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第36話


 結局本当の事を言うわけにもいかないので火の粉が手に飛んで火傷しかけたのをヨハネスが見てくれたのだと苦しい言い訳をしてなんとか疑惑を収めたが、完全には晴れていない感じで収束した。

 と言うかまともに恋愛もした事がないのに男性と接近するとゲイ疑惑を持たれてしまう状況が嫌だ。

 女性としてちゃんと恋愛してみたいが元の世界では顔が恐いと誰も近づいて来ないし、こちらの世界ではあまり恐がられないが完全に男だと思われている。

 どこに行っても恋愛できそうにない。

 たぶん一生ぼっちなのだろうなと、春希は溜息を吐いた。


 皆で軽い朝食を取りながら今日の予定について話し合った。

 予定とは行っても昨日と同じようにひたすら魔王城を目指すしかないのだが。

 豪ちゃんが大きくなった事でお皿を運んだり簡単な事はできるようになったが、給仕は相変わらず主に春希とヨハネスが担当していた。

 段々息もあってきてテキパキ働く二人にミハイルは未だに疑惑の眼差しを向けていた。


「ミハイル? どうかしたのですか?」


「いえ、別に…」


 アナスタシアはそんな様子を不思議そうに見ていた。


「先生、リクエストの甘い物ですよ」


 余計な事言うなよ、と圧力を込めながらお皿をミハイルに押し付けた。

 皿の上にはミハイルが甘い物が食べたいと駄々をこねるので作ったパンの上にカスタードクリームと焼きリンゴもどきを乗せた即席菓子パンだ。

 リンゴもどきと呼んでいるのは見た目はみかんなのだが皮をむくと小ぶりなリンゴが出てきたからだ。

 味もちゃんとリンゴだった。

 相変わらず異世界の果物は春希から見ると不思議がいっぱいである。


「なんだこれ?」


 ミハイルは初めて見るそれを怪訝な顔をしながら匂いをかぎ、危険は無さそうだと判断して口に入れた後目を見開いた。


「うまい!」


「パンを甘くして食べるなんてと思いましたが、これは美味しいですね」


 アナスタシアも頬張りながら即席菓子パンをしげしげと見つめていた。

 どうやらこちらの世界ではパンはあくまで食事で、甘くして食べると言う文化はないらしい。

 日本人にとって欠かせない主食の米を、牛乳で煮て甘くして食べるライスプディングと言うデザートがある。

 聞くだけだとギョッとするが食べてみれば美味しい。

 そんな感覚なのだろう。


「このクリームと果物が合うんだな」


「私はもっと甘くていい」


「今回はかなり甘さ控えめにしてるからね」


 コモドにも好評で、甘党のミハイルはもっと甘いのが好みのようだが砂糖は貴重品なのでそんなに持ってきていない。

 大切に使わないといけない。


「それにしてもカスタードクリームってこんなに簡単に作れるんですね」


「プロのように滑らかにはなりませんが、初めにはバターと小麦粉を一緒に炒めるとあまりダマにならないんですよ。あとは焦げ付かないように混ぜれば結構簡単にできますよ」


「ハルキ様はお料理が上手なのですね」


「上手というほどでは… 嗜む程度ですよ」


 独り暮らしをしていたので自炊はそこそこしていたし、一応女子なのでお菓子もたまには作った。

 ただ特別料理好きというほどでもないし振る舞う相手もいないので、パッと作れて自分が食べて美味しいものしか作らない。

 カスタードクリームの材料は卵、牛乳、砂糖、バター、小麦粉と家にある材料でパッと作れるのが良い。

 女子力とは程遠い適当料理だが、小洒落た料理はどこから食べたらいいか分からないと言う理由で勇太には評判がよかった。

 さて自分も食べようと見たら沢山作ったはずなのにあと一つしか残ってなかった。

 ミハイルがなんだかんだ言いながらバクバク食べたせいもあるが、何気にヨハネスも口の端にカスタードがついていた。

 まあ皆に喜んでもらえたからよしとしよう。

 その最後の一つを食べようとしたその時だった。

 茂みがガサガサと揺れ、何か生き物の気配がした。

 一同は身構えた。


「ごめんなさい! 怪しい者ではありません!」


 茂みから顔を出した人物はうっすらと紫がかったプラチナブロンドの美人だった。

 その女性の尖った耳を見てミハイルが怪訝な顔をして訊ねた。


「魔物か?」


「違うんだな。エルフなんだな」


「魔物だわ!」


「わ! 恐いんだな!」


 女性がコモドを見て剣を抜くと、コモドは春希の背後に隠れてガクブルしていた。

 と言うかエルフ、ほんとにいるんだなと言う感想しか出て来ない。

 人間を超越した存在らしく、物凄いキラキラした美人だ。

 ファンタジー好きな祖母に会わせてあげたい。


「落ち着いて下さい。コモドは魔物ですが、私達の仲間です」


「あなた達人間ですよね? 人間と魔物が仲間??」


 次の瞬間ぐぅ〜〜〜っと女性の腹の虫が鳴いた。


「えーっと、お腹が空いてるんですか?」


「すみません。必要最低限の食料しか持ってこなかったので…」


 女性の目線は春希の持つ即席菓子パンに釘付けだった。


「良かったら食べますか?」


「いいんですか!?」


 そんなにマジマジと見つめられながら自分だけ食べる精神力は持ち合わせてないので譲る事にした。

 最後の一つだったが、また作れば良いだろう。


「ふぅ。とても斬新で美味でした。ごちそうさまでした」


「気に入って頂けて良かったです」


「私、エルフのテレサレーゼと申します。この御恩は必ず返しますので」


「いえいえ、大したものではありませんのでお気になさらず」


「ところでエリフが一人でなぜこんな所にいらっしゃるんですか?エリフにこの森の瘴気は毒でしょう?」


 アナスタシアがそう訊ねるとテレサレーゼは困った表情で答えた。


「私にはどうしてもこの森で成さねばならない事があるのです。なので結界の魔道具をできるだけ沢山アイテムボックスに入れてきました」


「それで食料は最低限になったのか」


 ミハイルの言葉にテレサレーゼは頷いた。


「歩けど歩けど目的地に着かずに彷徨っている間に食料が底をついて困っていたのです。魔物の肉もこの森の植物もエルフには瘴気が多くて食べられませんし」


 完璧に迷子になり、食料も尽きて困っていたところに甘い香りに釣られてフラフラと近寄ってしまったらしい。

 魔物の罠とかだったらどうしたんだろうか。

 結構迂闊だと思う。


「ところであなた達はいったい?」


 テレサレーゼの問にはアナスタシアが胸を張って答えた。


「私達は勇者一行ですわ」


「ええ!? 勇者様!?」


「じゃあもしかして今から!?」


「マオータイジシニイクヨ」


 テレサレーゼはメンバーを見渡して茶髪に黒い瞳の春希を見つけるとその手をガシっと掴んだ。


「私も一緒に連れて行って下さい!!」


「え、でも…」


 迂闊そうなエルフをパーティーに入れて大丈夫だろうかと少し躊躇したが、テレサレーゼは引く気は無かった。


「お願いします! 私、魔王に大切なものを奪われたのです! 絶対に取り返さないと!!」


「うーん…」


「ハルキ、この人困ってるんだな。目的地が同じだし一緒に連れて行ってあげて欲しいんだな」


「コモドは優しいね。そうだね。じゃあ一緒に行きますか?」


 先程まで恐がっていたのに困っていると言う理由で連れて行ってあげようと言うコモドの優しさに免じて、テレサレーゼをメンバーに加える事にした。


「はい! ありがとうございます勇者様!」


「私の事は春希と呼んでください」


「ハルキ様ですか? こちらでは聞き慣れない響きですね。勇者様が異世界の方だと言う伝承は本当だったのですね」


「うーん、まぁ、魔王を倒せばテレサレーゼさんが奪われた物もきっと返ってきますよ。頑張りましょう」


 本当は勇者ではないのでその辺の事は曖昧に返事をした。

 伝承では勇者と一緒に魔王を討伐すれば神様から願い事を叶えてもらえる筈なので、本物の勇者と会えればきっと大丈夫だろうと思う。

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