第15話
「しっ、失礼します!」
緊張した面持ちでエレナが部屋に入ると、そこには金髪緑眼の美少女、アナスタシアが鎮座していた。
「突然呼び出してごめんなさいね」
「いいえ! とんでもございません!」
「どうぞ、座って」
右手と右足が同時に出てしまいそうになるのを必死で抑えながら、アナスタシアに促されて正面に腰掛けた。
貧乏貴族のエレナにとって王族のアナスタシアは雲の上の存在で一生こうして言葉を交わす事などないと思っていた。
その王族からの突然の呼び出しに緊張するなと言う方が無理だろう。
恐らく話は勇者関連の話だと予想はつくものの、もしかしたら自分が気付かぬうちに不手際をしていて侍女を外されるのではないかと不安で仕方がなかった。
「どう?ハルキ様とはうまくやれてるかしら?」
「はい! ハルキ様はお優しい方ですので、よくして頂いてます」
頬をピンク色に染めながらそう答えるエレナにアナスタシアの眉がピクリと動いた。
今日も文字を教えるという名目でピタリと横並びになり、実は時折ボディータッチもしていたのに、春希は本に夢中なのかはたまたボディータッチされても気にしていなかったのか全くの無反応だったのだ。
自分には何の反応も示さないのにまさかこの娘とはいい感じになっているのではあるまいなと勘ぐっていた。
「そう。ハルキ様について何か困った事とかはない?」
「困った事ですか? あえて言えばですが、ハルキ様は何でもご自分でされようとするのであまりお世話をする事がなくて… お召替えも湯浴みも介助不用との事で、朝もご自分で起床されますし、私がする事はお食事中の給仕くらいな物なのですが給仕もそんなに必要とされている感じはしません」
「なぜかしら?」
髪は触らせているし自分がボディータッチした時も嫌がる素振りはなかったので潔癖という事もなさそうだが、なぜそんなに自分でするのかアナスタシアには分からなかった。
「介助してもらう習慣がないとおっしゃってましたが…」
もしや本当は習慣がないと言うのは方便で、自分の事が嫌だったのではないか。
だから侍女を外されるのでは、とエレナはよけいに不安になって涙をためながらプルプルしていた。
「ああ。違うのよ。解任するとかそう言う事はないから心配しないで。本当に話を聞きたいだけなの」
「本当ですか?」
エレナはホッと息を吐いた。
「あら、でもお茶会の時の身支度はあなたがしたのではなくって?」
「髪は私がさせて頂きましたが、お召替えやメイクはご自分でされました」
「まあ、メイクまで」
「異世界では場合によっては男性でもする事があるとの事でした」
「ではあのメイクはハルキ様発案なのね」
「はい」
こちらの世界の貴族は(エレナのように)極貧貴族でない限り普通は何をするにも介助が当たり前だが、春希は母国語ではない言語の文字を読める程の高い教育を受けていたので極貧貴族と言うわけではないだろい。
ただ紙の件といいメイクの件といい、あちらとこちらではあまりにも常識が異なっているようだ。
春希はジャーサラダも自分で作っていたし、異世界では家名がある者でも何でも自分でするのが当たり前なのかもしれない。
その辺はあまり考えても仕方のない事だし、今はそれより重要な事がある。
「他に何か気付いた事はない?」
「他に、でございますか?」
うーん、とエレナは首を傾げて考えている。
「なんでも良いのよ?」
「何でもですか?そうですね、すごく親しげと言うか、距離感が近い感じがあります」
「馴れ馴れしいと言う事?」
「いえ、決してそんな事はありません! その、友人のように気安く接して下さっている感じです」
春希はアナスタシアに対してはどこか一歩引いた印象で、その様に気安く接してもらった記憶はない。
やはりこの娘は春希にとって特別な存在なのだろうかと、考えていたところにエレナから爆弾発言が飛び出した。
「コンスタンチン様ともとても仲がよろしいようです。先日、熱い抱擁を交していました」
「ほ、抱擁ですって?」
「はい、まるで親友に再開したような感じで、こう、ガシっと」
エレナ自身も現場を見た時は激しく驚いたが、あれは誰に対しても友好的な春希なりのスキンシップなのだと無理矢理自身を納得させていた。
「そ、そうなの」
アナスタシアの笑顔が引きつる。
やっぱり春希はそっちの系統の男性なのかと、春希は自身の知らない所であらぬ誤解を固められつつあった。
一方その頃、春希は自室でスマートフォンの電源を入れ、電源が入るとすぐ機内モードにし、更にディスプレイの明るさを一番暗く設定を変更した。
電池の節約の為だ。
わざわざ電源を入れたのは以前卒業旅行でアメリカへボッチ旅をした時にオフラインでも使える辞書アプリをダウンロードしていたのを思い出したからだ。
確かアンインストールせずにそのまま入れっぱなしにしていたはず…
「あった!」
記憶の通り、ホームからは削除していたがアプリ一覧には辞書アプリが存在していた。
こちらの言語は英語に近い物なのでとても有用だ。
これで何かの文献を読んでいて分からない単語が出てたり、それの意味を誰かに訊ねる事が難しい場合でも何とかなりそうだ。
とは言え電池の残量が有限なので大切に使わなくてはならない。
電源を落としておいて本当に良かった。
もしもあの時そのままにしておいたら今頃有るはずのない電波を無駄に探してとっくに電池切れを起こしていただろう。
春希は念の為電源を落としておいた数日前の自分に心の中で拍手を送りつつ、再びスマートフォンの電源を落とした。
アナスタシアが貸してくれた絵本によると魔王は魔王城にいて、勇者と魔王を倒せば神様が願いを叶えてくれるらしい。
ならば魔王城の付近で勇者を待ち伏せて仲間にしてもらうのが一番確実な気がする。
肝心な勇者がいつ現れるのかは分からないが、そこはシャルロッテが言っていたそろそろではないかと言う噂を信じるしかない。
とにかく一刻も早くここを旅立ちたい。
その日から春希は訓練に勤しんだ。
魔法はコンスタンチン、武術はミハイル、座学ではアナスタシアやエレナを筆頭にその辺を通った人までフル活用して教えてもらい、ちょくちょく辞書アプリにも助けられながら、とにかく励んだ。
合間合間にアナスタシアからアピールのような物はあったが、失礼にならないように気を付けながらスルーさせてもらった。
そうこうしているうちに春希がこちらの世界に来て約2週間程で、ついに出立の準備が整った。
急に話が進みましたが打ち切りではありません。ちゃんと続きます(笑)
〜次回プチ予告〜
一方その頃、元の世界では




