第26話
「いらっしゃ〜い。あら、ボリスさん。お久しぶりです」
冒険者ギルドの受付の女性は商業ギルドの受付の女性よりくだけた感じだ。
「久しぶりだな。メリッサ」
「今日はどうしたんですか? 遂に食堂が潰れて冒険者復帰ですか?」
「縁起でもない事を言うなよ。今日はこいつの登録と買い取りだよ」
メリッサと呼ばれた女性は赤毛のくるくるした髪型で、そばかすのある顔は表情はくるくる変わる。
愛嬌があって可愛らしい女性だ。
「ボリスさんってもしかして冒険者だったんですか?」
「こう見えて腕利きの冒険者だったんですよ」
「こう見えてとは何だ」
ボリスはガッチリした体型なので料理人より冒険者の方が似合うと思っていたが、やはりそうだったらしい。
「あなたもボリスさんに拾われたんですね。ボリスさんったら困ってる人を見つけるとすぐ拾ってくるから。食堂も食べられない冒険者とか見つけたらすぐただで食べさせちゃうからいつも赤字ギリギリなんですよ」
「余計な事言うなよ。それにただじゃないぞ。ちゃんと原価はもらってる」
原価しかもらってないのかい!
もらってると胸を張っているが料理と言うのは材料費だけじゃなくて光熱費も人件費もかかる。
原価だけじゃ赤字だ。
親切だなと思っていたら、ボリスさんは誰に対してもそうらしい。
親切と言うよりお人好しか。
「ま、冒険者ギルドはいつでも復帰歓迎ですからね」
「減らず口はいいから、まず査定してくれ」
「はーい。じゃあ品物を出して下さい」
「はい」
カウンターの上にアイテムボックスから取り出した肉や皮を次々に出して行く。
メリッサは最初の頃は普通に査定票に数を書き込んでいたが、段々と顔色が変わっていった。
「ちょっと待って。どれだけあるんですか?」
「今半分位ですかね?」
「ふぁ!?」
「驚くだろ? 一人でこれだけ狩って来たんだとさ。しかもこの装備で」
「そんなボロで!?」
すみませんねボロで。
もう少しオブラートに包んで言って頂きたい。
「解体も綺麗だろ? ちょっと色付けてやってくれよ」
「うーん、そうですね… 登録もこれからするんですよね?」
「はい、お願いします」
なんにせよこれから旅をするのに身分証は必要だと思う。
と、言うのもここに来るまでに買い物の時にカードのような物をお互いに合わせるやりとりをしていて何をしているのかと思ったら、電子マネーのような感じでお金のやり取りをしているそうだ。
硬貨でのやり取りも可能だが持ち運ぶのも大変だし何十枚もやり取りをすると数えるのも大変で間違いが起こりやすい。
中には意図的におつりを誤魔化したりする悪い商人もいるらしい。
その為この電子マネー方式が推奨されていて今なら期間限定でキャッシュバックが受けられるんだそうだ。
どこの世界も考える事は同じなようだ。
因みにアレクセイの村では物々交換がほとんどなので硬貨を触る事すらほぼ無かった。
登録証の他には住民証でもできるが住民証は定住しなければ発行してもらえないので定住する気のない勇太は作ることが出来ない。
その点登録証はどこの街でも作れてどこの街でも身分証兼電子マネーとして機能する。
旅の途中で獲物を狩りながら街で売って路銀を作って旅をするつもりだ。
「でしたらこちらがお願いする依頼をいつくか受けて頂ければ最大限優遇した査定にさせて頂きます!」
「うーん、でもこの街に長居はできないのであんまり時間がかかりそうな依頼は受けられません」
「そう言えば兄ちゃん、どうしてそんな着の身着のままの無一文でこの街に来たんだ? 普通旅をするにしてもある程度準備してから来るだろ?」
「えーっと、人探し、ですかね」
「女か?」
「まぁ、一応そうですね」
凄い色男の勇者って事になってるけど、生物学上は女だもんね。
「あらぁ〜 愛ですねぇ」
「え?」
メリッサにそう言われて勇太は素っ頓狂な声を出してしまった。
「兄ちゃん、気付いて無いのか?」
「え? え?」
「女性を探す為にそんなボロ装備で、しかも無一文で飛び出して来たんですよね? 愛じゃなければどうしてそんな事ができるんですか?」
「え? ええーーー??」
愛?
これは愛なのか?
「そう、なんですかね?」
「寧ろ愛しかないだろ」
「私、感動しました! 買い取り頑張ります!!」
勇太はうーんと首をひねって考えたが、
でもま、友情も愛だよな
と言う考えに至った。
買い取りも頑張ってもらえるようだし、それでいいや。
「ありがとうございます。助かります!」
「でもいつくか依頼は紹介させて頂きたいです。長期になりそうなのは避けますし、受ける受けないは決めてもらって大丈夫なので」
「分かりました! 力になれるか分かりませんがなるべく頑張ります!」
結局買取金額は金貨2枚で登録料までサービスしてくれると言う。
金貨2枚は日本円だと20万円くらいだろうか。
ホント問答無用で放り投げてくれた商業ギルドとは大違いな対応だ。
「では次はギルド登録をしましょう」
メリッサはカードサイズの茶色い板を持って来た。
「こちらにお名前を書いて頂ければ登録は完了です」
「え? それだけなんですか?」
登録と言うからにはもっと書類に色々書いたりとかあるのかと思ったら随分簡単だ。
「登録の作業自体はそれだけです。ただその前にシステムについて説明しますね」
メリッサは懇切丁寧にギルドのシステムについて説明してくれた。
登録証は階級によって色が違って、下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリルと級が上って行くらしい。
階級は依頼をこなすと上がって行き、上がると難しいが報酬の高い依頼に挑戦できる。
ブロンズとシルバーは3ヶ月に1回、ゴールドとプラチナは1年に1回更新料が銀貨10枚がかかるが、ギルドが紹介する依頼を引き受けると無料になる。
勿論成功した際の成功報酬は別途支払われるそうだ。
そして金銭のやり取りはすべて登録証で行われる。
「それだと更新料目当てでやる気も無いのに依頼を受ける人がいるんじゃないですか?」
「いないとは言いませんがそれをすると昇級査定に響きまし、余りにも目に余る様だと除名処分になります。依頼を受ける際は自分に達成出来る依頼かどうかご自分で判断をお願い致します。依頼の再選定は何度でも大丈夫ですので」
まともな冒険者ならわざわざそんな事はしないらしい。
因みに商業ギルドの更新料は毎月銀貨1枚だが無料になるような処置はなく、住民証だと更新料は無いが収入に応じて住民税がかかるらしい。
階級が上がる時の登録証の発行は無料でできるが、紛失した時は再登録料として銀貨50枚がかかり、なかなかの高額なので注意が必要だ。
「新規登録って事にすれば安くすむんじゃないですか?」
「一度登録してるかどうかは調べれば分かりますから、それをすると詐欺罪になりますよ」
「それってどうやって見分けてるんですか?」
「それは企業秘密ですね」
どう言う仕組かわからないが一度登録をすると新規登録を装ってもバレるそうだ。
ズルが出来ないように結構ちゃんと考えられている。
依頼は掲示板に貼ってある依頼表を見る事。
依頼表には対象の階級や条件等が書かれているので、自分が引き受けたい依頼の依頼表を剥がして受付に持って行き、受付を済ませる必要がある。
「採取の依頼とかで手持ちに依頼の物が揃ってたらその場で受付して提出しても大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。順番は特に問題ありませんが、受付を済ませずに採取をして他の方が先に受付をしてしまうと依頼達成になりませんのでご注意下さい」
受付順の早い者勝ちと言う事か。
「兄ちゃんそんな説明よく真面目に聞いてられるなぁ」
「ボリスさんは聞かなかったんですか?」
「はい、はい、って聞き流した記憶しかない」
「大抵の冒険者さんはそんな感じですよ。ここまで突っ込んで質問される方は珍しいです」
勇太は社会人の経験故か契約と言うものはどこか穴があるのでは無いかと考えてしまうのだが、冒険者と言うのは基本脳筋で契約に関しては言われるままでザルな事が多いらしい。
「では説明は以上になりますが他に質問はありませんか?」
「登録証が使えるのは本人だけですか?」
「そうです。署名をした本人のみ使用可能です」
「名義の変更は?」
「婚姻や離婚、養子縁組など公的に氏名が変更になった場合のみ可能です。その場合教会などで発行された証明書が必要になります」
「他人に譲る事はできないんですね」
「そうなりますね」
「じゃあ通称で登録はできますか?」
「出来ますが冒険者ギルドでは一生その名前を使う事になりますので慎重にされた方がいいですね。例え愛する人の名前でも、何があるか分かりませんから」
メリッサに生ぬるい目で見られた。
恐らく探している愛する女性の名前で登録しようとしているのだと思われているのだろう。
心配しなくてもそんな若気の至りで入れたタトゥーみたいな真似はしない。
勇太は『前田勇太』として登録すべきなのか、それとも『アレクセイ』として登録すべきなのか迷っていたのだ。
冒険者ギルドの制度だと『前田勇太』として登録はできるが、人に譲った事にして『アレクセイ』に変える事は出来ないし、『前田勇太』はこの世界に本来存在しないわけだから氏名変更を証明する事は当然できず、よって名義変更もできない。
勇太がこの世界を去った後、勇太のせいで恋人にフラれてしまった償いに幾らかでもお金を残してあげられないかと思ったが、それをしようと思うと『アレクセイ』として登録するしかないか。
じゃないとアレクセイは冒険者としてはずっと『前田勇太』を名乗らないといけなくなる。
本人以外使用不可だったり新規発行かどうかを調べられたり、何かの仕組みで本人かどうかを見分けているようだが、『アレクセイ』として登録して勇太の魂が抜けた後の『アレクセイ』を『アレクセイ』として判断してくれるのだろうか。
『アレクセイ』本人として判断してくれない場合はどのみち何も残してあげられない事になるし、他に齟齬が出たりしないだろうか。
「どうされますか? 登録して大丈夫ですか?」
「えーっと、ちょっと先にお手洗い借りていいですか?」
「どうぞ。右奥にございますので」
ちょっと良く分からなくなって来たのでその辺『異世界の歩き方』に何か助言されてないかと思い、それを確かめる為にトイレを借りる事にした。