第33話
エルフのテレサレーゼと旅をして早5日目になる。
モーゼルまでは10日間ほどかかると言われていたが、エルフと勇者と言う身体能力の高いパーティーなのでもうすぐ着きそうだ。
今は交代で仮眠を取る為に焚火を焚き、勇太が火の番をしていた。
テレサレーゼは勇太の隣で毛布に包まって仮眠を取っている。
火の番だけでは暇なのでアイテムボックスから『異世界の歩き方』を取り出し、魔王と魔王のいる魔の森について書かれている部分を読んでいた。
『異世界の歩き方』によると、魔王と言う存在は凶悪な存在ではあるが必要悪らしい。
魔族には知性的でない物も多い為、魔王と言う強力な統治者がいなければ統率が取れなくなり世界を混沌に飲み込んでしまう事になりかねない。
ただ魔王と言う存在にも寿命はあり、永遠に力を持ち続けられるわけではなく、魔王の力が弱体化すると統率力が弱くなり魔族達の動きが活発になったり今までに見た事のない異形が生まれたりする。
それによって世界が混乱して行くらしい。
公にはなっていないが、勇者の役割は統率力を失った魔王を倒し、新しい魔王を選出してその座をすげ替える事なのだとか。
勇者はただ魔王を倒せば良いのだと思っていたが、新しい魔王の選出までしなければならないのは面倒だ。
だがよく考えてみればペラ神は『役割を終えれば帰す』というような言い方をしていた気がする。
その役割をキチンと説明せずに勇者にしておいて後で書面で説明するってどうなんだろうか。
ほとんど詐欺のやり口ではないのか。
ただ春希が異世界に来てしまってる以上、勇太に断ると言う選択肢は初めから用意されていないのだが。
魔王の住む魔の森は瘴気が濃い為、普通の人間が準備をせずに足を踏み入れると心身が病んでしまい危険なのだとか。
なので入る時は自分の周りの空気を浄化する魔道具を使うか、魔法で結界を張るかしなければならない。
結界を張れた方が便利だろうと、勇太は結果魔法の練習をする事にした。
魔法に関してはここに来るまでにも『異世界の歩き方』を参考にしながら練習してきたのでそこそこ使えるようになってきた。
火をおこしたり水をだしたりなど簡単で有用な物は大体使えるようになったし、あと本当に助かったのが洗浄の魔法だ。
風呂に入れない生活が続く中で不快な思いをしなくて済むのはこの魔法のお陰だ。
『異世界の歩き方』によると、魔法はイメージがすべてなのだとか。
一応呪文などもあるが、それは呪文を唱えたのだから魔法が発動するはずだという自己暗示の部分が大きく、イメージさえキチンと持っていれば呪文は唱えなくても大丈夫らしい。
勇太は自身が周りの空気を遮断する箱に入っている様子をイメージする。
すると確かに薄い膜で出来た箱の様な物が勇太の周りに現れた気がした。
しばらく結界魔法の練習をしていると、勇太の隣の毛布の塊がモゾモゾと動き、テレサレーゼが顔を出した。
勇太は結界をさっと解いた。
「もういいんですか?」
「ええ、アレクセイさん次休んで下さい」
休んで下さいと言われても、目がすっかり冴えてしまっていて眠れそうにない。
どうしようかと考えているとテレサレーゼがこう提案した。
「眠れないようでしたらお茶でも入れましょうか?ちょうどリラックス効果のある茶葉がありますから」
「ありがとうございます」
お言葉に甘えてお茶をご馳走になる事にした。
「美味しいですね」
「お口に合って良かったです」
テレサレーゼが入れてくれたお茶はホッとする、どこか懐かしい味がした。
「なんか懐かしいと言うか、どこかで飲んだ事がある様な気がします」
思案していると、そうだ、ハルのおばあちゃんのハーブティーに似ているのだと思い出した。
ハーブティーも美味しかったが、ハルのおばあちゃんはお菓子作りも得意で、特に特製のクッキーが格別だった。
おやつ目当てでしょっちゅう入り浸っていた記憶がある。
「アレクセイさんって、本当に人間ですか?」
テレサレーゼにふいにこんな疑問をぶつけられた。
「正真正銘人間ですよ」
「それにしては強すぎるのでは? 冒険者としては駆け出しなんですよね? 最初に案内を頼んだ冒険者と比べても身のこなしが普通じゃないような…」
「そう、ですか? まあ冒険者になったのは最近ですがそれまで狩人をしてましたから」
「本当はハーフエルフとかではないんですか?」
やはりファンタジーな世界だ。
ハーフエルフなども存在するらしい。
「ハーフエルフって本当にいるんですね。やっぱり寿命が長かったりするんですか?」
「普通の人間よりは長寿ですし、魔法が得意だったり、アレクセイさんのように身体能力が優れていたりしますね」
「そうなんですね。でも残念ながら私は本当にただの人間ですよ」
「このお茶なんですけど、エルフの里に伝わるものなんです。もしかして以前アレクセイさんにお茶を入れてくれた人はエルフに縁があるのでは?」
「あはは! まさかそんなはずありませんよ!」
そう、そんなはずはない。
勇太達の世界にはエルフなどいないのだから。
まあ自称妖精のちょっと不思議なおばあちゃんではあったが。
「単に似ているだけで別物だと思います。有り得ない話ですが万が一そうだとしても私にお茶を入れてくれたのは友人の祖母ですから、私がエルフに縁があるわけではないですよ」
「そう、ですか…」
テレサレーゼはまだ少し疑っているようだった。
勇者である事を言っても良いのだが、それを言うと今まで女性には必ず睨まれたり冷たくされたり時には罵られたりしてきた。
世間知らずそうなテレサレーゼなら勇者ファンではないかもしれないが、たった二人のパーティーなので気まずい思いはしたくない。
少なくともモーゼルに着くまでは保険で勇者である事は言わない方がいいだろうし、どうせモーゼルでお別れするのだからそもそも言う必要もないだろう。
「まあ、そう言う事にしておきましょう」
勇太の言いたくなさそうな雰囲気を察してテレサレーゼはそこで話を打ち切った。
ハーフエルフ疑惑は本当に誤解なのだが。
「じゃあアレクセイさんはいつもこんな感じなんですか?」
「こんな感じとは?」
「自分に利益がないのに、人を助けたりしてるんですか?」
「利益が無いわけじゃないですよ」
「でもとっても安いでしょ?」
「金額だけ見ると安いですけど、私が行こうとしている所と方角が同じだったのでついでにお金が稼げるだけでもラッキーですし、それに一人で旅するより二人の方が楽しいじゃないですか。それがこんな美人なら尚更」
「あら、お上手なのね」
テレサレーゼは社交辞令と受け止めながら微笑んだ。
「ところでテレサレーゼさんはモーゼルに何しに行くんですか?」
「人探しです」
「それって大切な人ですか?」
「そうですね。世界で一番、大切です」
こんな美人に『世界で一番』と言わしめるなんて羨ましい。
同時にどんな人なんだろうと興味がわいたが、ここで根掘り葉掘り聞くのは野次馬根性丸出しで良くないな、と思ったので詳しくは聞かない事にした。
そこからモーゼルまでも特に何事もなく、あっさり目的地に到着した。
「本当にありがとうございました」
テレサレーゼは勇太に深々と頭を下げた。
「いいえ、こちらこそありがとうございました」
「報酬をお支払しますね」
「いえ、私はほとんど何もしてませんから。もういっそただ一緒に旅をしたと言う事でいいんじゃないでしょうか?」
勇太がした事は一緒に移動しただけで、テレサレーゼ自身も戦闘能力は高かったので護衛の意味は殆ど無いに等しかった。
あれで金貨1枚は逆にボッタクってる様な気すらするので受け取り辛い。
「いいえ、世間知らずな私をここまで無事に連れてきてくれた事が重要なのです」
テレサレーゼはここに来るまでに一度人間に騙されているので、信頼できる相手と旅をしたという何よりも得難い経験をしたと考えていた。
「それに初めに交した契約を反故にするのはエルフとして恥ずべき行為なのです」
「そこまで言われるのであれば仕方ないですね」
テレサレーゼは小袋を勇太に差し出した。
「せめて登録証を作ってからにしませんか?」
「アレクセイさん相手ですので硬貨で大丈夫でしょう。登録証はこれから作りに行きます」
「じゃあ…」
勇太は渋々小袋を受け取って、それをすぐアイテムボックスに入れた。
するとテレサレーゼはそれを見てクスリと笑った。
「中身を確かめなくていいんですか?」
「テレサレーゼさん相手ですので確かめなくても大丈夫でしょう」
勇太がニヤリと笑ってそう言うと、二人は顔を見合わせて笑った。
テレサレーゼになら勇者である事を打ち明けても大丈夫だったかもしれない。
それだけは少し後悔したが、信頼できる相手と旅ができて良かったと勇太は思った。




