第27話
トイレの個室に入った勇太は早速アイテムボックスから『異世界の歩き方』を取り出した。
「えーっと…」
目次を見てそれらしき記述を探す。
すぐに『身分証について』との項目を見つけ該当ページを開いた。
それによると身体の持ち主が身分証を持っている場合はそれをそのまま使ってよい。
持ってない場合はギルド等に登録して作成すること。
尚、登録時に指紋が採取されるので身体の持ち主の名で登録をする事を推める、とあった。
どうやら指紋によって本人確認や登録情報を管理しているらしい。
企業秘密と言っていた事がアッサリ書いてある。
『異世界の歩き方』恐るべしだ。
『異世界の歩き方』にお勧めされている通り『アレクセイ』で登録する事を決め、個室を出た。
「すみません、お待たせしました」
「いいえ。で、どうしますか?」
「登録でお願いします!」
「ではこちらに指で署名をお願いします」
差し出された茶色い板に署名するだけで登録は完了した。
よく見たら受付の人は全員手袋をしている。
署名した板からの指紋を採取して登録されるのだろう。
「兄ちゃんアレクセイって言うのか」
「そう言えば名乗ってなかったですね! すみません!」
ボリスさんにはこれだけ世話になっといてまだ名前も名乗って無かった。
大変な礼儀知らずだが、結果的に『前田勇太』と名乗ってなくて良かったかもしれない。
「いやいや、良いってことよ! それよりこれからどうするんだ?」
「そうですね、できそうな依頼があれば受けてみようかと」
「紹介させて頂けるのは嬉しいのですが、その装備のままで大丈夫ですか?」
メリッサに言われて流石にそうだなと思った。
神様のお陰でチートに近い身体能力ではあるが、このままだとボロだとか、着の身着のままとか、薄汚いとか時折ボロカスに言われるので少しはマシな装備にしておいた方がいいだろう。
買い取ってもらって懐も暖まったところだし。
「まず装備をどうにかしてまた来ます」
「そうですね。それが良いかと思います」
「じゃあ良い店紹介してやろう!」
「ありがとうございます!」
ホントにボリスさんには何から何までお世話になりっぱなしだ。
いつか何か恩返しをしたい。
「装備を整えれば少しは勇者らしく見えるんじゃないか?」
「勇者?」
『勇者』と言う単語にメリッサが反応を示した。
「それが聞いてくれよ、こいつ商業ギルドで勇者を名乗って投げ出されてたんだよ」
「勇者様を、へぇ…」
今まで好意的だったメリッサの視線が急鋭くなった。
これはヤバイやつだ。
「ボリスさん、早く! 早く行きましょう!!」
本格的に怒られる前に退散するに限る。
ボリスを急かして冒険者ギルドを後にした。
「ボリスちゃん! いらっしゃぁい」
ボリスさんに連れて来られた装備屋の店主はムキムキでゴリゴリのオカマさんだった。
「タイラー、相変わらずだな」
「こちらのかわいい子は?」
「はじめまして、アレクセイです」
「あら、礼儀正しいわね。礼儀正しい子は好きよん♪」
タイラーにウインクされたが、こんなに嬉しくないウインクも珍しいと思う。
「こいつの装備を一通り見繕ってやってくれ」
「いいわよ。どんな感じにしたいの?」
「勇者っぽいのがいいんじゃないか?」
「勇者っぽいのって何よ?」
「こいつ商業ギルドで勇者を名乗ってて」
「ボリスさん!!」
また冷たい目で見られるのは嫌だ!
勇太はボリスが話そうとするのを横から入ったて静止した。
「ああ、そういう事ね」
しかしタイラーは予想と反して冷たい目で見る事はなかったが、代わりに可哀想な物を見るような目で見て来た。
どうも残念な子だと思われてる気がする。
「あれ? タイラーさんは勇者ファンじゃないんですか?」
「素敵だとは思うんだけど、不思議と食手が動かないのよね? 好みじゃないみたい」
本能的に女性だと感じ取っているのだろうか。
オカマの食手、いや、勘は凄い。
「とにかく任せなさい! さぁ、こっちへおいで!」
「ボリスさん!!」
「そいつは腕は確かだから、諦めろ!」
引きずられるように店の奥へと連れ込まれ、勇太はボリスに助けを求めたが、ボリスからは放棄されてしまった。
「ボリスさーん! あーーーー!!!」
装備も選んでくれたのだが、なぜか大きなタライで全身を洗われた。
勿論アレクセイの為に大事な所は死守したので安心して欲しい。
タイラーに見立てもらった袖のないワンピースみたいな服を腰ベルトで固定し、腰に剣を、背中に弓矢を背負う。
ずっと風呂に入ってなかったので汚れ放題だったが、洗われた事でアレクセイのポテンシャルがようやく発揮された。
確かになんとなく勇者っぽくなった気がする。
「おー、兄ちゃんなかなか様になってんじゃないか」
「あたしの見立てに間違いなかったわ〜」
他者からの評判も上々だ。
「イイモノ見せてもらったからオマケしちゃうわね♪」
と、またウインクを御見舞された。
ごめん、アレクセイ。
守ったつもりだけど見られてはいたみたいだ。
装備の代金として銀貨38枚を登録証でお支払した。
支払う方が登録証に『38,00』と指で書き、それを受取る側が確認して自分の登録証を翳すと支払いが完了する。
こちらの金額の書き表し方はそれぞれの貨幣の枚数をカンマで区切って表すらしい。
今回は金貨の支払いは無いので書かなくてもいいが、逆に銅貨の支払いがないからと言って『38』だけだと銅貨38枚と言う事になってしまうらしい。
つまり大きい貨幣は省略可だが小さい貨幣は省略不可と言う事だ。
「じゃあ残りは金貨1枚と銀貨62枚なので『01,62,00』ですね」
「登録証払いだから支払額の2%がすぐキャッシュバックされてるはずよ」
「銀貨38枚の2%だから、えーっと、いくらだ?」
「銅貨76枚ですね。と、言う事は『01,62,76』か」
「兄ちゃん計算早いな!」
「そうですか? 普通だと思いますけど」
ボリスさんもしかして計算弱い人なのだろうか?
「わざわざ計算しなくても登録証に触れながら『残高』と言えば表示されるわよ。『履歴』と言えば支払や受取の履歴も確認できるわ」
「登録証って便利ですね」
「そうよね。これが無いときは大変だったもの。貨幣は重いし嵩張るし、計算ができない人も多いから揉め事も多くて」
ボリスさんが特別計算が弱いわけではないらしい。
装備も整えたので冒険者ギルドに戻ってもいいが、メリッサのご機嫌はいかがだろうか。
約束したのですっぽかすわけには行かないが、ちょっと顔を合わせづらい。
「今日はもう遅いから明日にしたらどうだ」
迷っているとボリスに助言されたのでそうさせてもらうことにした。
夕飯もボリスがごちそうしてくれると言う。
肉を安く売った礼だと言うが寧ろお礼をしなければならないのこっちなのだが。
と、言うか結構長い時間付き合ってもらったが食堂は放っておいて良かったのだろうか?
こんな事ばかりしているから赤字なのだと容易に予想がついた。
「はいよ! 俺の得意料理! タラマハのドリターンだ!」
「これタンドリーチキンじゃん!」
ボリスが出してくれた料理はもろタンドリーチキンだった。