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第25話


 偽勇者一行が新しい仲間と共に旅立った少し後、本物の勇者、勇太はとある街に到着していた。

 無一文でアレクセイの出身の村を出発してからと言うもの、口にしたのは水と途中で獲った獣の肉と木の実のみだ。

 アレクセイの記憶があるので現代人の勇太でも捌いたり血抜きしたりは問題なくできたのだが、如何せん調味料が無いので焼いただけの素材の味丸出しの肉しか食べていない。

 

 せめて塩、塩が欲しい!

 切実に塩が欲しい!!


 遠足気分なリッチ旅をする偽勇者と対象的に、本物の勇者は飢えはしないもののかなり精神的にひもじい思いをしていた。

 そんなわけで街で狩った獣の肉を売ってお金を作ろうと立寄ったのだ。


 ただ田舎者のアレクセイの記憶には肉をどこに持って行けば売れるのかという記憶がない。

 勇太のゲームなどからの知識だと商業ギルドか冒険者ギルドか、どちらかに持って行けばいいのかと思うが、異世界でも同じでいいのだろうか?


 よく分からないけど今回は誰かからの依頼などではなく勝手に獲ってきた獣なので商業ギルドに持って行く事にした。


「いらっしゃいませ! 本日はどの様なご用件でしょうか?」


 受付の女性が愛想良く微笑みかけながら話しかけてくれた。


「獣の肉と皮の買い取りをお願いしたいのですが」


「買い取りですね。ありがとうございます! ではギルド証のご提示をお願いします」


「ギルド証、ですか」


 それはそうだよな、と勇太は思った。

 向こうの世界だって本やゲームなど中古品を売る場合免許証や保険証の提示を求められた。

 どこの誰とも分からない人間から物を買うわけだからそれなりに身元の証明は必要だろう。

 だが勇太は勿論のこと、ど田舎出身のアレクセイもギルド証なる物を取得した事がなかった。


「お持ちではないなら作る事もできますよ?」


 受付の女性が空気を察してそう申し出てくれた。


「あ、じゃあお願いします」


「かしこまりました。それでは登録料として銀貨3枚頂きます」


「………………」


 この国の通過は銅貨、銀貨、金貨と主に3種類あって銅貨100枚で銀貨、銀貨100枚で金貨と価値が上がっていく。

 あっちの世界とこっちの世界では物によって価値がかなり変わるので一概には言えないが、ここに来るまでに卵が1個銅貨2枚で売っていたので銅貨は1枚で10円くらいの価値なのかなと推測した。

 そうなると銀貨3枚は3,000円くらいか。

 携帯電話の契約手数料もそれくらいするので法外な値段とは思わないが、勇太は今無一文だ。


「すみません。今持ち合わせがなくて…」


「そうですか。ではまたお越しください」


 にっこりアッサリ突き放されて勇太は困った。

 金がないので金を作りに来たのに、金を作るのに金がいると言う貧困のスパイラルに陥っている。

 このままではにっちもさっちも行かないので交渉してみる事にした。


「あの、実は私アイテムボックス持ちでして」


「それは便利ですね」


「そうなんです。なので肉も皮も鮮度抜群なんですが」


「すみません。例外は認められていませんので」


 言い終わる前にお断りされてしまった。

 

「ここだけの話、私は伝承の勇者なのですが」


 このままでは終われないと思って軽い気持ちで言ってみた言葉だった。

 しかし、それを口にした途端受付の女性の顔付きが明らかに変わった。


「はぁ? あんた何言ってんすか?」


 険しく眉間に皺を寄せて、頭には血管が浮かんでいる。

 口調も明らかに乱暴になった。


「勇者様は遠目で見ても輝いて見えるような素敵なお方であんたみたいに薄汚れた野郎じゃないんすよ」


「えっ、とー…」


「勇者様の名前を語ろうなんて不届き千万。何様のつもり?」


 言い淀んでいる間になんと隣の受付窓口の女性にまで罵られた。

 受付の女性がパチンと指を鳴らす。

 すると奥から筋肉隆々な男が出て来て勇太の首根っこをひっ掴み、ギルドの外へと放り投げた。

 閉まりゆく扉の向こうで隣の受付窓口の女性が『一昨日来やがれ』と言わんばかりに中指を立て、勇太がいた受付窓口の女性は親指を立てて首をかき切る仕草をしていた。

 悲しい。


 勇太が呆然としていると何者かが勇太の肩を叩いた。


「兄ちゃんなかなか面白い交渉の仕方をするなぁ。でも勇者を語ったのはマズかったな。勇者の人気は絶大だからなぁ」


 振り向くとそこにはガッチリした体型の中年男が立っていた。

 受付の女性達より優しい言い方ではあるが、この男も勇太が勇者だとはつゆ程も思っていないらしい。


「勇者ってそんなに人気なんですか?」


「そりゃもう凄いぞ。なんでも勇者は遠目で見ても分かるくらい凄い色男で、孔雀の羽根を背負ってるとか」


「は? 本当ですか?」


 孔雀の羽根ってハルは何やってんだ?

 とち狂ったのか?


「ん? 背負ってるように見えるだったかな? まぁいいや! 兄ちゃん金に困ってるんだろ? 俺はボリスって言って近くで食堂やってんだ。ギルド程の値段では買い取れないが、いくらか俺が個人的に買い取ってやるよ」


「ホントですか!?」


「ああ、付いて来な!」


 地獄に仏とはこの事だ。

 とにかく今は幾らかでも金が欲しい勇太はボリスに付いて行った。


「それじゃあ持って来てる肉を出してくれ」


「はい!」


 ボリスの営む食堂の厨房に通され、アイテムボックスの中に収納しておいた肉類を取り出す。


「これは… 一人で狩って来たのか?」


「はい、一応そうですけど…」


「一応?」


「いえ、一人です」


 今はアレクセイの身体に勇太の魂が入っている状態なので、一人と言えば一人だが二人と言えば二人で微妙な言い方になったしまったのを言い正す。


「まあいいや。その装備でか?」


「はい、まぁ…」


「見た目より実力があるんだな。このタラマハなんて凶暴だったろ?」


「あー、結構血気盛んな感じでしたね」


 タラマハは鶏に似た魔物だが鶏よりでかくとにかく気性が荒い。

 でも肉は柔らかくて美味しいらしい。


「ドリターンにするとうまいんだよ」


「そうなんですか?」


 アレクセイの記憶にはドリターンなる料理の記憶はない。

 田舎では食べられていないようだ。


「うーん…」


「もしかして買い取れないんですか?」


 アレクセイの記憶を辿ってアレクセイが美味しいと思った獣を狙って狩ってきたつもりだが、ど田舎出身のアレクセイと街では色々と基準が違うのかもしれない。

 勇太は不安そうにボリスに訊ねた。

 ボリスも買取不可だといよいよ八方塞がりだ。


「いや、買い取れるよ。ただ正直これだけ良い肉があると思わなかったし、解体もキチンとされてる。うちで買い取るより冒険者ギルドに持ち込んで買い取ってもらった方がいい値がつくだろう」


「ギルドは… 無一文なんで難しいんじゃないですかね?」


 先程の苦い記憶が頭をよぎる。

 また外に投げ出されるのは避けたい。


「商業ギルドは金勘定に煩いんだ。その点冒険者ギルドなら買取金額から登録料を差し引いたりある程度融通が利くぞ。なんなら俺が口添えしてもいい」


「本当ですか!?」


 ボリスさんめっちゃいい人だ!


「じゃあ早速行くか」


「いえ、やっぱりお世話になったのでボリスさんが必要な分はボリスさんに買い取ってもらいたいです。残った分を冒険者ギルドに持ち込みます」


「なんだ! 結構義理堅いんだな! 気に入った!」


「その代わりと言ってはなんですが今晩泊まるところも紹介してもらえませんか?」


「ハハハ! じゃあうちに泊まれ!」


 ボリスさんマジで神!!

 勇太がこの世界に来て初めて人にされた親切だった。

 本当に心底嬉しかった。


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