第32話
まず捕らえられていたポドロフスキー辺境伯をを解放し、他の貴族達を探した。
貴族達は糸のような物でグルグル巻にされた状態で色んな部屋に放り込まれていた。
全員を解放した後ポドロフスキー辺境伯に事情を聞く事になった。
「それで、一体何があったんですか?」
「実は妻のアクリーナなのですが、ここふた月ほど目を覚まさないのです」
事の顛末の説明を求めるアナスタシアに、ポドロフスキー辺境伯は重い口を開いた。
妻が突然眠ったまま目を覚まさなくなり、色々な高名な医師に診察を依頼して見てもらっても原因は分からず、よくなる気配もまるでない。
困り果てた所にロスタがやってきたらしい。
ロスタが言うには自分なら眠りから覚まさせる事ができる。
自分は蛇の魔物なので冬は冬眠するので、冬を越すための生気集めを見返りとして手伝ってほしい。
沢山の人間から少しずつ集めれば人間にダメージはないという話だった。
「はい。はじめは領民たちから少しずつ生気を取っていたんです。でもそのうち平民は生気の質が悪いと言い始めて、もっと高貴な人間の生気を求めるようになりまして」
「それで側室にしたという事にしてパーティーを開いたのですね」
側室にした途端ロスタは贅沢三昧の散財を始めてポドロフスキー辺境伯家の財政はあっと言う間に傾いた。
それで税を上げたり、国への納税が滞ったりしていたらしい。
そもそもロスタがアクリーナの眠りを覚ます事ができるのか、それも信憑性の薄い話だがポドロフスキー辺境伯はその言葉に縋るしか手立てがなかったようだ。
「アクリーナ様にお会いする事はできますか? どれほど力になれるかは分かりませんが、私の治癒魔法がお役に立てる事があるかもしれません」
「アナスタシア様! ありがとうございます! どうかお願いします!」
アナスタシアの寛大な申し出にポドロフスキー辺境伯は涙した。
女性の寝室なので奥方のアクリーナの寝室に入るのはアナスタシアだけと言う事になり、他の者は応接室でアナスタシアを待っていた。
暫くするとアナスタシアが応接室に帰って来たが、その表情は浮かないものだった。
「姉上、どうでしたか?」
アナスタシアはミハイルの問に首を横に降って答えた。
「眠っているだけとしか言いようがありません。体のどこかに悪い所があれば治療もできるのですが、本当に眠っているだけで、体は健康そのものなのです。ただ今は不思議と衰弱している様子もありませんが、このまま眠り続けるとやがて衰弱してくると思います。それを防ぐ為に状態保存の魔法はかけておきましたが、人間の身体にどれほど効果があるかは…」
「まるで『眠れる森の美女』ですね」
春希が呟いた言葉に一同の視線が集まった。
「ハルキ様、『眠れる森の美女』とは何でしょうか?」
「私の世界に伝わるお話で、悪い魔女に永遠に眠りにつく呪いをかけられたお姫様が王子様のキスで目覚めるという」
アナスタシアに聞かれたそう答えたが、そう言えばああいったおとぎ話は愛する者のキスで呪いが解けるのが定石だが何か理由があるのだろうか。
「勇者様の世界に伝わる伝承ですか… 永遠に眠りにつく呪い… 今と似た状況ですね」
コンスタンチンが顎に手を当てて何か考える仕草を見せた。
「え? いや、伝承と言う程のものでは…」
ただのおとぎ話なので伝承よりもさらに信憑性のない話だ。
「試みてみましょう!」
春希が信憑性のない話だと言う前に、アナスタシアが俄然やる気を見せてミハイルの手を引っ張って客室を飛び出してしまった。
「姉上! なんで私が!?」
「この中で王子はあなたしかいないでしょ!」
バン! と音を立てて勢い良くアクリーナの部屋の扉を開けると、中にはベッド眠るアクリーナの傍らに寄り添うように腰掛けたポドロフスキー辺境伯が驚いて振り返った。
「アナスタシア様! 一体どうしたんですか!?」
「ハルキ様の世界の伝承では王子の接吻で眠りの呪いが解けるそうなのです!」
「なんと!? そのような伝承が!?」
春希達が二人の後を追ってアクリーナの部屋に入った時、ミハイルはアナスタシアとポドロフスキー辺境伯に頭を押さえつけられアクリーナにキスをさせられようとしている所だった。
「や、止めろ!! 私には心に決めた者がっ!!」
「片思いでしょ! 減るもんじゃなし接吻くらいしてあげなさい!」
「ミハイル様! 人助けと思って!!」
「お二人とも落ち着いて下さい。異世界の話ですし、そもそも伝承と言う程の物ではなくて」
そもそもキスは王子がしなければならないのではなく、『愛する者からのキス』というのが重要なはずだ。
だったら試すにしても王子のミハイルではなく、夫であるポドロフスキー辺境伯がキスすべきだろう。
しかしこの世界の人達は本当に人の話を最後まで聞かないし、伝承を信頼しすぎだ。
「ミーシャ、オウジョーギワワルイヨ!」
「豪ちゃん!?」
止めようとした春希の頭の上から豪ちゃんが飛び出し、ミハイルの頭に飛び蹴りを食らわした。
それがとどめとなり、ミハイルはアクリーナにキスと言うか倒れる形で唇と唇が触れ合った。
すると太い腕が伸びてきてミハイルの体を包み込んだ。
ぶちゅぅ〜〜〜! っと凄まじい接吻音がして、ミハイルの唇が吸われている。
ミハイルの顔からはみるみる間に生気が失われて行った。
「はっ! 私はいったい!?」
「アクリーナ! 目が覚めたんだね!?」
アクリーナが目覚めるとミハイルの体がようやく解放され、ミハイルはこの場に倒れ込んだ。
ミハイルを拘束していた腕はアクリーナの物だった。
春希はその姿を初めて見たがたいそう恰幅のいいご婦人で、春希はその容姿に見覚えがあった。
オバ○にそっくりなのだ。
「あなた、心配かけてしまってごめんなさい。私、実は異世界に行っていて」
「ええ!?」
オ○Qそっくりなアクリーナはなんと救世主として異世界に行っていて、異世界を救って帰って来た所だと言う。
異世界に行くと体は眠った状態になるとか。
じゃあ自分の体も元の世界では眠っているのだろうかと、春希は思った。
事故にあって意識がなくなったと思われているのかもしれない。
だとしたら家族とユウにとても心配をかけているだろう。
早く戻らなくてはいけない。
「ちょっと待て! じゃあ私がした接吻は何だったんだ!?」
「体に意識が戻ったら唇に感触があったのでてっきりあなたが接吻しているのだと思ったら… 残念だったわ」
「アクリーナ!!」
ミハイルのキスは単にタイミングが良かっただけのようだ。
ポドロフスキー辺境伯とアクリーナは抱きあい、人目も憚らずに接吻を始めた。
「美しい夫婦愛ですわ」
アナスタシアはその様子を涙ながらに祝福していた。
「そんな… 初めてだったのに…」
「元気出すんだな…」
打ちひしがれるミハイルをコモドがひっそりと慰めていた。
○バQにファーストキスを奪われた挙句残念扱いされたミハイルを、春希も心底気の毒に思った。
止めてあげられなくてごめんね。
アクリーナは目を覚したがこれで一件落着ではない。
領地の内政はガタガタだし、今回被害にあった貴族への賠償もある。
これからがこの夫婦の真の正念場かもしれない。
次回はとても短いです。
そこまでで第一章かなと考えてます。