第12話
「はるきちゃんキライ!」
「なんでにらむの?」
「いつもおこっててこわい!」
「あっちいって!」
幼い頃よくそんなことを言われていた。
睨んでないのに。
怒ってないのに。
しかも言い返すと泣かれて、いつもこちらが悪い風になってしまうので口を噤むしかなく、何も悪い事はしてないのになぜか嫌われてしまう自分が悲しかった。
「はるちゃん、泣かないで」
「ゆうちゃん……」
幼馴染の勇太はいつも慰めてくれたが、なかなか泣き止む事ができなくていよいよ勇太も困ってしまった頃
「春ちゃん」
「おばあちゃん」
どこからともなく祖母が現れた。
祖母は春希が泣いたり困ったりしていると必ず現れるのだ。
春希の頭を優しく撫でると、二人の手を引いて家に帰り、甘くて美味しいおやつと良い香りのするハーブティーを出してくれた。
他の所で出された紅茶やハーブティーは子供の舌には渋くて美味しくないのに、祖母のハーブティーだけは渋くなくてホッとする味がした。
「おばあちゃんはハーブティーはおいしいね!」
「おばあちゃんのお母さんに作り方を教えてもらったのよ」
「ぼく知ってる! 『ひでん』って言うんだろ?」
「勇ちゃんは物知りね」
祖母は穏やかに微笑んだ。
白髪を結い上げた和装の似合うおっとりとした美人で、春希は祖母の事が大好きだった。
「おばあちゃんはどうしていつもはるきがどこにいるか分かるの?」
「それはね…」
祖母はふふふと笑うと二人を手招きする。
近寄ると耳元でそっと囁いた。
「おばあちゃんは妖精さんなの」
「「えーーー!!」」
「おばあちゃんの耳を見てごらん。少し尖ってるでしょう?」
言われてみると少し尖っているような気がした。
今思うとそう言われたから尖っているような気がしていたのだろうが、その時はすごい発見をしたような気分だった。
「本当だ!」
「尖った耳は妖精さんの印なの。妖精さんだから春ちゃんがどこにいるかすぐ分かるのよ」
「はるちゃんのおばあちゃんすげー!!」
勇太も素直で単純な性格なので目を輝かせて祖母を見ていた。
「3人だけの秘密よ」
と言って笑っていた祖母はその日から時々妖精さんの国のお話や、妖精さんの友達の精霊さんのお話、魔法使いのお話などお伽噺話をしてくれた。
春希は祖母の話すその夢の様なお伽噺も大好きだった。
その後祖母は痴呆が進んで着物も着ることができなくなり、夢と現を行ったり来たりしているような状態になるのだが、夢の世界に居る時はよくお伽噺を呟いていた。
おばあちゃん、春希は今、魔法使いがいる不思議な世界にいます。
もしかしたら探せば妖精さんもいるかもしれないよ? と言ったら祖母は喜んでくれるだろうか。
目を開けると天蓋が目に入った。
元の世界の自分のベッドには天蓋なんて大層な物はついていないので、ここが異世界だと言う事を思い知る。
幼い頃の祖母の夢を見たせいか余計に元の世界に帰りたい気持ちだ。
完全にホームシックだった。
須藤 春希 Lv.12
HP:2500/2500
MP:5300/5300
適性:魔人
【スキル】
自己治癒:C+
鑑定:D
魅了:D-
威圧:E+
アイテムボックス:E
とりあえず最近の朝の日課であるステータスを確認すると、いつの間にかレベルが上がっていた。
スキルもアイテムボックスが増えてるし、魅了もランクが上がっている。
昨日はジャーサラダを作った後お茶会に参加しただけで本当に何もしてないのに。
謎だ。
よく分からないけどレベルが上がっているのだから悪い事ではないのでよしとしよう。
とにかく、元の世界に帰るには本物の勇者に会うしかなく、その為には魔王を目指すしかない。
本当に会えるかどうかは一か八かな感じだがそれしか方法がないのだから仕方がない。
差し当たり旅をしても大丈夫なくらいの実力を付けなくては。
春希は重い腰を起こして修練場に向かう事にした。
修練場で軽く準備体操をした後、先日と同じようにクラウチングスタートで走ってみる。
今回は転がるような事もなく走る事ができたが、こちらの世界に来る前と比べると比べ物にならないくらい早い。
世界新記録とか優に超えてる感じがする。
「おはようございます。ハルキ様」
「アナスタシア様、おはようございます。お早いですね」
走っているとアナスタシアがバスケットを持ってやってきた。
「いつもより早く目が覚めてしまいまして。あの、朝餐は召し上がられましたか?」
「いえ、少し体を動かしてからと思いまして」
「ではこちらを召し上がりませんか?」
アナスタシアがバスケットに掛かっていたナプキンを取ると、中には小ぶりのサンドイッチが入っていた。
「ちょっと作り過ぎてしまいましたの」
「アナスタシア様が作られたんですか?」
「ええ」
「ちょうどお腹が空いてきたなと思っていたところなんです。ありがとうございます」
修練場の隅にあるベンチに腰掛けてバスケットの中を覗き込む。
王女様でも料理をするのか、すごいな、と思いながらサンドイッチを一つ取って口に入れた。
あ、これはアナスタシアが作った物ではないな、と直感的に思った。
まるでパン屋さんで買ってきたサンドイッチだ。
素人が作ったにしては上手すぎるのだ。
もちろんアナスタシアがプロ並みに料理がうまい可能性も否定できないが、こればかりは勘としか言いようがない。
「とても美味しいです」
とは言え、『これ、自分で作ってないですよね?』などと野暮な事は聞かない。
春希はバレた時に恥ずかしすぎるのでするつもりはないし、そもそも今まで手料理を振る舞える段階に達した事がないのが悲しいのだが、気になる彼を落とす為に手料理と偽ってデパ地下惣菜を盛付けし直して出すとか聞いたことがある。
恐らく勇者囲い込み計画的の一端で、お茶会で『料理上手が好み』と適当に言ったことを鵜呑みにした、国の為に勇者(仮)と友好的な関係を築いて行こうと言う多少の打算だろう。
とは言え春希はアナスタシアに悪い印象は持っていない。
若いのにしっかりしていて頼りになるし、一国の王女たるもの無垢なばかりではなく強かさもないと逆に心配だ。
それに普通の男がこんな美少女に手料理を出されたらイチコロだと思う。
そう、普通の男だったらね。
「それはよかったですわ」
アナスタシアは美しく微笑んだ。
「アナスタシア様、実はお願いがあるのですが」
「まあ、なんでしょうか?」
「この国の文字を覚えたいのですが、教えて頂けないでしょうか?あと戦闘訓練なども受けたいのですが、どなたかに頼めないでしょうか?」
座学で覚えられる事も沢山あると思うので是非文字は覚えておきたい。
例えば常識とか常識とか常識とか。
戦闘訓練は、一応魔王を目指して行動するのなら必須だろう。
「文字は私でよろしければお教えしましょう。戦闘訓練ですが、実はもう手配していますの。もうじき指南役が来ると思います」
「そうですか! ありがとうございます」
流石アナスタシア。
頼む前にもう手配済みだった。
訓練前にあまり満腹になるのも良くないので、軽めのサンドイッチで丁度よかった。
恐らくそのあたりはアナスタシアの心遣いなのだろう。
やはり出来る女性だ。
男だったら落ちていたと思う。
そう、男だったらね。
〜次回プチ予告〜
戦闘訓練の意外な指南役




