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第1話



––––時に飛び抜けた天才は周囲の理解を得られない事がある。


時代を先取りした思考や着眼点の違いなどから、その思考・行動を異端視されて周囲から浮いてしまう。


そんな天才––––ジーナス・エドワード・クラークは常日頃から周りの無能さに辟易していた。


それは彼自身の優秀さもさる事ながら、時代の先を行く『何故・如何してそうなるのか?』と言った、所謂科学的な思考を持ち合わせていた為、根本的に周囲の人とは噛み合わないのが原因である。



例えば少年時代のある日の事、ふと空を見上げれば雲が昨日よりも速く流れていた。


同じ空に同じ様に浮かんでいるそれらが何故今日に限って速く流れているのかと言う疑問を抱いた彼が『雲は何故流れるのか?』と近くの使用人に尋ねたところ、『時の流れと共に流れるのですよ』と返された事がある。


普通ならばその言葉に納得をする、若しくは否定をして別の誰かに再び同じ質問をするのだろうが、この時の彼はその答えを出した使用人を怒鳴りつけた。


時の流れが雲の流れに作用するというのならば流れの速さを比べた時その日その日によって一日の時間差に長い短いが発生する筈、しかし時刻と言う物が制定されている以上、一日の時間が前日に比べて増減すると言った様な問題は確認されていない。


だからこそ時間の流れで雲が流れるなどと言う事はない、物事を考えると言う事をしっかりと行って居れば誰でも分かる事だと怒ったのだ。


彼からすれば、世の中と言うものは須らく原因と過程が存在するものであり、合理的な答えが必ず用意されている。


にもかかわらず彼の周りの人々は物の在り様をそのまま受け止め、その先へ踏み込んで原因究明を行おうとする者が誰一人居ない。


両親に至っても先の使用人と似た様な思考であり、深く突き詰めると言った考えをしないどころか、物事を深く突き詰めようとする彼の思考を異端視して逆に叱責する始末。


その事からジーナスは両親を嫌い、彼らもまた腫れ物の様に彼を扱った。


元より虐待といっても差し障りの無い教育を受けていた事も相まって、十歳の頃に領地の一部を貰ったと同時に半ば家出の様に其処へと移り住んだ事もあり、周囲との才能差による孤独や両親からの虐待による人間不信も相まって––––彼は歪んだ性格へと成長してしまう。


平然と両親を含めた周囲の人間を見下し、気に触る事があれば短気を起こして周りへと当たる。


しかしながら天賦の才故に魔法の腕前や領地経営の実力などは人一倍完璧であり、知識や知恵も他の追随を許さない。


分譲された領地は枯れて無価値であったが、それを数年で回復させたばかりか、時代にそぐわない品種改良を行う事で家畜や農作物の生産性や味の良し悪しなどを向上させてもいる。


更に医療面でも薬草の研究や治験の実施、病の元である不衛生の改善など、人柄に反して功績そのものは素晴らしく、領民の人気は無いものの不満らしい不満はない。



驕り高ぶり短気な男で他人に厳しいが––––しかしそれ以上に病的なまでの完璧主義故に誰よりも自分に厳しかった。


自分の発明や政策に穴や改善点は無いか? 失敗に終わったそれらは何がいけなかったのか? より完璧且つ幸福な領地にする為には何が足りていないのか?


彼は常にその様な事を考え、自分の行動へ対しての絶対的な自信を抱きつつもその反面、誰よりも自分を疑っていた。


そんな人間だからこそ彼は入って来る報告を鵜呑みにする事はせず、可能な限り自分の目で現状を判断する。


––––今日は偶々そんな日だった。






ガラガラと馬車の車輪が砂利道を走る音を聞き流しながら視察を行った農村の事を振り返る。


報告書には小麦の収穫量が例年通りだと上がって居たが、今年は日和が良くなかった筈。


故に俺の計算だと例年を下回る予定だった為その確認をしに行ったのだが、今年の小麦は病気等に強いらしく、報告書の通りの量で間違いが無かった。


元々品種改良を行なっていた小麦であり、それまでの失敗からあまり上手く行くとは考えていなかっただけに今回の成功は純粋に想定外、嬉しい誤算である。


その為思いの外上機嫌だったが、急に馬車が止まり、慣性で身体が揺れたのでその上機嫌も吹き飛んだ。



「……御者、何故止めた?」


「き、貴族様、それが道端に人が倒れてまして……」



恐る恐るそう口走る御者の言葉を確認する様に、窓から道の先を確認すると、確かにボロを纏った人が倒れていた。


身なりからして平民、態々足を止める必要も無いのでこのまま行かせても良かったのだが、この行き倒れが疫病でも患っていたら面倒な事になる。


その場合下手に誰かが拾った場合、予防と言う概念を軽視している無知蒙昧な平民連中の間で瞬く間に広まるだろう。


魔法を使った治療とて万能では無い。寧ろ個人の腕の如何によって得られる効果が変わる事を考えると、この行き倒れを放置しておくのは少々リスキーか。



そう考えた俺は馬車から降りて、行き倒れの元へと向かったがどうやらコイツはまだ意識があったらしく、ほんの僅かに顔を上げた。


フードに隠れた顔ははっきりと伺う事は出来なかったが、バッサリと斬られたであろう傷跡が顔の中心を斜めに走っているのが分かる。


本来は尋問をするつもりだったが、このスカーフェイスは目が合った瞬間、怯える様に頭を抱えて丸まってしまう。


その態度に苛立ちを感じ、脇腹の一つでも蹴り飛ばしてやろうかと考えた矢先、ふとスカーフェイスの手に目が行った。


裾の奥から僅かに見えるだけではあったが、日常生活を送る上では出来る事の無いであろう形の整った火傷の跡と刃物による切り傷。


しかも長袖の服なら辛うじて隠れる様な位置にそれらは刻まれている、日常的に虐待をされていた証拠だろう。


そう考えた瞬間、幼い頃に受けた『教育』がフラッシュバックし、思わず舌打ちをしてしまった。



「……チッ。貴様、名はなんだ?」



『教育』の記憶を振り切る為に態とらしく名を聞いたが、相手は怯えるばかりで返事が無い。


その態度に自分の昔の頃を思い出しそうになった俺は、苛立ちを隠す事なくフードを剥がし、髪を掴んで無理矢理目線を合わせる。


フードの下に隠れていた顔は人形の様に均衡のとれた顔立ち、金糸の様な髪も相まって非常に美しいのだが……それを台無しにするように意図的に大きな傷をつけられている。


容姿に関しても虐待を受けていたのだろう、必死で顔を隠そうとしているが、俺の知った事では無い。



「もう一度聞くぞ女、貴様の名は?」



若干の威圧を込めて睨み付けながら再びそう問い質したが、口をパクパクとさせるだけで声を出せていない。


視線の彷徨わせ方や虐待の痕跡から考えるに、これは心的外傷による失声症(しっせいしょう)だろう。


––––イラつくほど、思い出したくも無い事を思い出させてくれるな。



「喋れないのならそれでもいい、最早名は聞くまい。……喜べ、貴様に一つ選択肢をくれてやる」



何故そんな事を言ったのか、冷静に自己分析してみると、この時俺はこの平民の女と自分を重ねていたのかもしれない。



「一つはこのままこの場所で朽ち果てる道、誰もお前を助けないし誰にも愛されないまま人生を終える事になるだろうが––––もし貴様がまだ生きたいと言うのなら、俺に着いてこい」



一つ粗相をする度に激しい折檻を受けていたあの時の自分を助けるつもりで、恐らく俺はこの女に向かって手を差し伸べた。


はっきり言うなら同族意識だろう、普通の行き倒れだったのなら見捨てていたと断言できる。


だから、この女が弱々しくも立ち上がって俺の後を付いてきた時、嬉しくもあり忌々しくもあり……複雑な気持ちになるのだった。




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