第13話
「ハルキ様、こちらはミハイルです。私の弟で、エカテリーナお義母様の3男です」
「ミハイル・ヴェリーキイ•アレクサンドラヴィッチだ」
武術の指南役なのでてっきりゴツい男が来るのかと思っていたら現れたのは少年だった。
ふわふわとしたピンク色の猫毛で、まるで絵画の天使が飛び出して来たかの様な少女と見紛うほどの美少年だった。
しかも本物の王子様だ。
「初めまして。須藤春希です」
握手を求めたが軽く無視された。
「ミハイルは一番得意なのは弓ですが、こう見えて剣も槍も体術も何でも使える万能タイプですの。ハルキ様はパワーよりスピードを活かした戦い方の方がよろしいのでは無いかと思いましたので、体格の良い騎士よりミハイルの戦い方の方が参考になるかと」
「確かにそうですね」
どう考えても大剣ブンブン振り回して戦えると思えないのでアナスタシアの見立ては的確だ。
「貴様は何も使えないと聞いたが」
「はい。何も経験ありません。初心者です」
『貴様』呼びに違和感を覚えたが、『貴様』や『お前』は昔は相手を敬う呼び方だったと聞いたことがある。
もしかしたらこちらではそこまで見下した呼び方ではないのかも?
ちょっと判断がつかない。
「ふん! 男としてそんな事でどうする。情けない!」
「えーっと、そうですね」
いや、やはりすごく敵対視されてる気がする。
と言うか最初からずっと仏頂面で睨まれているが、気付かないうちに何か失礼な事でもしてしまったのだろうか。
だが睨まれていても外見が愛らしすぎて全然恐くない。
「愛想はないですが初めは誰に対してもこうなので気にしないで下さい。自分の容姿にコンプレックスがあって少しでも強そうに見せたいようなんです」
「姉上!」
「可愛い、可愛いと言われるのが嫌なんですって」
「姉上!!」
春希とは違うベクトルだが外見へのコンプレックスとの事で俄然親近感が湧いた。
姉からコンプレックスを全部バラされてしまって膨れる様は本物に可愛い。
「ミハイル、カワイイネ」
「ミーシャって呼んで上げてください」
「姉上! その呼び方は止めて下さい!」
「幼い頃はアナ、ミーシャと呼びあったではないですか」
「私はもう大人の男なのです!」
「ミーシャ、カワイイネ」
「豪ちゃん、ストップ」
豪ちゃんは思った事を何でも口にしてしまうので問題だ。
「それにしてもお二人は仲がいいんですね」
「姉とは言ってもほんの数ヶ月の差ですからね。双子みたいなものですわ」
ミハイルが嫌がりそうだから言わないが、何とも麗しい双子だ。
「貴様! 自分が女性に人気があるからと言って調子に乗るなよ!」
口に出さなくても思ってる事がバレているようで思いっきり睨まれる。
「気にしないで下さい。ミハイルったら、お茶会でハルキ様が大人気だったので妬んでいるのです。あの場にいた」
「わー! 姉上!!」
アナスタシアが何か言おうとするのをミハイルは必死に止める。
恐らくあの場に意中の御令嬢でもいたのだろう。
「いや、あれは私の人気と言うよりは勇者が人気なだけですからね」
「ふん、思ったより良く分かっているではないか。ミレイアも勇者が物珍しかっただけで貴様の事を好いているわけではないからな!」
はいはい、ミレイアさんね。
全然記憶にないけど分かりました。
色々言われてもチワワにキャンキャン吠えられてる位の感覚で、むしろ健全な男の子って感じで微笑ましくすら感じる。
「まず体術から仕込んでやる! 覚悟しろ!」
決闘の申し込みの様に体術指南が始まったが、ミハイルの体術指南は意外にも丁寧で的確だった。
「薄鈍! それでも男か!」
時折口撃はするし中々のスパルタだが教える事自体は本当にうまく、春希の動きは目に見えて良くなって行く。
「ミーシャ、オシエルノジョウズ」
「ミハイルは指南スキルを持っていますからね」
豪ちゃんはいつもの指定席である春希の頭の上を離れて、アナスタシアと鍛錬を見学していた。
「ふん! 今日はこれくらいにしておいてやる!」
そう言い捨てるとミハイルは春希に背を向けてさっさと帰ろうとしていた。
「はぁ…はぁ…先生ありがとうございました」
肩で息をしながらお礼を言うと、ミハイルが振り返った。
「先生?」
「え? 先生ですよね? 教えてくれてるんですから」
「む、まあそうだな! 貴様も筋は悪くなかったぞ! 精進されよ!」
『先生』と呼ばれた事がよっぽど嬉しかったのか、最後は少しデレた。
恐らく初めて『先輩』と呼ばれて急に偉くなった様な、頼りにされているような、何とも言えないくすぐったい気持ちになるアレと同じだろう。
まあ春希が呼ばれた『先輩』は『先輩これで許して下さい』と下級生にメロンパンを差し出されたのが初めてだったが。
今だに何を許せば良かったのかも謎だ。
「ハルキ様。お疲れ様でした」
アナスタシアは的確なタイミングで春希にタオルを差し出した。
「ありがとうございます」
春希はそのタオルを受け取ると流れる汗を拭った。
「ミハイルったら、口が悪くて申し訳ありません」
「いえ、アナスタシア様が謝る事ではないですよ。それにあれくらい厳しく言ってもらった方が身に付きますから」
「そう言って頂けるとありがたいですわ」
「それにしてもミハイル様は教えるのがお上手ですね」
「指南スキルがある為でもあるのですが、ミハイルは適性が本人の希望と違っていてそれを埋める為に大変な努力を重ねてきたのです」
「ミーシャ、エライ」
「なるほど。苦労して身につけたからこそ指導も的確になると言うわけですね」
可愛くて努力家なんて、ますます好感度が上がって行く。
「ええ、お陰で軍部ではミハイルは大変な人気なのですよ。本人は女性人気が欲しかったようで不本意なようですが」
お年頃の男の子なので女性人気が欲しかったのに軍部のオジサマ達のアイドルになってしまったと言う所だろうか。
あんな子が努力を重ねていたら健気で可愛いし、応援したくなる気持ちも分かる。
逆に愛らし過ぎて女性からは一歩引かれてしまい、素直じゃない所があるのでイマイチお近づきにもなれないのだろう。
「なるほど、気持ちが分かります」
春希は完全にオジサマ側の気持ちだった。
「ハルキ様、まさか…」
ふとアナスタシアを見ると笑顔が固まっていた。
「いえ、純粋にですよ? 応援したくなるなあと」
何か良からぬ誤解を招いてる気がしたので思わず付け加えた。
「そ、そうですよね。あ、文字についてですが午後から私がお教えしますわね。後ほどハルキ様のお部屋にお伺いしても?」
アナスタシアが取り繕うに言った。
「ああ、はい。分かりました。よろしくお願いします」
『純粋に』などと付け加えたせいで余計に怪しくなってしまった気もするが、本来女性の春希が年下の男の子であるミハイルを可愛く思っても何も問題ないはずなのだ。
あまり気にしても仕方ないので午後からの座学に備えて昼食を取る事にした。
〜次回プチ予告〜
勇者の伝説