第22話
「ほら、お兄さんにごめんなさいしなさい」
「おにいちゃんごめんなさい…」
まだ怯えながら女の子は謝ってくれたが春希の心は晴れなかった。
今までは勇者=男という先入観のお陰で男に見えてるのかと思っていたが、先入観無しでも男に見えてるのがショックだ。
まあバレるよりいいんだけど。
男っぽい服装のせいだと思っておこう。
「大丈夫だよ〜 そうだ! 豪ちゃん、この子と遊んであげて」
「ゴウチャン、アソブ」
「わぁ〜 可愛い!」
子供相手に色々言うのも大人気ないのでそこはさっと流して、ご機嫌取りついでに豪ちゃんを女の子の手の平に載せてあげると女の子は目を輝かせて豪ちゃんを見ていた。
「この小さいゴーレム… それにこのメンバー… まさか… 勇者様!?」
女性が豪ちゃんやどう見ても高貴なアナスタシアとミハイルを見て気付いたようだ。
「はい、こちらは勇者のハルキ様です」
アナスタシアがサラッと暴露すると、女性は青い顔になって謝ってきた。
「これはとんだご無礼を!」
「いえいえ、本当に大丈夫なので」
「まさかこんな汚い食堂におられるとは思わずに!」
まあこう言う食堂に王子と王女を含むパーティーが立ち寄るとは思わないだろうなとは思う。
「おい! 汚いとはなんだ!」
店の奥から店主も出てきた。
「うちのが失礼した。お代は結構なので許してやって下さい」
「いやいや、それとこれとは別なのでちゃんと払いますよ」
「おにいちゃんたちすごい人なの?」
「勇者様と王女様と王子様よ。そちらの剣術士の方も強そうでしょ? 魔王を倒すパーティーなのよ」
「えー! 王女さまと王子さまなの!?」
女の子にとっては『魔王を倒す』という言葉より『王女様と王子様』の方が気になるワードだったらしい。
女の子なアナスタシアとミハイルの間に立って2人を見比べると言った。
「どっちが王女さまなの?」
「ぷっ…」
アナスタシアとミハイルは複雑な表情をするものだから思わず吹き出してしまって。
「貴様! 笑うな!」
「ごめんごめん。でも先生もさっき笑ってたからおあいこじゃん」
「私はいいのだ! 貴様は許さん!」
「え〜〜〜」
「まあまあ、お料理が冷めてしまいますわよ。頂きましょう」
と言うかさっきからヨハネスだけもくもくと日替わりを食べている。
日替わりはなんか全体的に青っぽい色の野菜炒めで、ちょっと食欲の湧く色ではない。
タラマハのドリターンはスパイシーな匂いがする。
と言うかこれ、たぶんアレだ。
と、思いながらタラマハのドリターンにかぶりついた。
「やっぱり! これタンドリーチキンだ!」
「その料理は昔、勇者様がレシピを伝えたと言う逸話があるんですよ」
「へー、そうなんですか」
店主が教えてくれた。
もしかしてヨハネスはこの逸話を知っていたからすすめてくれたのだろうか?
無口だが実は気遣いのできる人なのかもしれない。
タンドリーチキンができるって事はカレーのスパイスもあるはずだ。
そのうちカレーライスも食べられるだろうか?
しかしこの世界に来てまだ米を食べていないが、そもそも米を食べる文化はあるのだろうか?
「初めて食べましたが美味しいですわね」
「庶民の味も悪くないな」
アナスタシアとミハイルは日替わりとタンドリーチキンをシェアして食べていた。
青い色の食べ物も特に抵抗はないようた。
王室の方達の口にも合ったことで、店主も嬉しそうだった。
「ダンジョンの事なのですが最近変化が見られると聞いたのですが」
食事を美味しく頂いた後は情報収集だ。
アナスタシアが訊ねると店主が丁寧に答えてくれた。
「そうなんですよ。上層部の方は変わらないんですが、中層部くらいですかね、なんでもドラゴンが出るとか」
「ドラゴンですか!? ここのダンジョンに出るような魔物ではないですよね?」
「長年ここで食堂をやってますが、そんな話が出始めたのは今年に入ってからですね。おかしいのは必ず出るわけではなくて、出てもすぐ逃げれば大丈夫だとか」
「逃してくれるなんて随分優しいドラゴンですね」
春希は首を傾げた。
普通ドラゴンに会ったら倒すか倒されるかしかない。
逃してくれたと言うのがまず不可思議だし、必ず出るわけではないと言う事はダンジョンのボスでもないと言う事だ。
「手負いのドラゴンが迷い込んでるとか?」
「ミハイルの言う通りかもしれませんね」
ミハイルの意見にアナスタシアは頷いた。
手負いのドラゴンが傷が癒えるまでのつもりでダンジョンに潜んでいて、人が来ても怪我で動けないとか、深追いできないとか、だとしたらありえるかもしれない。
「怪我をしていたと言う話は聞かないですけどね」
「怪我じゃないなら病気か? 風邪とか?」
怪我の線は一旦店主に否定されたが、ミハイルが新たな仮設を打ち出した。
春希にとっては伝説上の生き物のイメージが強いので風邪を引くと言うイメージがわかない。
「なんにせよこのままほっといたら危ないですよね?」
このままにしておくとドラゴンを見つけても逃げれば大丈夫だと思っている冒険者が不意に動くようになったドラゴンと出くわして被害を受けるかもしれない。
「そうですね。早めに討伐しておくにこしたことはないでしょう」
アナスタシアが早速ダンジョンに潜る事を決めた。
ダンジョンはパッと見ただの洞窟なのだが、そのままにしておくと洞窟と誤って入って怪我したり出てこれなくなる人がいるので一目でダンジョンだと分かる装飾がされている。
まず『ダンジョン』とデカデカと看板が掲げてあり、色とりどりの三角の旗を繋げたフラッグガーランドが飾られていてちょっと可愛い感じになっている。
緊張感を削ぐ装飾だが本当にこれでいいのだろうか。
「香を焚ければ簡単なのですけどね」
アナスタシアの言う香とは、ダンジョンの中に誰もいなければドラゴンの嫌いなお香を焚いてドラゴンを燻り出すと言う手法が使えるらしい。
だが中にいる冒険者も一緒に燻してしまうので今回は出来ないとか。
ドラゴンですらゴキブリ扱いなところが異世界とは凄い所だなあと春希は感心していた。
ダンジョンの上層部はスライムとか、少し大きめの虫のような魔物などあまり強くない魔物ばかりだった。
この程度なら実戦経験のない春希でも問題なさそうだが、この程度の魔物を倒してももう経験値を稼げない。
それに春希の持つ威圧スキルで固まったり震えたり泣いて逃げたりするので弱い者いじめのようで可愛そうなのでそのまま放置して先に進む事にした。
そして中層部に入ったのだが、噂のドラゴンはなかなか出てこない。
先程から階層を登ったり降りたりしながら隈なく探しているつもりなのだが…
「おかしいですね… もう逃げたのでしょうか?」
「それにしても痕跡1つないなんて、変ですわ」
「なぁ、そろそろ休憩しないか?」
ウロウロしていただけだが確かに少し疲れた。
ドラゴンがもういないならいないという確証が欲しい。
少し長期戦になる事を覚悟して一度休憩を取る事にした。




