絆創膏同盟
あの子は可愛い。
あの子の長く茶色い髪が好き。
あの子の発する声が好き。
あの子の左になびく前髪が好き。
あの子の
「叶さん」
背後から名前を呼ばれたため、驚いて座っていたイスが音を立てた。
「えっ、はい…?」
今、ノートに書いていた内容を見られたと思ってどきどきしながら後ろを振り返った。
あの子だった。少し緑がかった茶髪で長い髪をやわらかく両肩にのせて。
「あっ驚かせちゃった?ごめんね あの絆創膏持ってる?」
ちょっと申し訳なさそうな表情をして、また小さくごめんねと言った。
「あっ、もってるよ!えっと1枚でいい?」
「うん ありがと」
ペリペリと絆創膏を開封してそっと右手の薬指に貼り付けた。
その仕草でさえとても美しくて、ついじっと見つめてしまった。それに気づいてか、
「ささくれ、剥いちゃったんだよね」と曖昧にわらった。
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あの子の左になびく前髪が好き。
あの子のジーンズのぴったりと脚にフィットしたのが好き。
あの子の絆創膏を貼る姿が美しくて好き。
「はぁ……」
そこまで書いてボールペンを置いた。
「なに、やってるんだろうな」
あの子に近づきたいとか、友達になりたいとか、ましてや付き合いたいなんて、そんな風には思ってないんだけど。だいたいきっと、同性同士なんて、変だと思われる。あの子には高校生の時から付き合っている彼氏がいるから。
わたしは、あの子を遠目から眺めているだけで満足だよ。
カバンの中からポーチを取り出した。ウサギの絵柄の小さなケースに絆創膏が5枚入っている。市販の安いものだ。かわいい柄などはついていない。
こういうところだよなあとわたしは短いため息をつく。どうせ、あの子にあげるならかわいい柄のついたものをあげるべきだった。わたしが使うだけならシンプルなもので十分だから考えもしなかったけれど…。
「かわいいやつ探そうかな」
「おはよ」
後ろから肩をぽんと軽くたたかれてびくっとなった。
「あっ?、えっと、おはよう…」
「あははっ、また驚かせちゃったね ごめんごめん」
また、、あの子だった。
わたしってば、昨日からびくびくしすぎだ。ひととの付き合いを積極的にしてこなかった自分が恥ずかしい。
「はいっ、これ 昨日のお返し ありがとね」
目の前にぴっと差し出された、それは絆創膏だった。それも色、水玉模様のついた絆創膏。わたしにはとても似合わないと思った…けれど。
「え あ、ありがとうっ!うれしい…とても…」
「あははっ、それはよかった。」
彼女は満面の笑みでおおきくわらった。
そのすぐあとに表情を変えずに言った。
「だって、叶さん、よく使うもんね。あたし、いつも見てたの。叶さんの指先いつも絆創膏貼ってあるよね」
凍りついた。何がとは言わずとも、背筋が、口角が、表情が、両足が。
わたしはどんな顔をしていただろうか。誰も説明できないのではないか。息ができない。
「あたし、昨日ささくれだって言ったけど、そんなもんじゃないんだ。なんか癖でさ、剥いちゃうんだよね。血が、出るまでさ……良くないよね でも…」
「…叶さんも、だよね?血が出るかはわからないけど。指先を見つめてるでしょ、そのときのさ…目が、綺麗だなーって…………」
”綺麗”?
”いつも見ていた”?
わたしを?あの子が?
変だ。これはきっと夢。こんなことありえない。そんなはずはない……
「えと……あの……」
「……やだ!あたしってば何言ってんだろ!!えっとごめんね!!はずかしー!ごめ、忘れて……忘れてほしくはないけど、、ん〜〜」
胸が締め付けられる。ありえないと思ってる。おもっているけれど、この状況で夢を見られないなんて酷すぎる。いいのかな、いいよね……
「あの、待って!」
「これ………わたしからも…」
今日の朝、買ってきた絆創膏。柄付きのかわいいものを選んだつもりだ。
「……ええっ くれるの?ありがと〜!えっ かわいい!こんなのもあるんだね」
彼女にいちばん似合いそうなものを20分くらい吟味した。それは恥ずかしいから言わないことにしたけれど。
「なんか、なんのお返しかわからなくなってきたね」
彼女は本当に笑っていた。とても美しかった。ちょうど太陽がわたしの後ろから照りつけた。目の前の彼女はまぶしーと目を細め、手で覆った。
彼女はまだ右手の薬指に絆創膏を貼っていた。昨日わたしがあげた柄のない絆創膏を。
昼休み、彼女の横顔をときどき見ながらノートに続きを書いた。
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あの子のジーンズのぴったりと脚にフィットしたのが好き。
あの子の絆創膏を貼る姿が美しくて好き。
あの子の横顔がとても好き。
あの子の太陽に照らされた顔がとても美しい。
あの子とわたしは絆創膏でつながっている。
絆創膏同盟。
「あれ、叶さん 勉強してるの?えらいね」
ぬうっと彼女がノートを覗き込んだ。
「うっわああ!!!」
わたしはありえないくらい大袈裟なほど、大きな声で驚いた。同時にガッタンと音を立ててイスごとわたしはひっくりかえった。
「あははははっ あはっ叶さんっ、あははっ大丈夫??あはははっ」
彼女の笑い声が教室のざわざわした空気によく響いた。
ああ、なんて、彼女はこんなにもかわいいんだろう。
なんて、わたしは………
こんなに幸せな気分ははじめてだ。
わたしもわらった。大きな声で、それはもう、疲れるくらいに。