第11話
「ところでエカテリーナ様、勇者様の召喚に成功したというお話は本当でしょうか?」
オレンジ色の髪を結い上げた淑女、シャルロッテ・ヴォルフェンビュッテル公爵夫人が会談中に不意に訊ねて来た。
「え、ええ。よくご存知ですわね」
「すっかり噂になってますわよ。『人の口に防波堤は建てられない』と言いますからね」
召喚に成功したのはつい昨日の事だ。
正直いつかは噂になるだろうとは思っていたがいくらなんでも早すぎる。
それだけ『勇者』に対して皆の注目度が高いと言う事だろう。
「召喚に成功なさるなんて、王室の魔導師は優秀ですのね。たしか今の筆頭魔導師はタチアナ様の甥子にあたる方ですよね」
「ええ、その通りですわ」
タチアナことタチアナ・ニコラエヴナ•アレクサンドラヴィッチはこの国の王であるニコライの側室でアナスタシアの母だ。
エカテリーナとタチアナは幼い頃から親しく親友と言える仲だったが、アナスタシアを出産して間もなく産後の肥立ちが悪く亡くなってしまった。
親友の忘れ形見で良く似た面立ちのアナスタシアに、エカテリーナは義母としての義務以上に目を掛け愛しんできた。
「タチアナ様も優秀な魔術師でしたものね。アナスタシア様もタチアナ様に勝るとも劣らないとか」
「回復魔法で言えばアナスタシア程の使い手はこの国にはいないでしょうね」
親友の甥と娘を褒められると悪い気はしない。
エカテリーナは深く頷きながら答えた。
「それで、勇者様はどんな方ですの?」
「そうですね、素敵な方ですよ」
万が一勇者が勇者でなかった場合、国の権威に関わるのでハッキリ適性が確認できるまで勇者の存在は隠して置きたかったが、アナスタシアの話では勇者でほぼ間違いないだろうとの事であるし、もう噂が広まってしまっているのでは仕方がない。
適性が『勇者』ではなかった事だけは秘匿しておこう。
「所作が綺麗で気品があって」
「まあ!」
「物腰は柔らかくて」
「まあ! まあ!」
「教養もありそうでしたし」
「教養は大事ですわね!」
「それに何より見た事のない美男ですわ!」
「あらまあ! それは是非一度お目にかかりたいですわ!」
シャルロッテの反応が良いので少し話を盛ってしまった気がする。
ま、気にする程でもないとこの時は思っていた。
「そうですわね。私も一度皆様にお披露目したいと思っているのですが」
「そうですか! では明日は如何でしょうか?」
「明日、ですか? 流石に些か急ではありませんこと?」
「ですが勇者様はいつ旅立たれるか分かりませんよね? もしかしたらすぐ立たれるかも」
「そ、そうですわね。ですが急にお集まり頂くのも…」
「他でもないエカテリーナ様のお声がけでしたらそんな事気になりませんわ! 私からもお声がけしますわね」
「え、ええ…」
あれよあれよとお茶会を開く事になってしまった。
シャルロッテは悪い人ではないのだが昔から目的の為には手段を選ばない強引な所があった。
数々の浮名を流したヴォルフェンビュッテル公爵を射止めたのもその手腕故だ。
お茶会を開くのは良いとして、肝心の勇者は出席してくれるだろうか。
まあそこはアナスタシアに任せれば良いだろう。
アナスタシアにお願いされて断れる殿方など、もはや男ではないと思うのは親バカだからだろうか。
一番の問題は随分色男の様に言ってしまった事だ。
あんまり期待値を高くしてしまって、実物を見て『なんだこんなものか』と落胆を招いたらどうしようか。
と、心配していたらいい意味で予想を裏切られた。
件の勇者(仮)須藤春希がお茶会の会場である庭園に現れた途端、ほぅ、と皆から溜息が漏れた。
何やら物凄い注目を集めているが『勇者』を見る為に集まっているので仕方がないだろうと春希は自己完結した。
それよりもこの世界の人々は本当に美しい人が多い。
髪色も明るい色からダークカラーまで様々で、これまた色とりどりのボリュームのあるドレスが庭園を一面に咲き誇る花々の様だ。
「ハルキ様? どうかなされましたか?」
庭園に入ってすぐ足を止めた春希にアナスタシアが訊ねる。
「いえ、皆さん美しくてお花畑の様だなと思って」
微笑んで思った通りを口にすると、入り口付近にいたオレンジ色の髪のご婦人がヨロリとよろけて倒れそうになった。
「危ない!!」
ご婦人を慌てて抱きとめると
「っ〜〜〜〜!!……」
なんとそのまま失神した。
「え!? 大丈夫ですか!?」
「大丈夫ですよハルキ様。シャルロッテ様のそれは、その、病気の様な物ですから」
「え? 病気なんですか? 本当に大丈夫でしょうか?」
「お気になさらないでください。ささ、ハルキ様はこちらへ」
アナスタシアが大丈夫だと言っているが突然倒れるなんて重病なのだろうか?
心配だ。
春希の心配を他所に、アナスタシアがテキパキとシャルロッテを執事に預けて介抱させる算段をつけ、春希を庭園の奥に案内する。
因みに病気とは言っても単に美男が好き過ぎるだけで身体に異常はない。
そんな事情を知らない春希は、王妃様主催のお茶会ともなると病気を押してでも出席してしなければならないなんてお貴族様も大変だなと、気の毒に思っていた。
「勇者様、本日は急にお呼びたてしまして申し訳ありません」
「エカテリーナ様、いえ、私は大丈夫ですよ」
とは言え正直に言えばもうこれっきりにして欲しい。
「皆様、こちらは勇者様であられるスドウ・ハルキ様です」
エカテリーナに大々的紹介され少し恐縮しながらも何も言わないわけには行かないだろうと春希も口を開いた。
「初めまして。私の事は気軽に『春希』と呼んで下さい」
そう言うと会場に『きゃーーっ!!』っと黄色い声が合唱し、春希に向かってご婦人達が殺到した。
「ハルキ様! ご趣味はございますか?」
「お年はおいくつですか!?」
「好みの女性は!?」
「下着の色は何色ですか?」
「今度我が家にお茶にでもいらっしゃって下さい!」
「いえ! 是非我が家に!!」
「キケン! キケン! 春希、ココキケンガイッパイ!!」
「わー! 豪ちゃんストップ!」
セクハラ紛いな質問も混じっていたのであながち間違いではない気がするが、危険に反応する豪ちゃんを静止する。
「えーっと、趣味は読書、年齢は25です。好みの女性は料理上手な方でしょうか?ご招待については魔王討伐後に是非」
一度に質問に答えたが年齢以外は適当だ。
そして下着の色についてはスルーさせてもらった。
「愛らしいお人形ですわね」
「ゴウチャン、アイラシイ?」
「可愛いですわ〜」
「おしゃべりができるなんてすごいですわね」
豪ちゃんはご令嬢達に人気の様だ。
「皆様、お料理をご覧ください。こちらのサラダはハルキ様が考案されたものです。色々な種類がございますのでお好きなものをお選び下さい。」
アナスタシアがジャーサラダを皆に紹介するがなぜかいつの間にか春希が考案した事になっていた。
「いつもと同じサラダでもこの様にすると特別な感じがしますわね」
「色鮮やかで美しいですわ〜」
「サラダならいくら食べても罪悪感がありませんしね」
「持ち運べるのもいいですわね」
「我が家でも作らせましょう」
「ハルキ様はセンスもおありなのね」
ジャーサラダも好評な様で春希の評価は鰻登りだった。
「ハルキ様、本当に素敵な方ですわね…まるで物語から飛び出してきたような…」
いつの間にか復活したシャルロッテがエカテリーナに溜息混じりに呟いた。
「ええ、本当に、なんとまあ…」
一昨日会食であった時はここまでなかった気がするのだが、今日の春希は本当に輝いていた。
我が息子達より王子らしく、女性の憧れを具現化したような様だ。
それに何故だか背後に孔雀の羽根のような物が見える。
幻覚だろうか。
「嗚呼、私なぜ結婚してしまったのでしょう! 未婚であればっ!!」
シャルロッテはまるで悲劇のヒロインのように嘆いているが流石に年齢の釣合いが取れない…
しかしそれでもこの方なら何とかしてしまいそうなので、やはり結婚しておいてくれてよかった。
エカテリーナは曖昧に笑っておいた。
「えーっと、シャルロッテ様? お身体はもう大丈夫なのでしょうか?」
突然倒れたシャルロッテを心配していた春希はその姿を見つけて声をかけた。
「え! ええ、驚かせてしまって申し訳ありません。もう大丈夫ですわ」
あシャルロッテは春希に話しかけられて嬉しそうだ。
「無理されずに、辛いようであれば休んでくださいね」
「いえ、本当に大丈夫ですわ。それに私、今日を本当に楽しみにしてましたの。なにか勇者様に会える機会など一生に一度あるかないかですからね。休んでなどいられませんわ」
「勇者と言うものはそんなに現れる物ではないのですか?」
「100年に1度とも1000年に1度とも言われていて実際どれくらい遣わされているのか分からないのです。なにせ神が遣わした勇者が何処の国のどの街に、いつ現れるのかも分かりませんから気付いたら魔王が討伐されていた、と言う場合もあったようですよ。この国の王都に勇者がいると言う稀有な状況は召喚ならではですわね」
「へーそうなんですか」
これは有益な情報を得た、と春希は思った。
つまりそれはここに居続けても本物の勇者と鉢合わせして偽物とバレるという最悪の状況にはならないものの、本物の勇者に会える事もほぼないと言う事だ。
それだと勇者に会うためには魔王のいる所で待ち伏せするしかないかもしれない。
ただ勇者が現れるのがいつかが分からないのが問題だ。
本物の勇者と会う前に魔王が討伐されてしまったら終わりだし、勇者が現れるのが何百年も後だとそれはそれで終わりだ。
「勇者が遣わされる兆しなどはないのですか?」
「伝承では魔王の力が強くなれば遣わされると言いますから、強い魔物が多く現れたり新種の魔物が発見されるとその兆しだと言えるのではないでしょうか。なのでそろそろなのでは無いかという噂はあったのですよ」
以前聞いた話では被害を少なくする為とのような事を言っていたがどうも自国で勇者を囲い込みたい思惑が見え隠れする。
「シャルロッテ様、ハルキ様考案のサラダを召し上がりませんこと?ハルキ様あちらの御令嬢方もお話したそうですわよ」
エカテリーナに雲行きの怪しさを感じて話を切られてしまった。
「ハルキ様、ゴウちゃんは愛らしいですわね」
「ハルキ様の魔法で創られたのですよね?」
春希も御令嬢達に囲まれてしまいそれ以上シャルロッテと話す事ができなかった。
ジャーサラダはその後『勇者のサラダ』として貴族平民問わず大流行する。
そしてシャルロッテは
「どうすれば離縁できるかしら?」
と恐ろし気な事を呟いていたとかいないとか。
〜次回プチ予告〜
幼い頃の思い出