
頭は大きな角を持つ牛で体は筋肉隆々な人間、脚は二足歩行だがびっしりと茶色い毛に覆われて尻尾は蛇、背中には大きな翼を持ち、そして見上げる程の巨体だった。
コモドは幻術でドラゴンを出すのも忘れて春希の背後で頭を抱えながらガタガタ震えていた。
「エルフ、メズラシイ、ウマソウ」
スベルタは辺りを見渡すとテレサレーゼに狙いを定めたようだ。
「そんなに美味しくないですよ。汗かいてますし」
「ホンノリシオアジ、ウマソウ」
「え…」
スベルタにとっては汗も調味料らしく、ダラダラと涎を垂らし始めた。
テレサレーゼはその様子に少し引いていた。
「コモド、ここにいても危ないからどこかに隠れて」
「ごめんなんだな」
背後にピッタリとくっつかれていると動きにくいのでコモドには茂みに移動してもらい、ミスリルの槍を構えた。
相手が巨大なので槍のリーチがあっても役立ちそうにないが、槍の先でも当たれば感電させる事はできるだろう。
「一気にたたみかけましょう!」
アナスタシアの号令と共に、ヨハネスとテレサレーゼが走り出す。
ヨハネスが盾を持ってスベルタの腕を受け止めて隙を作るとテレサレーゼがその脇から飛び出して切りかかったが、キン!と音を立てて刃が皮膚を滑った。
「見た目より皮膚が硬いです!」
「獣なら火はどうでしょうか!?」
ミハイルは次々に矢を射り、アナスタシアはその矢に炎の魔法を付与した。
スベルタは飛んでくる矢の炎を腕を振った風圧で消し飛ばし、矢を全て掴み取って口に入れた。
「タリナイ、モットヨコセ」
矢はスナック感覚で全てボリボリ食べられてしまう。
だがその隙に豪ちゃんがスベルタの脚に飛び付いた。
「豪ちゃん、オモタクナルヨ!」
「ジャマダ」
スベルタは脚を振って豪ちゃんを振るい落とそうとするが、豪ちゃんはしがみつく腕に力を込める。
「モットオモタクナルヨ!!」
「ウッ」
動きの止まったスベルタに、春希は電気を付与した槍を突き付けた。
槍が体に届く直前に豪ちゃんはスベルタの脚から飛び退く。
硬い皮膚に覆われた体を貫く事は出来なかったが、電気はその巨体を走り抜けた。
「グゥッ、イタイ、オマエキライ」
今のでヘイトは完全に春希に向いたらしい。
スベルタはギロリと春希を睨みつけ、固まった。
「アレ?」
首を傾げながらしきりに何かを考えているように見えた。
「コンナトコロデナニシテルデスカ???」
「え???」
スベルタは大きな両手で春希を包み込むと一気に空高く舞い上がった。
「春希!!」
「こら魔物!!」
「ハルキ様を放しなさい!!」
ワーワー言ってるミハイルとアナスタシアの声がドンドン遠ざかって行く。
「ちょ、どこに連れて行くつもり!?」
春希が焦って訊ねると、スベルタは意外にもきちんと返事をしてくれた。
「オシロカエル」
「えーーー!!?」