第18話
特に何の前触れもなく、すーっと眠る様に意識が遠退いた。
そして次に目を開けると、見知らぬ森の中にいた。
『異世界の歩き方』によると異世界での身体は勇者の伝承に沿った容姿の者で何かの原因で死ぬ寸前の者が選ばれる。
その者は役目が終わったあと死を回避できる事を条件に身体を貸し出す事に同意しているらしい。
暫く頭がぼうっとしていたが段々意識がハッキリしてきて、身体の持ち主の記憶が読み取れる様になって来た。
名前はアレクセイ、近くの村に住む18歳の狩人で、森で狩りをしていた時に魔物に襲われなすすべ無く死ぬはずだったが、神との契約で一命を取り留めた。
身体の傷はすっかり癒えているようだ。
身体を起こしてアレクセイの記憶を頼りに水場を目指した。
少し歩くと澤があって、そこで顔を洗ったついでにこれからの自分の顔を確認した。
水辺に写ったのはスッキリとした目元とすうっと通った鼻筋が印象的な茶髪のイケメンだった。
ぱっちり二重で黒神の勇太とは真逆のタイプのイケメンだ。
あまりゆっくりもしていられない。
魔王討伐に向けて出立の準備を整えなければ。
勇太はアレクセイの村を目指した。
村への道は森の中の道なき道を進まなければならじ少し離れた場所にあったが、勇者になった事で身体能力が強化されているらしい。
『異世界の歩き方』によると、勇者と言う事で初めからチートな各種能力を付与されていて特に訓練等も必要ないとあった。
アイテムボックススキルも付随しているようなので『異世界の歩き方』もそこに収納する事にした。
そんなわけで特に苦労する事もなく村に到着し、村の長でもあるアレクセイの父、ヤコフに声を掛けた。
「父さん、俺勇者に選ばれたから魔王討伐を目指します」
「はあ? おめぇ何言ってんだ?」
ん?
初っ端から否定の言葉が帰ってきた事に勇太は首を傾げた。
「いや、神様から勇者に選ばれて」
「3日も帰って来ねえで収穫も無かったからって寝ぼけた事言って誤魔化そうとすな」
ゲームとかだったら、ここは『おおそうか、がんばれ』みたいな流れになるんじゃないの?
「誤魔化すとかじゃなくて本当に」
「あらアレクセイ帰ってたの。収穫は?」
言いかけた所に母のマイヤが洗濯物を持って現れた。
「収穫はないけど、勇者に選ばれた」
「ハハハ! 言い訳するにしてももう少しマシな事言いな」
「ご、ごめんなさい」
笑った直後に真顔になってマジなトーンで凄まれた。
滅茶恐くて反射的に謝ってしまった。
「とりあえずご飯食べて、薪割りして」
「はい、わかりました」
ちょっと恐い母だが、ご飯だけはちゃんと出してくれるあたり母親なんだなあと言う感じがする。
とはいえここは貧しい村らしく、食事はカチカチのパンを草しか入ってない味の薄いスープに浸けて食べると言う質素な物だった。
ここでアレクセイが何か収穫を持って帰ればスープに肉が入ったのかもしれない。
手ぶらで帰ってきて申し訳ない事をした。
何故か勇者である事を信じて貰えそうに無いので、薪割りをしたあとこっそり出立の準備をする事にした。
しかしこの村では碌な装備を揃えられそうもない。
とりあえずアレクセイが使っていた弓はあるが、あとは鍬とか農具ぐらいしかない。
「アレクセイ!」
困っていると背後から声をかけられた。
アレクセイの恋人のニカだった。
「帰って来ないから心配してたのよ!」
ニカはグリーンの真っ直ぐな髪とパッチリとした蒼いアーモンドアイの美人だ。
性格は元気で明るくてしっかり者。
村皆の人気者だ。
「ニカ…」
流石恋人である。
父も母も割とさっぱりとした反応だったが、ちゃんと心配してくる存在がいた事に安心する。
「ごめんな。森で魔物に襲われて」
「え! 魔物に! 怪我は無いの!?」
「うん、怪我は勇者に選ばれた時神様が治してくれたから大丈夫だよ」
「アレクセイ、何言ってるの?」
「え?」
「ああ、森で頭でも打ったのね。かわいそうに…」
「いやいや、そんなんじゃなくて」
ここでも何故か全く信じてもらえない。
ここは勇者の伝承がある世界の筈だよね?
なのに何故誰一人としてアレクセイが勇者に選ばれた事に驚いたり喜んだりするでもなく、皆全否定なのか。
「なんで信じてくれないの?」
「なんでって、だって勇者様はついこの間魔王討伐に出発されたじゃない」
「それ、本当?」
「本当よ。こんな僻地の村にも魔法で伝令が届くくらいの一大ニュースだもの。間違いないわ」
アレクセイの住む村は寒村なので情報は殆ど入って来ないに等しいが、大きなニュースだけは魔法で全ての村々に木簡が届けられる。
ただし多くの村々に木簡を届けると多大な魔力が必要となる為、王の即位や王族の崩御、戦争関連など本当に重要なニュースのみである。
なので魔法で伝令が届いたと言う事は噂レベルの不確かな話ではなく、国が認めた公的なニュースだと言う証でもあるのだ。
「ちなみにそれいつの話?」
「伝令が届いたのが2日前で、木簡には3日前に出陣パレードをして2日前に出立したって書いてあったわ」
つまり国が認めた勇者が4日前に旅立ったばかりで、そのすぐ後に新たな勇者など現れるわけがないと。
おまけにアレクセイの記憶を探ると勇者は覚醒めるものではなく神が遣わすものと言う認識らしい。
それじゃ信じて貰えないのも無理はないかもしれない。
仕方ないからこのまま黙って出発してもいいが、それだと全てが終わってアレクセイがここに帰っときた時、家族も恋人も放り出して急に姿を消して急に帰って来た風来坊の様な扱いになるのはあまりにも気の毒ではないかと思う。
せめて恋人のニカだけでもきちんと説明しておいてあげたい。
勇太はニカの両肩をつかみ、目を見て言った。
「ニカ、よく聞いて。信じられないかもしれないけど、俺、本当に勇者なんだ。これから魔王を倒しに行かきゃいけないけど、全てが終わったら必ずここに戻ってくるから。だから待っていて欲しいんだ」
「分かったわアレクセイ」
分かってくれた! と喜んだのも束の間、ニカはアレクセイの目をしっかり見返して言った。
「アレクセイは昔から都会に行きたいって言ってたもんね。心を決めたんだったらそんな嘘を吐かずに正直に言ってくれれば応援したのに」
「え、いや、そうじゃなくって」
うるうると、ニカの目に段々涙が浮かんできた。
こうなると勇太はもう狼狽えるしかなかった。
昔から女の子の涙には弱いのだ。
「それに女の旬は短いのよ。いつ帰って来るかも分からない男を待ち続けられるほど暇じゃないの。そんな言葉でキープ出来るほど女の子は簡単じゃない」
「いやいや、マジで聞いて、俺、勇者で」
「またそんな事言って! せめて『俺に付いて来い』って言ってくれれば私だって考えたのに! もういいわ! アレクセイなんて勝手にどっか行っちゃえ!!」
ニカは勇太を突き飛ばして走り去ってしまった。
これってフラれたって事だよね?
勇太は尻もちをついたままニカの背中を眺めながら呆然としていた。
アレクセイの過去の記憶から、明るく元気で器量が良く村で一番人気のニカを射止めるのにどれだけ苦労したか、どれだけ愛しているか読み取る事ができる。
なのに勇太のせいで自分の与り知らぬ所でフラれてしまったと後で知ったらどれだけ悲しむか、想像に難くない。
でもこれから向かうのは魔王を討伐する為の危険な旅だ。
愛してるからこそ『付いて来い』なんて言えるわけもない。
アレクセイも恋人を危険に晒すくらいなら、別れを選ぶだろう。
ごめんなさい。
これ全部言い訳です。
俺の恋愛スキルでは繋ぎ留めておくのは無理だ!
許せアレクセイ!
勇太は心の中でアレクセイに詫びながら魔王討伐へ旅立った。
男は女の時間のシビアさを分かってないし、女は男の事情はお構いなし。
そんなもんですよね。
〜次回プチ予告〜
偽勇者の出陣パレードよりちょっと前の話