第30話
「お似合いですわ、ハルキ様」
アナスタシアは満足そうに微笑んでいた。
「ありがとうございます、ハハハ」
春希が乾いた笑いを浮かべているのは理由がある。
アナスタシアやミハイルは王族としてポドロフスキー辺境伯と面識があるので、二人よりは比較的顔の知られていない春希とヨハネスがパーティーに出席する事になった。
ただ春希も姿絵が出回っていてそのままだとバレる可能性があるので、アナスタシアに変装代わりにドレスを着せられたからである。
「ハルキ様は男性ですが線が細いのでイケると思ったんです」
「そうなんですか…」
イケるも何も元々女性なのだが、これはもしかして女装になるのだろうか。
女なのに女装。
オマケに胸には結構な量の綿を詰めている。
春希は心で泣いた。
「髪もウイッグにしましょう。瞳の色が黒なので髪も濃いめの色の方が自然でしょうか?」
もうどうにでもしてくれと、アナスタシアに紺色のロングヘアのウイッグを被せられ、女性用のメイクを施してもらって完成した。
「春希カワイイヨ〜」
「ありがとう豪ちゃん」
豪ちゃんに褒められてちょっと癒やされた。
これで全く似合って無かったら女として終わってるけど、まだ見られるならいいや、と考えるしかない。
「ヨハネスも準備できたぞ〜 うぉ! 化けたな!」
「…………」
ヨハネスの準備を手伝っていたミハイルは春希の姿を見て目を見張った。
春希はギリギリ女として見られる程度だと思っているのだが、傍から見たらちゃんと女、というか中々の神秘的な美女に仕上がっている。
おまけに細身で上背があるので迫力があって目立つ。
身長約2mのヨハネスとヒールを履いた春希が並ぶとバランスが良い。
ヨハネスは相変わらず無言だが、目線が春希に釘付けだった。
「でも招待状もないのに勝手に行っていいんでしょうか?」
春希が当然の疑問を口にすると、アナスタシアがスッと白い封筒を差し出した。
「招待状ならここにありますわ」
「え! コレどうしたんですか!?」
「ネクラーソフ男爵宛の招待状です。ネクラーソフ男爵は社交嫌いで有名なのですが地理的に招待状は出さないと角が立つだろうと思いましてお訊ねしてみたのです」
どうせ出席しないだろうけどご近所さんなのでという理由で出された招待状を王族権限で譲ってもらったらしい。
相変わらず鮮やかな手腕だ。
ネクラーソフ男爵は本当に社交界に顔を出さない人で、本当は死んでるんじゃないかと噂になるくらいらしい。
そんな貴族いるんだ、というか許されるのか。
もしかしたらこの世界の貴族は春希の考える貴族のイメージよりずっと自由なのかもしれない。
「ゴウチャンモイキタイ!」
「豪ちゃんは目立つからコモドとお留守番しててね」
「ゴウチャン、オルスバン…」
「ワガママ言わないんだな」
豪ちゃんはしょんぼりしているがこればかりは仕方がない。
豪ちゃんを連れていると勇者で有ることが丸わかりださし、コモドは幻術を使ってもパーティーの様な人口密度の高い所では転倒者が相次いでしまう。
と言うわけでヨハネスと春希はネクラーソフ男爵とその妻アローラとしてパーティーに出席する事になった。
「いやぁ〜 ネクラーソフ男爵がご出席とは珍しい事もあるんですな」
「…………」
「申し訳ございません。主人はその、シャイでして」
ネクラーソフ男爵夫妻を装って参加していると物珍しさからか度々話しかけられるのだが、ヨハネスが無言を貫くのでその度に春希がこうしてフォローを入れなければならなかった。
「いやはや、噂通りのお人なのですな」
相手は何となく納得してくれているようだが、ネクラーソフ男爵の評判が益々変わり者みたいになりそうで忍びない。
そうこうしているうちにポドロフスキー辺境伯とその側室の女性が壇上に登場した。
ポドロフスキー辺境伯はあっさりとしたお顔の方だが、噂の側室の女性は髪も目も真っ赤なボンキュッボンなナイスバディを露出度の高いドレスで惜しみもなく晒した派手美人だった。
これは男の人がクラっと来るのも分からなくはない。
「本日は私共の為にお集まり頂き、ありがとうございます。こちらが私の側室になりましたロスタです」
紹介されたロスタはゆっくりと立ち上がると、思ってもみない言葉を口にした。
「全員跪きなさい」
その瞬間、会場の雰囲気が一変した。
空気は重々しく歪んだものに変質した気がした。
会場にいた人々の目から見る見る間に精気が失われて行き、一人、また一人と床に膝をつく人が増えゆく。
春希は驚いて隣を見ると、ヨハネスは脂汗を流しながら何かを必死に耐えている感じで身動きもままならない様子だ。
何かがおかしいのは明らかだが、春希だけは少し動き辛さを感じるものの動けないわけではない感じだった。
「あら、おかしいわね」
ロスタが春希に気付き、ゆっくりと近付いてきた。
「私の術は女には効きにくいけど、それも考えて強めに掛けたのに」
ロスタの発言から、この異変がロスタの掛けた術によるものだと分かる。
春希はドレスのスカートの下に隠し持っていた短剣を取り出し構えた。
特に構える様子もないロスタの首を目掛けて容赦なく魔法で電撃を纏わせた短剣を投げ付けた。
そのつもりだったが、キンと音がしてそれは何かに阻まれる。
「容赦ない攻撃ね」
春希の攻撃を阻んだのはロスタの腕、正確に言えば腕だった物だった。
ロスタの腕は硬い石でできた蛇に変わっていた。
戦闘経験のない春希でもロスタが魔族である事は容易に予想できた。
それも相当に高位な魔族だ。
ロスタの蛇の腕が伸びて、その両顎が春希の顎を掴んだ。
痛みで春希の顔が歪む。
「ロスタ! 手荒な真似はしないとの約束ではないか!」
「煩いわね! あんたは黙ってなさい!!」
ポドロフスキー辺境伯の訴えをロスタは一蹴すると、春希の顔を右に左に動かし、細部まで舐めるように見渡した。
「あなた『魔人』なんじゃない?」
ロスタの発言に、春希の心臓はドキリとした。
「『魔人』って何ですか?」
「そのままの意味よ。血に魔が混じってるって事よ。血縁者に魔族がいるでしょ?」
父親も母親も日本人だ。
そもそもあちらの世界から来た春希がそんな事ある筈もない。
だが適性は『魔人』と表示されていた。
何か関係があるのかもしれない。
次の瞬間、短剣がロスタの腕を切り裂き、解放された春希を何者かが抱き寄せた。
ヨハネスが春希を庇うようにロスタとの間に輪って入っていた。
見るとヨハネスの太ももから血が流れている。
「油断したわ。痛みで術を解いたのね」
「ヨハネス!」
ヨハネスは礼服に隠して持っていた短剣を自身の太ももに刺し、痛みで無理矢理術を解いて助けに入ってくれたらしい。
「出るぞ」
「え?」
ヨハネスが喋った! と驚いていると、ヨハネスは春希をお姫様抱っこの形で抱えてそのままその巨体では考えられないようなスピードで駆け出し、なんと窓を突き破って会場を脱出した。
「あれ、普通の貴族じゃないわね」
ロスタはその後を追うでもなくぼんやりとその背中を見送っていた。
これだけ下僕が手に入ったのだから一匹二匹逃したところで痛くはない。
それに面白い物を見つけた。
アレはただの貴族ではない。
きっと自分の存在に気付いて潜入していた敵に違いない。
これだけの人質があれば、アレはきっとまた自分の元にやってくる。
うまく使えば自分が次の魔王になれるかもしれない。
いや、きっとなってみせる。
ロスタは喉の奥でククク笑った。