冬のト音記号
『秋冬温まる話企画』参加作品です。
これは、とても、とても、とても、遠い昔のお話かもしれませんし、つい最近のお話かもしれません。
そして、とても、とても、とても、遠い町のお話かもしれませんし、すぐ近くでのお話かもしれません。
町中がいちばん寒い時期に向かって、空気がつめたく澄んでいくころの朝はやく、冬の妖精たちは、山深いの森の中で朝もやとともに生まれます。
妖精たちが生まれてから一番初めにすることは、サンタクロースにあいさつをしに行くことでした。
これは、生まれて来たばかりの冬の妖精が、必ずしなくてはいけないことで、天の神様の国にいたときに、大天使様から言われていたことでした。
ですからお日さまが、うす曇りの中にぼんやりと浮かんで来ると、冬の妖精たちは揃って、サンタクロースのすまいに向かって飛んでいくのでした。
「あー、寒い! こんな寒いときに空を飛ぶなんて!」
妖精たちの中から、呟きが聞こえてきました。
「ルミル、そんなこと言わないの。寒いなら、いっしょうけんめいに翅を動かせばいいのよ」
「わかってるよ、クロシェ。ちゃんとやってるよ。それでも寒いんだ」
ルミルは冬の妖精ですが、寒がりなのです。
「じゃあ、手をつなぎましょ」
クロシェと呼ばれた妖精が、手をのばします。ルミルはその手をにぎると、クロシェの手の方が冷たいことに気が付きました。ルミルは、ちょっと自分を恥ずかしく思って、それからは黙って、いっしょうけんめいに翅を動かすことにしました。
少し雲がうすくなって、ようやくお日さまの光に暖かさを感じられるようになった頃、やっと、サンタさんのお家が見えて来ました。
赤い屋根のえんとつから、煙が楽しげにモクモクとわいています。温かそうなお家の様子に、ルミルはほっとするのでした。
妖精の中で最初に生まれたリードが、チャイムを鳴らして言いました。
「サンタさん、おはようございます。今年の冬の妖精です。お手伝いをしに来ました」
そのとたん、ルミルはむくれました。どうやらお手伝いが嫌みたいです。ルミルの顔を見たクロシェは、小さくため息をつくのでした。
「遠いところから、よく来てくれたね。お手伝いをしてほしいことの準備がまだ、終わってないんだ。一番に手伝ってほしいことは夜になってからだし。だから今は、ゆっくりしておいで」
サンタさんの言葉にルミルは思いました。
ゆっくりしておいでだって? あんなに寒い中を飛んできたっていうのに!! それに夜だって! 朝早く生まれて来たのに、夜まで待つんだって!!
ルミルは顔がむくれて真っ赤になっています。
「ルミル、おさんぽに行きましょう」
そんなルミルの様子を見て、クロシェがさそいます。リードはサンタクロースに話しかけ、何をお手伝いするのか聞いているみたいでした。
妖精たちがそれぞれ切り株や、かわいたかれ葉の上でくつろいで、おしゃべりを楽しんでいます。
「一番がんばった子が最初の魔法を使えるんだよね」
「そうさ、冬のト音記号を描くことができるのさ」
「じゃあ、お手伝いは競争だね」
そんな話が聞こえて来ました。お手伝いをがんばった妖精は、冬の最初の魔法を使う役目をすることになっているのでした。それが「冬のト音記号」という魔法です。みんなは誰がその役目をするのか、気になっているようです。
お手伝いがにがてなルミルは、自分には関係ないと思って、みんなのそばを通りました。
ルミルとクロシェはサンタさんのお家の周りを、ぐるりとさんぽしてみることにしました。
サンタさんのお家のうらの花だんには、冬でも咲くパンジーにビオラ、スノードロップやプリムラといった、色とりどりのお花が植えられていました。
「わあ、かわいいお花がいっぱいね」
クロシェが明るい声で言いました。小さな花たちがお日さまの光の中で、そよ風にゆれています。それはまるで、にこにことほほえんで、首をかしげているみたいでした。
そんなお花たちを見ていると、ルミルも少し気分が良くなりました。ところがーー。
「ちょっとそこ、どいてくれない?」
だれかがサンタさんの家から出てきて言いました。ふり返るとそこにはルミルたちよりも、ほんのちょっと背の高い女の子が、大きなかごをいくつも重ねて、両手で持って立っていました。
「あ、ごめんなさい」
クロシェがあわてたように言ってルミルを引っぱり、二人は花だんから離れました。
「ああ、今年の妖精か。ちょうどいいや。手伝ってくれる?」
その女の子はぐりんぐりんの髪の毛をしていて、ちぐはぐなパッチワークの、長いスカートをはいていました。
ルミルは、何だって! サンタさんはゆっくりしてて良いって言ったのに! と思いました。
それなのにクロシェは「いいわよ、何をすればいいの?」と答えてしまいました。
「その花をつむのを、手伝って欲しいんだ」
ルミルはむくれたままでしたが、女の子の言うことにちょっとだけ、興味が出てきました。クロシェが質問しました。
「こんなにきれいに咲いてるのに、つんでしまうの?」
「ああ、絵の具にするんだよ。おもちゃに色を塗るのさ。このかごに、色べつに入れてくれる?」
女の子はかるがるしく言いますが、これはちょっと大変そうです。
お花の色の種類はほとんどが白でしたが、赤に黄色に、オレンジにピンクに紫と、それらがごちゃまぜに植わっているのでした。
他のみんなに手伝って貰おうにも、みんなで花だんに集まって、ぶつかり合ったら、花だんへ転んでしまうかもしれません。なので二人だけでがんばることにしました。
ルミルとクロシェは宙を飛び回りながら、やっとお花を集めました。一つ一つ丁寧につみ取り、それぞれのかごをいっぱいにしたのでした。二人はへとへとでしたが、花の匂いをかぎながらするお手伝いは、すがすがしい気持ちになれました。言われたことをなしとげて、気分も良くなりました。
二人がかれ草の上で、のんびりと体を休めていると、さっきの女の子が来て言いました。
「おや、早かったね。もっと時間がかかるかと思っていたよ。どうもありがとう、助かった」
女の子は花かだんを見、それから花びらがいっぱいに入っているかごをみて、二人に感謝の気持ちを言ってくれました。
最初の言い方にかちんと来ていたルミルでしたが、女の子に「助かった」と言われて、何だか誇らしい気分になり、お手伝いをするのも悪くないな、と思いました。
女の子はかごを持って、運ぼうとしました。それを見てルミルは言いました。
「あのっ、……手伝おうか?」
女の子はおどろいてルミルを見ました。
「えっ、助かるけど、つかれてるだろ?」
たしかにたくさん飛んでつかれています。けれど、この誇らしい気分をもう少し味わいたい、ルミルはそう思ったのでした。
「クロシェは休んでて。ぼく、手伝ってくる」
クロシェはそんなルミルの様子を見て、喜んでうなづきました。もちろん、自分だけが休めるからではありません。自分の気持ちばかり大切にしていたルミルの、気持ちの変化に気づき、それが嬉しかったのでした。
さて、女の子についてかごを家の中に運ぶと、キッチンのようなところへ来ました。大きなテーブルの上に、大きなミキサーが何こも並んでいます。
女の子と同じ歳くらいの男の子がいて、花びらをミキサーに入れていました。その子が花びらをぎゅうぎゅうに詰め、ふたをし、ミキサーのスイッチを押すと、ミキサーはぶるるるんとうなり声を上げ、中の花びらがくるくるくるっと回ります。そうして次々に絵の具が出来ていきました。
「すみませーん」
声がした方を見ると、リードが立っていました。
「絵の具を取りに来ました」
リードもサンタさんのお手伝いをしていたようです。ルミルとリードの目が合うと、リードはほほえんでうなづきました。
やっぱりお手伝いって気持ちが良いし、それに知らないことを知ることが出来て、何だかおもしろいや。
ルミルはそう思いました。
そうして、それからは皆で交代で絵の具を運んだり、サンタさんのお手伝いで、おもちゃに色をぬったりもしました。
夜になりました。サンタさんは白いファーの付いた、赤いズボンと赤いコートに着がえ、それから赤い帽子という、明るくて、温かそうな服装になりました。
外は気温が下がり、空気が痛いくらいの冷たさです。皆でサンタさんのお庭に横一列にならびました。家のうら側から、サンタさんがトナカイを連れ、ソリを引っ張って来ました。ソリには大きな白い袋が載っていて、その中には皆でお手伝いしたおもちゃがたくさん入っています。
ルミルは何だかちょっと、大人になった気分でした。なぜならお手伝いとはいえ、いっしょうけんめいにがんばって出来上がった物が、誰かのプレゼントになるのです。そう思うとがんばることは、うれしいことなんだと思えたのでした。
「妖精さんたち、今日はお手伝いをありがとう。最後のお手伝いをよろしくたのむよ」
サンタさんが優しく言いました。冬の妖精たちは、冷たい空気の中から魔法の杖を作りだしました。
そのとき、リードがルミルの側に来て言いました。
「ルミル、今日一番がんばったルミルが、最初の魔法をやってくれないか?」
最初の魔法ーー、それは一年に一度のクリスマスイブの夜、サンタさんのトナカイの前に、大きなト音記号を描くことでした。サンタさんたちは、魔法で出来たト音記号を通りぬけることで、空へ飛び上がることが出来るのです。この魔法は冬の妖精にとって、とても栄誉のあることなのでした。
「ぼく、ぼくがやるの?」
「やりなさいよ、ルミル」
クロシェも笑顔ですすめます。
「ああ、ルミル。君がやるべきだと、そう思ったんだよ」
リードがニコニコとほほ笑みながら、力強く言ってくれました。ルミルは顔が真っ赤になりましたが、お手伝いを初めてしたときの気持ちとは違います。嬉しいのに泣きたいような、恥ずかしいような気持ちだったのでした。
ルミルはその気持ちのまま、トナカイの前に来ました。
「やあ、よろしくたのむね」
サンタさんが温かな声で言いました。
ルミルが深くうなづくと、魔法の杖の先が光り出しました。ルミルは空へと飛び上がり、腕をせいいっぱい伸ばし、くるくる回りながら杖をふり、大きな大きなト音記号を描きました。心を込めて描きました。
すると、みんなも飛び上がり、そこから五線譜や音符を次々と空へと描いて行きます。五線譜や音符は、サンタさんのソリの通る、レールの様な役目をするのです。
トナカイやサンタさんが乗るソリが通ると、音符がはじけて鈴の音となります。一つ一つの鈴の音はつながり、音楽となって、12月の夜空に広がっていきます。その音楽を聞いた星たちも、おどっているかの様にまたたくのです。
「ありがとう。さあ、行くよ!」
地上からサンタさんの明るい声が聞こえました。見下ろすと、あの女の子と男の子が、ルミルたちに向かって手をふっています。
もう、お手伝いをいやがるルミルはいません。ルミルはほこらしい気持ちで、これからの寒い時期を冬の妖精として、冬の世界を見守ってすごすことでしょう。春の妖精とこうたいする、その日まで……。
おしまい