第21話
「エレナ、短い間だったけどお世話になりました」
「ハルキ様…」
いよいよ明日、春希は魔王討伐を名目とした旅に出る。
伝承では勇者は魔王を討伐したら元の世界へ帰ってしまうし、無いと思いたいがもし魔王討伐に失敗するような事があれば命を落とすかもしれない。
どのみちもう春希とはこれっきりで会えないかもしれない。
初めは勇者と恋仲になれば実家の借金もどうにかしてもらえるかもしれないと邪混じりな思いもあったが、恋愛経験の無いエレナには結局どうする事もできず、しかしこの2週間とちょっとの間に友人の様な親しい関係にはなっていた。
エレナは寂しさのあまり涙を浮かべていた。
「何かあげられる物がないかなと思ったんだけど、身一つで来たからこんな物しかなくて」
春希はこちらの世界に来る時に着てきたライダースジャケットを差し出した。
「そんな! お気持ちだけで結構です!」
「いやいや、受け取ってよ! 合皮だからそんな良い物じゃないけどこっちては珍しいだろうから売ったら家族でご飯くらい行けるんじゃないかな?」
「合皮とはなんですか?」
「えーっと、獣の皮に似せて作ってあって、扱いやすいけど時間が経つと劣化するから皮ほど長く使えない素材、かな?」
「そうなんですか… このギザギザはなんでしょう?」
エレナなライダースジャケットの前についていたジッパーを指差し訊ねた。
「ああ、これはこの下の所を合わせてこのつまみを上に上げると、ほら、ギザギザが互い違いに組み合って閉まるんだよ。で、下げたら開いて、何度でも繰り返し開けたり閉めたりできる仕組みになってるんだ」
「これは便利ですね! 異世界の技術はすごいです!」
ジッパーにえらく感動して開けたり閉めたりを繰り返すエレナを、春希は微笑ましく見ていた。
「ま、売ってもいいし、そうやって開けたり閉めたりして遊んでもいいし、兎に角受け取ってよ」
「はい! ありがとうございますハルキ様! これは我が家の家宝にさせて頂きます!!」
「家宝だなんてそんな大袈裟な」
しかしこのライダースジャケットは後にウラジーミロ家で本当に家宝になる。
エレナが持ち帰ったライダースジャケットを見てエレナの弟がその仕組みを解明し、それを使った服飾品や小物を売り出して爆発的に富を築く事になるがそれはまた別の話だ。
「そう言えばワープ的なのってないんですか?」
春希は旅立ち直後にアナスタシアに訊ねた。
「ワープとは?」
「離れた場所に一気に移動したりとか」
「ああ、転移ですね。ございますよ。ただ自分で行ったことがある場所にしか転移出来ないのでハルキ様は…」
なるほど、王宮から出た事のない春希はどこにも転移する事はできないらしい。
一気にポーンと魔王城に行けないかと思ったがそう都合良くもいかないらしい。
その代わりアイテムボックススキルを持ってる春希とアナスタシアのアイテムボックスには武器やら食料やらお金やら入るだけ詰め込まれているし、移動手段は基本馬車だ。
魔王城は深い森の中にあるらしいので流石に馬車は使えないが行けるところまで馬車移動らしい。
パーティーメンバーに本物の王女と王子がいる為金に糸目をつけない旅で凄い。
全部徒歩だと思っていたので楽でいいが、イマイチ緊迫感が無いと言うか、正直今の所遠足気分だ。
ミハイルなんて馬車の中で早速菓子を食べている。
「帰りは転移で帰って来れますよ」
アナスタシアはニッコリ微笑んでそう言ったが、元の世界に帰るつもりなので帰りは使うつもりはない。
何か不足の自体があったら別だけど。
「それでこれからどこに向かうんですか?」
「サリンクスと言う街の付近にあるダンジョンに向かいます。以前はそう難易度の高いダンジョンでは無かった筈なのですが出現する魔物の質が変わったと言う話で様子見を兼ねてダンジョンを攻略しようと思います」
ついに来た、ダンジョン!
「豪ちゃんは危なくなったら守ってね」
「ゴウチャン春希マモルヨ!」
戦闘訓練は積んだとは言っても実践は初めてだ。
やはり少し恐いのでお守りがわりに豪ちゃんにお願いすると、ムン! と拳を握って意気込みを見せてくれた。
可愛い。
サリンクスは街と言うよりはダンジョンに向かう冒険者の為の露店などが集まって定着した集落に近い。
ダンジョン付近は大体この様な街ができるらしいがサリンクスのダンジョンは難易度が高くないので初心者冒険者の登竜門的な位置付けらしい。
経験のある冒険者は来ない為、冒険者が落としていくお金もたかが知れてると言う事で街自体もこじんまりとしている。
このこじんまりとした街にお貴族様が入るような小洒落た店もある訳がなく、食事と情報収集を兼ねて街の食堂に入る事にした。
「4人と1体なんですけど大丈夫ですか?」
「あいよ! 好きな所に座りな!」
人の良さそうなご主人に断りを入れて中に入った。
木製の丸テーブルが幾つも並んでいるがなかなか盛況なようで、好きな所と言っても空いているテーブルは1つしかなかったのでそこにした。
椅子は4脚しかないが、豪ちゃんは春希の頭の上に指定席があるので問題ない。
メニュー代わりの木札を読むが、メニュー名だけだとどんな料理なのか良く分からなかった。
「何の料理なのか分からんな」
「ここは給仕の者はいないのかしら?」
ミハイルも高貴なお人なので庶民料理はよく分からないらしい。
アナスタシアに至ってはたぶんメニューを見て注文すると言うシステムが分かっていない。
「ヨハネスさんは分かりますか?」
庶民出身のヨハネスに訊ねるとコクリと頷いた。
「じゃあこの中でオススメありますか?」
ヨハネスはメニューの中から1つのメニューを指差した。
「じゃあコレと、あと店のオススメを聞いてそれを2人前ずつ頼みましょう」
「私は腹は減ってないぞ」
ミハイルはそう言うが、それは馬車の中でお菓子を食べていたからだ。
「先生、お菓子だけでなくご飯も食べないと背が伸びませんよ」
「む…」
「女性は一般的に背が高い男性を好みますよ」
「仕方ない、食べてやろう」
ミハイルの頭の中では背が伸びた自分とそれに寄り添うミレイアが浮かんでいるのだろう。
分かりやすくて可愛い。
「すみません! オススメはありますか!?」
「迷ったら日替わりを頼みな!!」
「じゃあ日替わり2つと『タラハマのドリターン』2つ!!」
「はいよ!!」
少し離れた所にいる店主に大きめの声で注文を伝える。
タラハマはなんか鶏っぽい魔物と図鑑で見たので鶏肉料理の様な物が来るはずだ。
この国の庶民の足は初めてなのだ楽しみだ。
しばらく待っているとお盆に乗った料理が浮いて来た、と思ったら小さな女の子が頭に料理の乗ったお盆を乗っけた状態でやって来た。
「おまたせしました!」
春希は重たそうな盆ごとさっと料理を受け取ってから女の子に話しかけた。
「お手伝いかな? 偉いね」
「き、きゃーー!!!」
女の子は突然悲鳴をあげて走り去ってしまった。
「すみません、うちの子が何か?」
奥から女の子の母親と思しき女性が出てきて女の子を抱き上げて春希を睨んでいる。
「いえ、何もしてないつもりなんですが…」
春希の目が泳ぐ。
そう言えばこちらの世界に来てから恐がられる事が無かったので忘れかけていたが、小さな子供はまだ耐性がないから恐いんだっけ。
春希は久しぶりの反応でちょっとショックを受けていた。
「ああ! なんだ、威圧スキルがあるんですね! すみません、この子ったら特別臆病でまだあまり耐性がないんですよ!」
「おじちゃん、こわい…」
おじちゃん!?
半ベソの女の子の言葉に春希はもっとショックを受けた。
「お、おじちゃん、くくくくく」
「あら、まあ、ふふふ」
「嫌だね、この子ったら。こんな色男なんだからお兄さんでしょ」
笑うミハイルとアナスタシア、ショックを受けてる春希を見て女性はフォローを入れてくれたが、春希にとっては問題はそっちじゃない。
せめておばちゃんと呼んで欲しかった。
25歳なんて小さい子からしたらお姉さんお兄さんの年齢じゃないかもしれない。
だけどせめておばちゃんで、おばちゃんにしといて!!
小さな子供の曇りない眼で見ても男に見えるなんて大ショックだ。
たぶんHP半分くらいになってる気がする。
「ドンマイ、春希」
豪ちゃんに慰められ、春希は心の中で涙を拭った。




