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第14話


「感謝は感じるんだけど、それだけなのよね」


 アナスタシアは自身の侍女であるマリアンヌに呟いた。


「ハルキ様でございますね」


 マリアンヌも頷きながら答えた。


「おかしいわね? 私魅力がないのかしら?」


「そんな事あるわけがありません!」


「そうよね??」


 手作りサンドイッチの差し入れや、甲斐甲斐しくタオルなどを差し出しても春希から思うような反応を引き出せないでいた。

 シェフに作らせたのだから当たり前なのだがサンドイッチは美味しいと言っていたし、タオルも受け取ってくれた。

 でもただそれだけだ。

 女性として好意を持ってくれているような素振りが全くないのだ。


「むしろ私よりミハイルの方が反応が良い気がするわ」


「ミハイル様もお可愛いらしい方ですが、男性でございます」


「わざわざ『純粋に』って付け足すのもちょっと怪しい気もするし…」


「まさかそんな…」


 とは言え、ミハイルに対しても変な態度を取っているわけではない。

 どちらかと言えば失礼な態度を取るミハイルを微笑ましく思って受け流すというとても大人の対応だった。


「まさかそんな事はないと思うけど、念の為コンスタンチンに探らせましょうか。あとハルキ様に従事している侍女にも話を聞きましょう」


「面会の手配をしておきます」


「よろしくね」


 もしかしたらとても好意に鈍いタイプの殿方なのかもしれない。

 だとしたらもっと接近する必要があるだろうか。

 アナスタシアはそう考えながら自室から出て春希の部屋へ向かった。



「ごきげんよう、ハルキ様」


「アナスタシア様。わざわざありがとうございます」


「イラッシャイアナチャン!」


 いつの間にか豪ちゃんがアナスタシアをアナちゃんと呼んでいる。

 気安すぎないかと思ったがアナスタシアは特に気にする事なく微笑んで、マリアンヌから一冊の本を受け取るとハルキに手渡した。


「文字の勉強をされるなら絵本を参考にされると良いかと思い持って参りましたの。文章も簡単ですし、挿絵もついてますから」


「ありがとうございます。絵本ですか」


 春希は初めて見るこの世界の絵本にギョっとした。

 まず装幀がハードカバーの様な分厚い物で、おまけに表紙に宝石が散りばめられている。


「これ、もしかしなくても物凄く高価なものですよね?」


 春希は絵本を持つ手が震えた。


「頂き物ですので詳しいお値段は分かりかねますが、お安い物ではないでしょうね」


 素手で触って良いのだろうかとも思ったが、何も言われないので大丈夫なのだろう。

 改めて表紙を見ると本であれば当然あるはずのタイトルがない。

 もしかしたら特別仕様の一点物なのでタイトルがないのかもしれない。

 所謂献上品と言われるものだろうか。

 それかアナスタシアの気を引こうとしてどこかの貴族がプレゼントしたのかもしれない。

 だとしたらこんなに気にも留められずにポンと人に貸し出されるなんて気の毒なものだ。


 春希がアナスタシアをテーブルに案内すると、マリアンヌが椅子をピッタリと横並びになるように置き直した。

 一緒に絵本を見ながら教えてもらうので近寄る必要はあるだろうが近すぎないだろうか? と、思いながらテーブルに着く。

 豪ちゃんはテーブルの上にちょこんと腰掛けた。

 とりあえずページを開くと、左のページには勇者の絵が、右のページには短い文章が書かれていた。


「これってもしかして羊皮紙ですか?」


 紙の筆感が元の世界の紙とは明らかに違っていた。

 紙より硬いし、少し獣のような臭いがする。


「ハルキ様の世界には羊皮紙以外の紙があるのですか?」


「はい。木から作られる物なのですが」


「まあ! 木から紙が!」


「私からすると羊皮紙の方が珍しいですよ。初めて見ました」


「一体どうやって木から作るのですか?」


「えーっと、煮詰めて繊維を取り出して糊を混ぜてすく、みたいな感じだったと思うのですが… すみません、詳しくは知らないんです。ありふれた物過ぎて、どうやって作られてるかあまり気にした事が無かったんですよね」


「そんなにありふれた物だったのですか?」


「そうですね。鼻をかんだり汚れを拭き取ったり、使い捨ててました」


「紙を使い捨てですか!?」


 今度はアナスタシアの方がギョッとしていた。

 元の世界では当たり前にあったのでそれがどうやって作られているのかなど知ろうとも思わなかったが、今になると当たり前にあった物の有り難みが身に沁みている。

 特にシャンプーとかボディーソープとか本当に恋しいし、今一番心配しているのは月のものだ。

 毎月来るアレはどう処理すればいいのか早めに対策を立てなければならないが、男性だという体でいるので訊ねるわけにいかない。

 文字を覚えればその辺の事もコッソリ調べられるかもしれない。

 春希は絵本に目を移すと何気なく文字を追った。


「once upon a time… ん!?」


 読める。

 と言うかコレ英語だ。

 そう言えばステータス確認の魔道具でも数字とアルファベットは読めると言っていた気がする。

 名前はロシアっぽいのに文字は英語?

 そう言えば言葉はどうなっているのだろう。

 春希はずっと日本語で喋っているつもりだったが、もしかしたら他の人には日本語には聞こえていないのか?


「まあ、読めるのですか?」


「読めるには読めるのですが… ちょっと確認したいのですが、私が話している言葉って何語に聞こえてますか?」


「キリル語と呼ばれるこの大陸の公用語ですが、違うのですか?」


「私はずっと母国語の日本語で話しているつもりなのですが… 『once upon a time』 これは何語に聞こえてますか?」


「キリル語ですわね」


「絵本もキリル語なんですよね?」


「当然キリル語です」


 どうやらキリル語≒英語のようだ。

 詳しく調べたら多少の差異はあるかもしれないが、中学校から大学まで英語を10年も勉強したはずなのに禄に身についてない典型的な日本人の春希には確かめようもない。


「キリル語なのですが、私が元いた世界に現存する言語に良く似ています。でも母国語じゃないのでスラスラ読めるというわけはいかない感じですね」


 こんな事になるんだったらもっと必死で英語を勉強しておくんだった。

 英語は世界中で使えるのでできて損はないだろうが、まさか異世界でも使えるなんて聞いてない。


「全くゼロから学ぶよりいいのではないでしょうか?」


「そうですね。アナスタシア様の言うとおりです!」


 ちょっと落ち込んだが前向きなアナスタシアの言葉に少し救われた。

 むしろ異世界なのに英語だったのだからラッキーと捉えるべきだろう。


「全く読めない事はなさそうですが知らない単語などはあると思うので教えて頂けますか?」


「もちろんですわ」


 アナスタシアにところどころ教えてもらいながら絵本を読み進める事にした。

 とは言え絵本なので英語なので単語さえ分かればそう難しくない。

 絵本は勇者の伝承を子供にも分かりやすくしたもので、このチョイスも少しでも親しみのある話の方がとっかかり易いだろうというアナスタシアの心遣いだった。

 本当に流石だ。


 簡単に言うと、勇者が魔王を倒す為に神様から遣わされて魔王城を目指して途中で困った人を助け、助けた人を仲間にしながら一に魔王を倒す。

 世界に平和が訪れて勇者は役目を終えて元の世界に帰り、仲間達は神様にご褒美として願い事を叶えてもらえた、という話だ。


 と言うか勇者いい人すぎない?

 仲間は願い事叶えてもらっているのに勇者は何ももらってない。

 それとも元の世界に帰るのが願い事だったのだろうか?

 それでも異世界につれて来られて人助けして魔王倒してご褒美が帰れるだけってブラック企業も真っ青だ。

 でもそれをここでアナスタシアに言うと問題になりそうなので口を噤んだ。


「魔王ってやっぱり魔王城にいるんですか?」


「はい。歴代魔王は例外なく魔王城にいますよ。場所も変わりません」


「え? 毎回勇者に倒されるのに歴代みんな同じ場所にいるんですか? 私が魔王だったらせめて場所は変えますけどね」


「伝承なので今まで気にした事が無かったのですが、そう言われるとそうですね… 」


「フシギダネ」


 豪ちゃんも絵本をパラパラめくりながら不思議そうに首をひねっている。


 それにせっかく魔王を倒しても時間がたつと復活するらしい。

わざわざ異世界から勇者を連れてきて倒させておいて結局それじゃ意味ないような?

 そもそも神様も魔王のいない世界にすれば良いのにと春希は思ってしまうが、これも口に出すと問題になりそうなので黙っておいた。


〜次回プチ予告〜


エレナと面談

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