9月4日
「夢の中で逢ったような……は!」
くわっと目を見開くしじみことぼく。
「夢オチ……ではないようだな」
ガールズバーから帰ったあとそのまま寝てしまったらしい。まあよくあるある。
「あれ、待って。今日って四日じゃん。……成績開示やん、明日」
その瞬間心臓が高鳴る。これが……恋!?
「いやいや成績に恋してどうすんねん。生まれるのは人間と紙のハーフか。おおかみこどもの雨と雪も腰抜かすわ」
ってこんなバカなこと言ってる場合じゃない。さっさと飯食って脚本や。
それにしてももう成績開示か。夏休みも終わりってことやな。悲しいで。
ぼくは感傷に浸りながら昼飯を食べる。今日は昨日の夕飯の残り物と白飯。うまうま。
そして日課の朝ドラ視聴。健の手が!
そうこうしている内にもう三時。このままだと何をすることもなくバイトに行く時間になる。それは避けたい。
食器を片付けいざパソコンへ。昨日書いた脚本を眺める。
この脚本学校に入って一番ぼくがしていることは、ぼくが書いた作品を翌日のぼくが見ることだ。これが中々ためになる。
脚本を書いているぼくと翌日の冷静なぼくは割と意見が違う。「え、これ別にいらなくね?」とか「ここもうちょいこうしたほうがよくね」とか色々アドバイスをもらえる。今回もそのパターン。ちょこちょこ直す。
脚本を直しているとすぐに時が経つ。気づけばバイトに行く時間なので着替えてバイトへーあ、レッツラゴー(ゆきりぬふう)。
今日は台風の影響で風が強く、お客さんの帰宅時間が早いので割と混んだ。フライヤーが売れる売れる。
十時に終わって帰宅。そのままランニング。風が強くて途中歩いたりしながらもいつもの距離を走る。ちょっとわくわくしながらね。
汗だくでシャワーを浴びて自室で一息つく頃にはもう十一時半。もう少しで成績開示だ!
そわそわしながらだらだら過ごして十二時。成績の欄を見るがまだ反映されていない。
「そーいやいつも一時くらいだったな」
昔の成績ツイートが一時半とかだったので今回もそのくらいだろうと思い脚本をまた考える。
気づけば一時過ぎ。
成績を見ると開示されていて割と取れてた。が、まあまあ落としていた。でもまあ進級的には問題なさそう。まあ、留年した人間なのでそりゃそうなんだけど。
ちょっと友達と連絡を取ってから喉が渇いたのでリビングへ。父との遭遇。
「単位、割と取れてた」
「そうか、良かったな」
そこから話は就活に移行する。
ぼくは父に就活なんてせずに脚本で賞を取ってデビューしたいと告げた。
「就活しないってことはフリーターになるのか?」
「うん」
「はぁ? おまえ浪人と留年してんだぞ。お前にいくらかけてると思ってんだ」
「まぁ、そうだけど……しかたないじゃん。興味ないんだから、今の大学でやってること」
「興味ないとかそういう問題じゃないだろ」
煙草を吸いながら父は射殺すような目でぼくをみる。
「フリーターになってどうすんだ?」
「なにかしらの賞をとる」
「取って、そのあとは? 食っていけるのか?」
「さぁ、知らない。あんまり興味ない」
「どうしてそんな考え方になるんだ。普通に就職すればいいだろ」
「だって面白そうじゃないし」
「仕事っていうのはさ、楽しいものじゃない。いつも言ってるだろ。辛くて厳しいものなんだ」
「べつに、そっちのほうが興味があって面白そうって思ってるだけで楽しいものだなんて思ってない」
「あのな、脚本家だっけ? そんで賞を取る? 賞を取ればいいってもんじゃない。ああいうものはプロ野球選手と同じで書けなかったら食っていけないんだ。そんなの、先がない。おまえはそのあとどうするんだ? 言っとくがそこからまた就職先を見つけようとしたってみつからないからな。世の中なめすぎだ」
「知らないよそんなの。でももし賞を取れて脚本家になれそうだったら俺は脚本家になる」
「いやいや脚本家になんてならなくていいだろ。ちゃんと就活して、ちゃんとした会社に入って、それで気が向いたときに脚本を書けばいいじゃないか。それで賞に応募すればいい」
「なら大学にいる間に賞をとる」
「だから賞を取ればいいってもんじゃない。ああいう世界は競争が激しくて、書けなくなったら終わりだ。そしたらおまえ、どうするんだ?」
「知らない」
「知らないって……あのな、知ってるか? 宮崎駿は別に賞を取ってデビューしたわけじゃないし、他に有名な人も全員が全員賞からデビューしたわけじゃないんだ。だからまずは会社に入って安定した収入を得る。そこから考えればいい」
「でもおれはもし賞が取れて脚本家になれそうだったら脚本家になる。その先のことは知らない」
「なら五、六年前で有名な賞で大賞を取った人の今を見てみるか? ネットで探せば出てくる」
父は有名なドラマ大賞で大賞と取った人をネットで検索する。名前を調べてツイッターに飛んだりする。
「ほら見てみろ、この人は普通に違う仕事してる」
「知らないよそんなの」
「いいか。大賞を取ったってこんなものだ。佳作なんて意味がないに等しい。ここはそういう世界なんだ」
サラリーマンの父は言う。
「だからやめとけ。普通に就職しろ」
もう僕は言葉が出なくて自室に戻る。パソコンを開く。
ぼくがやることは一つだ。
脚本で賞を取ること。
父とこういう喧嘩のようなものはよくある。父とは人生の価値観が合わない。でも、父は真実を言ってるんだと思う。ぼくは甘ちゃんなんだと思う。
でも決めてしまったことだから。やるしかないのだ。くよくよする負の感情は、脚本の原動力になる。
僕は脚本を書く。
気づけば朝になっていた。