第29話
偽勇者春希達一行は新しい街に到着していた。
ちなみにヨハネスもダンジョンに吸収される事なくちゃんと一緒だ。
合流した時足元がやけに泥だらけだったのて吸収されかかったのかもしれない。
「この街でも何か異変があるんですか?」
「いえ、異変と言うかですね…」
春希がアナスタシアに訊ねるといつもハキハキしているアナスタシアは珍しい言い淀んだ。
「何か訳ありなんですか?」
「この街からの税の徴収が滞ってまして、通り道だったので… すみません」
道すがら税を取り立てて行こうと言う算段らしい。
実にちゃっかりしたアナスタシアっぽい計画だが、税の取り立てをする勇者と言うのはなかなかシュールだ。
ただ勇者に迫られて税を払わない人もなかなかいないだろうと思うのでいいアイデアなのかもしれない。
「じゃあちゃっちゃと取り立てて行きましょう!」
「ありがとうございますハルキ様!」
春希は早いとこ魔王城近くに行って本物の勇者を待ち伏せなければいけない。
ここでのんびりしているわけにはいかないがこれまで散々生活の面倒を見てもらってきた。
それは全て元を辿れば国民の血税なわけで、それを不正に逃れているのであれば見て見ぬふりは良くないだろう。
「だがコモドを連れて街に入っていいのか?」
確かにミハイルと言うとおりコモドはすごく目立つ。
おまけにこちらの世界には二足歩行のリザードマンはいても四足歩行のトカゲはおらず、恐怖の対象らしい。
サリンクスでは住民への説明の為に街に入れたが、余計な騒ぎを起こすといけないので今回は街に入れない方がいいのかもしれない。
「心配いらないんだな。おいら幻術で人の姿に化けるんだな」
コモドの幻術で、コモドの姿がサリンクスの食堂にいた女の子の姿になった。
「どうなんだな? おいら女の子に見えるんだな?」
「凄い!」
「コモドジョウズダネ」
「女の子なのに『おいら』って言うのはどうなんだ? 食堂のオヤジに化けた方がいいんじゃないか?」
春希と豪ちゃんは拍手して褒め称えるが、ミハイルは自分の事を『おいら』と呼ぶ女の子にちょっと引き気味だ。
「カッコイイ物かかわいい物にしか化けたくないんだな」
コモドはコモドなりに幻術にポリシーがあるらしい。
「相変わらず素晴らしい幻術の精度ですね。キャッ!」
アナスタシアが女の子の頭に軽く触れると、急いで手を引っ込めた。
「今鱗の感触が!!」
「幻術は見た目しか変えられないんだな。触られたらバレちゃうんだな」
「ますます別のものに化けた方がいい気が… 馬とかはどうだ?」
「嫌なんだな!」
ミハイルの提案をコモドは一蹴した。
どうやら馬は好みではないらしい。
「何人たりとも入れる事はできません!!」
「え!?」
早速領主の屋敷に行くと、まさかの訪問お断りだった。
アポ無しでの突撃なのは申し訳ないと思うが、こちらは勇者と王女と王子がいる一行だ。
立場的には訪問を断る事などできるはずもないのだが。
「貴様ら、我々が何者かを分かっての非礼か?」
「すみません、上からの命令なのです!」
「先生、門番さん達も好きでしてるわけじゃないんだから」
ミハイルは門番達を今にも切りかかりそうな勢いで凄んでいるが、門番達を攻めても意味はない。
彼らは雇い主の命令に逆らう事はできないのだ。
「アナスタシア様、ここの領主様って以前からその、王室と確執とかあったりします?」
「いえ、そのような事は… 歴史的に見れば全くイザコザが無かったとは言いませんが、むしろ近年は良い関係を築けていると思っていたのです。ポドロフスキー辺境伯の現ご当主は温和で理知的な方ですし。それがここ数カ月便りを送っても、使いをやっても全く音沙汰がなく… 流石にここまできても門前払いとは…」
「何かあったんでしょうか?」
「押し入って問い詰めれば済むことだ!」
「先生落ち着いて。何か事情があるのかもしれないし」
ミハイルはすぐ強行突破しようとするので危うい。
「門番さん達は何か知りませんか?」
「申し訳ございません。我々からは何もお話する事はできません。ですが『人の口に防波堤は建てられない』と言います」
こちらの世界にも『人の口に戸は立てられぬ』のような諺があるらしい。
どうやら固く口止めされているようだが、噂話は広まってると暗に教えてくれた。
街の市場で買い物がてら情報収集をする事にした。
はじめはサリンクスでしたように食堂で食事を取りながらと思ったが、体長3mのコモドが店に入るのが困難だし、外で待たせるのはパッと見虐待なので断念した。
ちなみに市場に来るまでも何もないところと思って横切った街の人がコモドのシッポに躓いて何人も転んでいる。
こんな事ならミハイルの言うとおり馬に化けさせた方が良かったかもしれない。
次回はちゃんと対策を考えよう。
そして今回は勇者である事が早々にバレて春希はおばさま達に囲まれている。
何でも姿絵が出回っているらしい。
見せてもらったが舞台メイクを忠実に再現した姿絵だった。
おまけに背負った覚えのない孔雀の羽根が背後に書かれていた。
「勇者様、本当に素敵ね〜!」
「絵のままだわ!」
「ホント! 絶対に誇張されてると思ったのに!」
よくあの絵で同一人物だと分かったなと思うが、おばさま達は絵のままだと言う。
何故だろう?
「ありがとうございます。この街での暮らしはどうですか?」
「どうって、最近は酷いもんよ!」
「そうそう。税金は上がるし、取り立ても荒いし」
国への税金の納入は滞っているのに住民からはしっかり取り立てているらしい。
「領主は全然顔を見せなくなったしね」
「以前は良く見かけられたんですか?」
「前はよく街の視察に来てたのよ。気さくで良い方だったんだけど…」
「あの女が来てからよね」
一人のおばさまがそう言うと、周りのおばさまが全員同調したように頷いた。
「女?」
「わけ分からない女を側室に迎えたのよ。美人は美人らしいんだけど、どこの誰とも分からないらしくって」
「とにかくその女が来てから領主様は変わっちゃったのよ」
「奥方様思いで一途な方だと思ってたんだけどね。こう言っちゃなんだけど、あまりモテるタイプではなかったから美人に言い寄られてコロッと行っちゃったのかしらね」
「奥方様も放ったらかしだって話よ」
「女に狂ってるのね、きっと」
「男の風上にも置けないな」
「側室を持つこと自体は悪い事ではないと思いますが、それで内政が蔑ろになる様では領主失格ですわね」
一途なミハイルには奥方を放ったらかしにしているのが気に入らないらしい。
アナスタシアの意見は貴族女性として現実的な意見だった。
噂では女性関係だと言う事になっているが、やはり真偽は確かめないといけないと思う。
だがどうやって確かめたらいいのだろうか?
「シノビコメバイインジャナイ?」
「忍び込むって言ったって、どうやって?」
豪ちゃんは気楽に言うが、屋敷は門番がしっかりと警護をしていた。
おまけに魔法でやたら頑丈な結界まで張ってあって、忍び込むのは楽ではなさそうだった。
「今度側室のお披露目パーティーがあるらしいからそこで忍び込めばどうだい? どっかの貴族を装ってさ」
おばさまの一人がそう提言してくれた。
「それいいですわね!」
「でも面が割れてしまってますよ?」
アナスタシアは賛成のようだが、アナスタシアとミハイルは王族で貴族達には面が割れている。
春希も姿絵が出回っているようだからそれを領主も見ている可能性がある。
春希としては全然似ていないと思うが、おばさま達はそのままだと言うし…
「大丈夫ですわ! 私に策がございます!」
アナスタシアはやけに自信満々だが、春希はなんだか嫌な予感がしていた。