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前篇

言い訳

公開していなかった作品をちょっとだけ手直しして公開する事にしました。


「………………んっ………………あっ………」


 何かが聞こえる。


「くっ………………はぁはぁ………」


 その音は、とある屋敷の一室に響き渡る声。


「………はぁはぁ………………」


 その声は何か耐えるようにも聞こえる。


「………………………あっ!」









 ( あっ! 思い出した! )


 寝ていた脳が一気に活性化するように夢で見ていたような光景が現実のものだった(・・・)と自覚する。

 どうやら、私は『転生者』と呼ばれる存在らしい。


「ブラッドリー様、お目覚めになられましたか!?」


 寝ている所から飛び上がったように起き上がった私を侍女が心配そうに、そして嬉しそうな声で尋ねてくる。

 彼女は私が幼い頃から、良く面倒を見てくれていた侍女だ。

 

「すぐにお医者様をお呼び致します! まだ横になっていて下さい!!」


 私はブラッドリー=グレイヴィン。前世の記憶を思い出したからと言っても、今の記憶と気持ちに変化はないようだ。

 先ほど部屋を飛び出していった侍女は、私の初恋の相手だ。

 長く我が家に仕えてくれている。その恩に報いる為に、彼女には幸せな婚姻先を用意して私の初恋は終わりを告げた。その思いはまだ自分の中に燻っているのを感じると、安心と忘れてしまいたい気持ちが交差する。


「ブラッドリー様、御身体をお拭き致します」


 初恋の彼女が出て行ってすぐに他の侍女が、私の身体を清めてくれる。

 考え事をして気づかなかったが、凄い汗をかいていたようだ。


「あなた様は、もう1週間もお休みになられたままでございました」


 これはお約束と言うやつだろうか? 前世の記憶を思い出すと熱を出す。

 だが、前世ではない記憶を辿る限り、木に登って落ちたり、また転んだり、誰かから襲撃されたような記憶は全くない。


「すまない。倒れる直前の記憶がないのだが、分かる範囲で教えてくれないか?」


「かしこまりました。御当主様と共に朝食を召し上がっている際に突然倒れられました。その後は原因不明の高熱で、ずっとお休みになられておりました」


 食事中に倒れた? シンプルすぎて原因が分からない。前世の食事と似たような料理でも出たか? 味に感動して美味いぞぉぉぉぉぉ!的なノリで記憶が呼び起こされたか?


「ブラッドリー様。御身体の調子は如何でしょうか?」


 私の様子が落ち着いてきたように見えたのか、そう尋ねられる。今は頭も働いているように思えるし、身体も特に熱くない。むしろ拭いて貰って清々しいくらいだ。


「身体を拭いて貰って、むしろ心地よい感じだ。感謝する」


 そう告げると、私の身の世話をしてくれている侍女たちが涙を流し始めた。


「ご無事で本当に………良かったです」


 かろうじて、そのように聞こえる声に、彼女たちに心配を掛けてしまった事を申し訳なく思う。

 自身のことを考えるより、今は心配してくれていた家族とも言える人たちを安心させよう。


「私はこの通り、もう大丈夫だ」


 拳を握って、元気ですよ。アピールをしてみる。


「油断は禁物でございます。お医者様もすぐに参られます。少しでも横になっておいで下さい」


 デスヨネー。1週間も高熱で寝ていた相手が、起きていきなり元気ですって言っても信じて貰えるわけがない。

 彼女たちの気持ちに報いる為にも、素直に指示に従う事にした。





 その後は、医師の診察を受けて、問題ない事が確認されたが様子を見る為に丸1日は寝て過ごした。


「そういえば、リリーはなぜ戻ってきたの?」


 リリーは私の初恋の侍女だ。彼女は結婚して、それと同時に仕事も辞めていたはず。


「バートンからブラッドリー様の状態を知らせとして受けました。その後、旦那様より再度、短期間の雇用の打診を受けた次第です」


 バートンはリリーの旦那さんだ。我が家の若い執事で次期執事長と目される注目の若手だ。

 戻ってきてくれた理由は分かった。バートンには悪い事をした。まだ新婚でいちゃつきたい時期だろうに………………………。ざまぁみやがれ!


「すまなかった。リリー、私の為に」


「いえ、ご無事でしたのであれば、それが何よりでございます」


 微笑んでくれたリリーの瞳は弟を見るような家族に向ける暖かい瞳だった。終わってしまっている恋心には、まだ少しツライものがあるが、その暖かい瞳が何よりも嬉しかった。


「この後はどうするの?」


「はい。また今しばらくはお屋敷で働かせて頂こうと思います。せっかく家を頂いたのですが、すぐに掃除も終えてしまうので退屈しておりましたから」


 リリーは優秀だ。この広い屋敷で昔から掃除を含めて、本当に良く働いてくれていた。そんな彼女が、普通の一軒家を貰ってもすぐにする事がなくなってしまうのは頷ける。

 ただ、それも言い訳で、きっと私の心配をしてくれている事は痛いほど良く分かった。ここは何より、まずは健康を取り戻す事から始めよう。





 前世の記憶で思い出された事を整理しながら、侍女たちに迷惑がかからないようにベットの上で生活をした。

 目を覚ましてから、丸3日が経過してようやく、部屋の外へ出る許可がもらえた。大人しくしすぎて身体が硬くなってしまっていたようだ。歩く時に違和感がある。


「旦那様より、本日より可能であれば皆様とご一緒にお食事をとるようにと言伝を預かっております」


 ベットから起きて違和感のある身体を歩いたりして慣らしていると、言伝を伝えに来た侍女からそう告げられる。

 倒れてから約10日も経っている計算になるし、家族にも回復した姿を見せてあげたい。


「分かりました。父上にはご一緒させて頂くとお伝え下さい」 

 

 本音を言えば、苦手で会いたくない家族がいるのだが、それ以上に愛していて、すぐに会いたい家族たちへの気持ちの方が強った。

 




「ブラッド。もう良いのか?」


「はい。父上。ご心配をお掛け致しました。私はもう大丈夫です」


「そうか」


 家族と言うには短い会話のみで、食事が開始される。

 グレイヴィン家は侯爵という家柄で、貴族家としてはこれが当たり前の日常だ。だが、私の姿を見て、父は安心した顔を見せてくれた。

 交わす言葉は少ないかもしれないが、私たちには私たちなりの愛情の伝え方がある。これで大丈夫だと思っている。私も出来るだけ笑顔を父に返した。


「では、食事にしよう」


 父である侯爵の声によって、次々と料理が運ばれてくる。本日の食事は私が好きなメニューだった。

 病み上がりという事で、他の家族とは少し違った、食べやすいように工夫された料理が運ばれてくる。これも気遣いをしてくれたがゆえだ。感謝。


 前世の記憶では見たこともないような豪勢な食事であったが、今を生きる私にはこの料理が故郷の味だ。前世の料理を食べたいとは思わない。


 ふと、そんな事を考えながら食事をしていると、他の家族と目があった。

 あれは………………………。


 そうだ。あの目は倒れる時にも見た目だ。あの朝、挨拶をした時に向けられた目だ。とても苦手な視線だ。

 ………何か大事な事をおぼろげながらも思い出しつつ、食事を続ける。


( なんだろう? この違和感は………。大事な事を忘れている気がする )


 そんな疑問を抱いた時に、愛する家族である妹とも目があって、微笑まれた。

 ………………この微笑には覚えがある。


 確かあれは………ゲームで………。

 選ばれなかった主人公は死亡した状態で物語が始まる………。

 そんな言葉が頭の中を駆け巡る。


 そう、確か毒殺………。


( 毒!? )


 とっさに本能が警戒するように、一度口に入れてしまったデザートを吐き出す。

 口に含んだだけで、飲み込んではいない。

 その後、すぐに水で口を濯ぐが、口の中にわずかな痛みと強い痺れを感じる。


( この感じはやはり……… )


 私の様子に慌てた父が医者を呼ぶような声と、妹のこの世の終わりのような………記憶の奥にあるどこかで聞いた事のあるような悲鳴を聞いた気がした。





「ブラッドリー、目を覚ましたか!?」


 前回の記憶を取り戻した時と違って、意識が曖昧な状態でも父の声が聞こえてくるような気がする。

 

「御当主様。ブラッドリー様が、お目覚めになられたのであれば、もう安心でございます」


 他にもう1人の声がする。確か私を見てくれた医師だ。

 グレイヴィン家のお抱えの医師で、子供の頃からよくお世話になっていた相手だ。


「大丈夫か? ブラッドリー?」


 心配そうに顔を覗きこむ父の姿が、まだぼんやりとしているが、徐々にハッキリと分かってきた。


「大丈夫です。父上。………と言いたい所ですが、少しだけ意識がはっきりとしません」


 ここで大丈夫と言い切る事は簡単だが、それこそが心配をしてくれる家族を裏切る事になる。

 そう思って素直に自身の状態を説明した。


「それは解毒薬の副作用でございます。ブラッドリー様が前回お倒れになられた時より毒の可能性を考え、解毒薬を用意しておりました」


 今、医師の口から毒という言葉が聞こえた………。

 やはり私が倒れる前に口にしたデザートに毒が入っていたのか………。

 そして、思い当たる犯人は、私をあざ笑うようなあの目で見ていたあの女だろう。


 明らかな殺意と侮蔑の………。

 あの目を見て確信できないのであれば、その者は愚か者と呼ぶべきだ。


「父上。私はやはり毒を盛られたのでしょうか?」


「……………………そうだ。毒を盛った犯人は既に捕まえた。口を割ったが、その毒を用意した者たちは既に逃亡している。おそらくこの世にもういないであろう」


 ある程度は分かっていた事だが、実際に聞くのでは感覚的にも感情的にもかなり辛い。


「とにかく、今はしっかりと休め。完全に薬の副作用が抜けるまで、数日間は、またこの部屋で過ごせ」


 先ほど目を覚まして、まだ僅かな時間しか経っていない。

 だが、倒れる直前に思い出した事がある。

 ………その事はすぐにでも、無理をしてでも、しないといけない事だ。


 せっかく原作と違って生き延びた命だ。

 もしかしたら、次の日には別の要因で亡くなる可能性もある。

 だから、話せる今しかないチャンスはないかもしれない。ならば、無理をするしかない。


「お待ち下さい。父上」


 医師と共に退出しようとうしていた父を強い口調で呼び止める。


「どうした? 安静にしていないと治らんぞ?」


「前回、私が倒れたのも毒なのですね。父上。………私がまだ成長しきっていないから、毒見役よりも早く私に効果が及んだ。違いますか?」


 私は知っている。このグレイヴィン家の結末を。そして、最愛の家族に訪れる死を。


「もしやとは思っていたが、おまえもそう思っていたのか?」


 私の発言に父は悲しそうな顔を覗かせる。


「はい。そして、リリーを侍女へ戻したのは、私の身の安全を守る為ですね」


「そうだ」


 最愛の家族だけではない。

 私がこのまま死ねば、リリーも、その夫バートンも死を迎える。

 今の意識がハッキリしない? 曖昧? 体調が優れない?


 だからどうした!

 私が記憶を思い出したのは、最愛の人々を守る為だ!

 それ以外に理由は考えられない!

 だからこそ、そんなものを具合の悪さなど押し殺してでも告げてやる!


「恐らく、私が最初に倒れる時に使われた毒は、徐々に投与されていたはずです。そして、その独特な匂いに覚えがあります。私の水差しを用意した者をお調べ下さい」


 匂いというのは嘘だ。働かない頭で話すことを整理しながら、必死に私の望む方向へ話を誘導する。

 私が知っている記憶の中の真実へと。


「分かった調べよう。だが、その独特な匂いとはなんだ? 初めて聞いたぞ?」


 私の嘘に、父が興味を持ってくれた………。

 これで私の知っている事実の………私の大切な人の仇討ちも出来る………。


「独特の匂いは………………………………………母からも感じた香りでした」


 私の言葉の意味するところを理解したのか。

 父は血相を変えて、周りの者に指示を出す。


 もし、私の持っているこの記憶に誤りがあれば、無実の者を追い詰める事になってしまう。

 だが、記憶が蘇ったおかげで確信している。

 今までこの記憶がないままに過ごしていた時の私が感じていたあの違和感の正体を………。


 私の毒殺未遂事件と私の発言に端を発した騒動は、その後のグレイヴィン家の運命を大きく変えて行く事になる事となった。





 私はブラッドリー=グレイヴィン。

 とあるゲームの世界と類似した世界に転生した転生者だ。

 

 そのゲームはいわゆる『恋愛シミュレーションゲーム』というやつで、同時に『ギャルゲー』でもあり『乙女ゲー』であった。

 このゲームは、主人公を男か女で選ぶ事によって、両方を楽しめるゲームだった。


 私の前世はオタクと呼ばれるタイプの人種だと思われるが、幸いな事に細かな記憶はない。

 前世の家族の記憶などが抜け落ちている為、前世の記憶を得ても、今の家族を本当に愛せている。

 そう言った意味で幸いだ。


 そんな前世の私は、このゲームをやり尽くしており、その知識を正確に有していた。

 

 『ギャルゲー』パートと『乙女ゲー』パートで、登場する同じキャラクターでありながら、全く違った表情を見せる攻略者たちが、最大の特徴であった。


 そして、このゲームの『ギャルゲー』パートの男主人公が、おそらく私だ。

 おそらくという理由が、この世界は『乙女ゲー』パートの方の世界で、その場合、男主人公は幼い頃に毒殺されている。

 つまり、今と良く似た状況という訳だ。


 反対に『ギャルゲー』パートの場合は女主人公が死亡している。こちらは事故で亡くなる。

 互いに同時にこの世界には存在できない。


 選んだ側の主人公は、男なら毒殺、女なら事故。

 その死が訪れる事件がまったく起こらない状態から物語が始まる。


 そして、私の毒殺事件は起こってしまった。その為、『乙女ゲー』パートの世界だと判断した訳だ。


 当然、この世界をゲームの世界と断言はせずに、女主人公側の事故も同時に起こっている可能性も考えた。


 ただ、『乙女ゲー』の女主人公は、名前は自由に決められ、かつ学園が開始される半年前まで家名を持つ事はない。

 もし、事故が起こっておらず、『乙女ゲー』パートとして世界が回っているのならば、探し出す事は自体が困難だ。

 それでも、今こちら側の問題を片付けたら探し出そうと考えている。

 ………彼女も私と同じ転生者の可能性が高いからだ。


 その為に、まず現実と向き合おう。

 この世界はあくまで類似する世界だ。

 愛する家族がいて、私を心配してくれた大切な人々がいるこの世界を守る為に。





「ブラッド。お前の言うとおりだった」


 私が毒で2度目に倒れてから、さらに2日が経った。

 その間のグレイヴィン家は慌しかった。


 まずは次期当主を暗殺しようとした者がいた事実が騒がした原因のひとつだが、その毒殺犯の黒幕が現在のグレイヴィン夫人であったからだ。


「侍女長が吐いた。お前に毒を盛っていた事を。………そして、お前の母にも同じ毒を盛って殺害した事を」


 侍女長は、元は実母付きの侍女だった。


「お前が気づいて本当に良かった。危なく証拠を消されるところであった」


 私の実母が正妻だったが、妹を生んでしばらくして亡くなった。

 その後釜に座ったのが、父親が王弟で公爵の位にいる現グレイヴィン夫人であった。


 まあ、まもなく()夫人になる現グレイヴィン夫人が父と婚姻を結んだ時に、その侍女を侍女長に指名していた。

 父も最初は実母を支えた侍女を評価しての事だと思っていたが、知ってしまった事実は残酷だった。


「如何に公爵家と言えど、暗殺の証拠があれば罪に問える。妻の仇を討つ事が出来る………」


 父は私の実母を本当に愛していたようだ。

 その愛情を変わらずに、今は私と妹にも注いでくれている事が分かる。

 そんな家族をこれ以上失うわけにはいかない。

 私の知っている結末は、まだ終わりじゃない。


「父上。私は他に気になることがございます」


 グレイヴィン侯爵家の結末は、父は国家の金を横領した罪で、妹は王太子の婚約者………つまり悪役令嬢としての立場で罪を着せられて処刑される。

 侍女のリリーも執事のバートンも実行犯として共に処刑されるのが、『乙女ゲー』パートの末路だ。


「うむ。お前の話は聞いておいた方が良いと思っておる。勘違いでも構わん。思ったことを申せ」


「ありがとうございます」


 きっと、今回の事だけじゃなく、共に過ごしてきた日々の信頼によっての言葉だと分かる。だからこそ、絶対に死なせない。


「おそらく、今回の件は王家が関わっていると思われます。ゆえに、証拠を示してもさして重い罪に問われない可能性がございます」


「なぜ、そう思ったのかも話してみよ」


 父はどちらかというと武官よりの地位についている。

 財政官や宰相という金銭に関わる仕事をしていないのに国家の金を横領出来る訳がない。

 むしろ、我がグレイヴィン侯爵家は潤沢で、そもそも横領する理由がない。


「そもそも、妹が未だに王太子殿下の婚約者候補に残っている事に疑問を感じております。我が侯爵家は王家との血筋の繋がりはなく、公爵家にも年の見合うご令嬢が多数いらっしゃる中で、明らかに不自然です」


 父は、武官よりの為か。この辺を疑問に思っていなかったようだ。


「おそらく、妹を婚約者として迎えて、同時に私を暗殺して我が家の財を乗っ取る目的があるような気がしております」


「それだけの理由で、疑うにしては確信があるように見えるが?」


 さすがに父親だけあって、私を良く見てくれている。


「はい。これと言った根拠は確かにありませんが、私が毒をとっさに吐き出した時のように、誰かが私に知らせてくれているような気がするのです」


 ロマンチストかもしれないが、実母が危機を知らせてくれる為に私の記憶を呼び覚ましてくれたような気がする。

 勝手な思い込みだと思えるが、私はこの胸に眠る実母の思いを信じたい。


「そうか。お前の実母(はは)がお前を救ったのやもしれんな」


 親子なだけあって、父も同じように思ってくれた。


「分かった。私にも妻の声が聞こえるような気がする。お前を信じよう」


 父にも何か感じた事があるなら、もしかしたら妹も何か思っている事があるのかもしれない。

 今度確かめてみるのも良いかと思った。


「それで他に思った事や考えている事があるのではないか?」


 父に隠し事というのはなかなか難しいようだ………。





 我がグレイヴィン侯爵家は隣国である帝国の皇室の血を引いている。

 私の曾祖母に当たる方が王女だった。曽祖父が留学した際に一目ぼれされて、嫁いできたらしい。

 つまり、父は隣国の現皇帝のはとこ(・・・)に当たる。

 私はその影響でかろうじて血が繋がっている程度の認識だ。


 妹もその血を引いていると言えなくもないが、国同士の血縁政策なら、そんな遠まわしな血縁相手など選ばない。

 ゆえに、妹の婚約候補としての立場も早々に断ち切らないと危険な気がしている。


「本当に、母を………お前の祖母を説得出来るのか?」


 私は自身が転生者である事を隠して、出来る限り起こりうる予想として父に話をした。

 そして、その対策も。


「はい。私が行けば、父上がいくより話を聞いて頂けると思います。必ず説得して参ります」


 対策は簡単だ。帝国側の庇護に入ればよいだけだ。

 帝国側の思惑も、ゲームどおりであるなら交渉の余地はある。

 交渉に失敗したとしても、最悪の場合は妹だけでも帝国へ逃がす事が出来るので、動く事は無駄にならない。


 まあ、それになんだ。お爺ちゃんお婆ちゃんは孫に甘いと相場が決まっている。

 帝国にいるのは祖母だけだけどね。

 ………………祖父は父に爵位を譲った後に蒸発した。父も祖母も呆れて探していないと聞く。


 祖母は現皇帝の叔母に当たる血筋だ。

 母が生きている時に数える程しかないが、会った記憶はある。


 ただ、ゲーム内には登場しなかった人物だ。

 既に知っているゲームの世界と私が生き残った事で違いが出来てしまっているが、あとに引く事は出来ない。


 私は………私たちはこの世界に生きているのだから。





「お祖母様、お久しぶりでございます。突然の訪問を受け入れて頂き、ありがとうございます」


 毒殺失敗をした事が相手に知れ渡る前に、即座に行動したおかげか、警戒していた暗殺者にも遭遇せずに無事に帝国領の祖母の屋敷まで到着できた。


「無事で良かった。あなたの母の事も手紙で聞いております。私がわだかまりを捨てて屋敷に残っていれば、あなたの母を、私の義娘を亡くす事はなかった。ごめんなさい」


 私が挨拶を終えると、その場で抱きしめられ、謝罪を受けた。

 祖母は私の実母と父の婚姻に反対だった。理由は詳しくは知らない。そのせいで、祖母が帝国へ行った事だけ知っていた。


 この祖母の様子を見る限り、母が亡くなった事を悲しんでくれていたようだ。

 そして、真相を知って、きっと後悔しているのだろう。


「私は、この通り無事です。旅で体調を崩す事もございませんでした。ご安心下さい」


 私がこの祖母のところに来た表向きの理由は、暗殺を警戒しての事だ。

 だからこそ、あっさりと祖母に受け入れられた。


「えぇ。ごめんなさい。長旅で疲れているでしょう? まずはゆっくりと休んで、話は明日にでもゆっくりとお話しましょう」


 暖かな微笑を向けてくれる祖母の好意に、少しだけ騙しているようで心が痛んだが、私にも譲れないものがある。

 その決意を胸に、好意に甘えてその日は休む事にした。


 そして、次の日に、祖母が私と2人だけのお茶会を開いてくれた。

 私にも帝国の血が流れているせいなのか、お茶の味はこっちの方が好みのようだ。


「おいしいお茶ですね。私はこちらのお茶の方が好きです」


 頂いたお茶の感想を素直に告げると、祖母も嬉しそうに微笑んだ。


「気に入ったのなら、ずっとこっちに居ても良いのよ? 来年から始まる学園も、帝国の学園に留学という形を取れば、問題ないわ」


 父が託した手紙には、私と妹を保護して欲しいと書かれていたのだろう。

 私がそうするように誘導したのだ………。


 妹は現在、王太子の婚約者候補という立場の為に帝国側での受け入れが難しい。

 その為、私が説得役としてやってきた………というシナリオだった。


「お祖母様、まずは、騙した事をお詫び致します。私はお祖母様にお願い事があって参りました」


 私の言葉に祖母は、微笑を崩さない。優しく微笑んでくれたままだ。


「そんなに覚悟を決めなくても大丈夫ですよ。あなたの妹もちゃんと私が保護致します」


 どうやら、祖母には表向きの理由は察してくれていたようだ。


「お祖母様、ありがとうございます」


 私は深い感謝を頭を下げて伝える。


「良いのです。あの国はもうダメです。あなたたちだけでも助けられるのなら、あなたの母への償いにもなるでしょう」


 そう告げる………そんな祖母の気持ちを私は裏切ろうとしている。


「申し訳ありません。お祖母様。私の目的は、戦争の理由に父を使う事を止める為に参りました」


 私の知っているゲームにはバッドエンドが存在する。

 『ギャルゲー』『乙女ゲー』のどちらのパートにも共通のエンディングだ。

 攻略者たちとのハッピーエンドに到達出来ないと、起こる『帝国による侵略の滅亡』エンドがバッドエンドの名称だった。


 通常、戦争が起こるのには最低でも準備期間が必要となる。

 仮に帝国が戦争を起こす場合でも、国ひとつを滅亡させるだけの準備期間が1年やそこらな訳がない。

 それに戦争を起こすには必ず理由が必要だ。

 例え、それが侵略を受ける側にとって理不尽な理由であっても、理由さえあれば戦争は起こる。


「あなたの母の教育は正しかったという事かしら………。私もしっかりとあなたの母と話し合うべきだったと今更ながらに思うわ」


 祖母が私の発言に対して、私の考えが正解であると同時に私の話を聞くと答えてくれる。


「今の状態だと、おそらく4年から遅くても5年後でしょうか? その頃に父上が恐らく何かの罪を国に背負わされるのですね?」


 会話を続けた私の発言に、今度は祖母の目が大きく開いた。


「私はそれに代わる案を持って参りました。上手くいけば、お祖母様もこれ以上家族を失わずに済むかもしれません。ぜひ聞いて頂けませんか?」


  


 

「分かりました。甥には私から話を通しておきます」


 私の代案の話を聞き終えた祖母が、ひとまず合格点をくれる。ちなみに祖母の甥は皇帝陛下だ。


「しかし、今のままではただの子供の空想に過ぎません。そのような空想で国の方針を変える訳には参りません。戦争が始まるまでの間に、あなたは優秀さを示しなさい」


 分かっている。祖母のいう事はもっともだ。

 今は何の力もない子供だ。学園に通い、卒業して初めて成人の年齢を迎える。


 祖母のいう優秀さは、帝国の学園で好成績を収める事ではない。

 他にも帝国の利益になる事を提示する必要があるという事だ。

 私の提案は今はまだ妄想の域を出ない。これからの私の行動が妄想でない事を示す為の道となるのだ。


「私のもう1人の息子。あなたの叔父に当たる者が、皇家の直轄地の代官をしています。相談すれば、力を貸してくれるでしょう。これもこちらから連絡しておきます」


 祖母は本当に孫に甘いというのは本当のようで、私の案の手助けをしてくれる。

 最も時間が掛かる予定だった問題をあっさりと解決してくれた祖母に素直な感謝の気持ちを伝える。


「後は一度戻って父上を説得し、私の望む結末を成し遂げてみせます!」


 また、優しい微笑を見せてくれる祖母にそう宣言すると共に、自身の心にも誓う。


 ゲームのシナリオ? 攻略者たち? ハーレム? そんなものはもう関係ない。

 私は私だけの………大切な人たちの為に、ハッピーエンドを目指して見せる!!



-後書き-

忙しいにも関わらず、何かを書いていないと落ち着かなくなり………。

かつ、投稿しない事による禁断症状が発症して投稿した。


いつもどおり反省はしていない。またきっとやりそう( ˘•ω•˘ )

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