種から芽がでるように
強い日が差してきてもうじんわりと汗でブラウスがべたついて気持ちの悪い季節になってきた。
僕が仕える主にして男である僕を女子高に通わせている十六夜桜月様の通う才華女学校はいわゆるお嬢様学校だ。そのため、エアコンなど空調の完備で自分の家よりも快適に過ごしやすい。僕は基本的に露出の多い格好はできない。基本的に半袖のブラウスは危なくて着ることが出来ないからそういう面では助かっている。
いやぁ、ほら女子高だとガード緩くてね、腕挙げたりだとかでいろいろチラチラっと見えるんですよね。なんか、慣れてきた自分が少し男として情けない気がしないでもないけど。いちいち反応していたら体というよりかは精神が持たない。それは別の要因もあったけど、春に思い知った。
よく晴れた日で夕方と言ってもいい時間帯なのにまだ日は高い。そんな七月の放課後、校舎の外にあるにもかかわらず冷房がばっちり効いている園芸部部室で、雲がどうたらこうたらという英文から視線をを本物の雲に移していると、運動部だと思われる人たちがが体育着でランニングをして部室の前を通って行った。
「憂鬱だなぁ。」
その姿を見て、今後の体育で長袖、長ズボンで体育をするのかと思うと声が漏れた。
「外を見てため息なんてついちゃって、どうしたの?鬼灯ちゃん。こんなにいいお天気なのに。」
「これからのこんなに暑い季節の体育を思うと気持ちが落ちてしまいますよ。」
「桜月ちゃんはともかく鬼灯ちゃんは体育得意じゃなかったかしら。」
「私、肌が弱い(設定)ですから直射日光をあまり浴びないようにするために、夏でも短いものを着ることが出来ないんですよ。なので最近体育が苦しくて苦しくて。」
「あら、そうなの?それは、残念ね。そしたら水泳も厳しいのかしら?」
「ここにプールなどの泳げるような施設ありましたっけ?」
「それは、私も知らないな。一通りの施設説明をされたと思ったがプールのようなところはなかったと思うぞ。」
「あら、そうなの?ならきっと驚くわね。新鮮な気持ちで驚いてほしいから、あえてプールがあるってこと以外は場所も伏せておくわ。きっと今週辺りから出てくるでしょうし。」
プールか・・・好きだけどその授業出られないんじゃないか?流石にあのぴちっとしているスクール水着では股間部の膨らみが隠せない。
かといって、水泳の授業をすべて休むというのもよくないだろう。桜月様にどうしましょうか?と視線で問いかけると目をそらされた。桜月様は桜月様で水泳の授業を回避したいのだろう。
「ところでだ、私たちはいいとして、最もこの時間努力しなければならないやつがさっきから舟をこいでいるんだが。」
今日は特にすることもなく部室に全員集まっているわけでも、ただおしゃべりするという目的でもない。二週間後に迫った期末テストの勉強会が目的だ。
期末テストで赤点をとってしまえば、補習、追試なんかで合宿にまるまる参加することが怪しくなるから勉強会は開かれた。
僕、十六夜桜月様、草間初雪様はSクラス、いわゆる特進クラスだからもちろんその必要はない。
では誰のためかというと先ほどからコックリ、コックリと擬音がつきそうなほど頭を大きく上下に揺らして睡魔に負けている朝香音姫さんのためだ。先日合宿の話をしたときついでに期末テストの話になったため、勉強があまり得意ではない朝香さんのために勉強会を開こうという話になった。
朝香さんのためと言っても三人で教えていくのではなく、基本的に各々自分の勉強を進めて分からないところが出てきたら他の人に聞くというスタイルだ。
僕は英語が不安だったから文構造や問そのものの意味だったりでわからなくなったら初雪様にちょいちょい聞いている。
その初雪様は自分の勉強が大丈夫なのか、僕の(ノートの)方を見ている。桜月様に至ってはタイトルすらわからない厚い洋書を読んでいる。
そんなふうに僕と初雪様のペアで英語、桜月様は難しそうな本の読解みたいになってきたから朝香さんはある意味この勉強会の主役にもかかわらず、一人で問題を解き始め夢の世界へ誘われたのかもしれない。ちなみに広げてある教科書は地理のものなので今の時間に反復で覚えようとしていることがなんとなく察せる。けど、人に聞ける環境だったら知識重視の教科よりも英語、数学、理科系のような問題の見方も解き方になってくるような教科をすればいいのにと思った。
「そうねぇ、このまま寝かせてあげたい気持ちもあるけど、それじゃ音姫ちゃんのためにならないものね。」
仕方ない起こしてあげるかと体をゆすってあげると、そのまま崩れてでこを机につけた。さらに激しく体を揺さぶるが、起きる気配がない。
お屋敷で飼っている猫モンドは眠る体制で動いてくれないときは指パッチンをすると起きて、軽く僕に邪魔するなよなといった顔で睨んでどいてくれる。その姿を思いだしながら朝香さんの耳もとで指パッチンをしたけど起きてはくれなかった。やはり人と猫は違うらしい。
「まったく手のかかるやつだ。」
そういうと桜月様は朝香さんの横につき、顔を横に向けて朝香さんの顔に霧吹きで水をかけた。
「つめたっ!え、なにこれ水?どうゆうこと?」
朝香さんは三連射を顔面に浴び一発で覚醒した。
「これだ。」
桜月様は手に持っている霧吹きを朝香さんに振って見せた。
「ちょっとひどくない?」
「自業自得だ。自分で勉強会を頼んでおきながら眠ろうとしたんだからな。」
「それにしても霧吹きって」
「私はかなり強く朝香さんの体をゆすっていたんですが、全く起きてもらえる気配がありませんでした。」
「以後気を付けます。」
しゅんとした声で朝香さんは言った。桜月様が手に持っていた洋書を鞄にしまうと再び朝香さんの横についた。最近桜月様の鞄がいつもより重い日と感じていたけどああいう本が入っているのか。
「わざわざ勉強会のようなものまで開いたんだ、この時間を無駄にすることは許さない。この私が部活動停止期間までの約一週間みっちり教えてやる。」
普段なら確実にそんなことを言わないし思わないだろう。口では仕方がないとか何とか言っていましたけど、桜月様やっぱり合宿楽しみなんじゃないですか。
「これは初雪の誕生会にこいつも参加させないと初雪が少し悲しむからでだな、朝香おまえの苦手科目は何だ?」
ほら、聞いてもないのに自分から言い訳した。
「特に苦手っていうのも得意っていうのもない!あえて得意を上げるなら体育。その他は全部、等しくできないです!」
「さっきまで舟をこいでいたやつが無駄に元気で胸を張って答えることじゃないぞ。初雪、例年夏休み後半に補習、追試がある教科ないし教師はわかるか?」
「受けたことないからあまり自信はないけど、確か夏休み休み明けすぐのテストがある教科は遅いって言っていた気がするわ。」
「その教科は?」
「国数英の三教科でSクラスはそれに追加で理社の五教科よ。」
「国数英なら数学を重点的にするか。英語は地力によって重要度が変わってくるが、期末程度なら本文の内容が頭に入っていれば文章題はある程度大丈夫だろう。国語はそうだな鬼灯にでもノートを見せてもらえ、テストに問題として出されるようなところはまとめてあるはずだ。むろん私が指導するんだ全教科一つとして赤点はとらせない。」
「頼もしい。」
目を輝かせて桜月様を見上げる朝香さん。しかし、一時間後には悲鳴を上げる朝香さんの姿がそこにはあった。
桜月様が頭がいいことは知っている。勉強ができると知っている。ただ、それが才能的な物なのか努力によってのものなのかはわからない。才能型の人はたいてい人に教えるのがうまくないと聞く、その人がどうしてそこで詰まるのかわからないからだ。
桜月様の説明はわかりやすい。一年生の時にでてきた公式なんかのことをどうしてここで使うのか、使えるのかを極力説明してくれている。
ただ、わかりやすいと言ってもそれは中学三年までの数学の基礎がしっかりと身についているという前提のもとに僕が判断している。
高校一年生数学の序盤の段階で詰まるような朝香さんだ、中学数学の基礎が定着しているはずもなく、桜月様がイライラしてきたのがわかる。二人とも部活終了時刻までの十数分我慢して耐えてください。
「また、意識をあっちに移してたでしょ。もう、気になるのはわかるけど鬼灯ちゃんは英語に力入れるんでしょ?ああ、そのthatはそっちじゃなくてこっち指してるのよ。」
そして僕の方はというとなぜか初雪様とマンツーマンになっていた。
一週間が過ぎ本来ならば部活動が禁止となり必然的に各部部室が使えないはずなのだが、その点において園芸部は鍵を部長の初雪様とスペアキーが何故か僕に渡されており、割と自由に出入りできる。そのシステムのおかげで僕たちは顧問が存在しているかどうかというレベルでいないものだと勘違いをしていた。
よって桜月様と朝香さんは延長戦に突入していた。それも朝香さんに中学校の教科書を持ってこさせて。桜月様による個人指導初日にそもそも中学校の基礎からなっていないと判断された朝香さんは、二日目から中学校の教科書を持ってこさせて、わかるところはかなり飛ばされているけど総復習に取り掛からせていた。そして中学三年生の教科書にまで手を付けた。
これを英語、数学、化学の三教科でしているからそりゃあ二人ともつかれる。
「休みの間出した宿題はやってきたか?」
「はい、先生。」
そういって朝香さんが鞄から取り出したのは合計三十枚はこえるであろうA4サイズのプリントの束だ。
「鬼灯、これの採点を頼む。そして正答率四割以下、五から六、それ以上にプリントを教科ごとに分けておいてくれ。」
「畏まりました。」
ちなみに僕の方はというと気づけば始まっていた初雪様とのマンツーマン指導は無事終わり、今回は英語も大丈夫そうだ。全体的な問題は出題傾向と上位に入るためのボーダーラインだけど。
ということで僕は桜月様もとい桜月先生のアシスタントになった。
なんだか目標は赤点回避なのに受験並みに勉強している気がする。
丸付けをしていくと驚くことに四割を下回るものはなく、だいたい六割のあたりで安定していた。ただし中学校の復習内容だ。
「採点終わりました。四割以下のものはありませんでした。」
「よしっ!」
朝香さんは僕の採点作業中にさせられていた英単語の書き取りをしながら、左手で小さなガッツポーズをとった。
「喜ぶな、まだ中学校の内容だ。」
桜月様は軽く宿題のプリントに目を通すと
「これなら何とかなるか、よかったな高校一年生の内容には入れるぞ。」
今度は両手を上に伸ばしてバンザイとも伸びとも取れる動きをして
「やっとだあ~」
そして期末テストは無事終えられ、終業式三日前、成績通知表が渡された。学年順位はかろうじて三十後半だった。それでもクラス順位は半分よりも少し下なのだからこのクラスは勉強ができる人多いと実感できた。
桜月様、初雪様は学年十位以内に入った。
そして、気になる朝香さんだが、なんと赤点回避という当初の目標を大幅にこえて、平均点は大体五十五から五十七と桜月様からはあそこから二週間で上出来だとの評価で、本人満足の結果に終わった。
園芸部部員は件の一名を除き全員無事に夏休みを迎えられそうだ。
あ、プールの事ですか?プールはなんと体育館に後付けされたような卓球台なんかが置いてあった、飛び出たスペースの床が割れて下から出てきたというか、下にありました。もちろん僕は桜月様と一緒に見学してます。お嬢様の多い進学クラスの特性上体育は実技をしなくてもレポートを提出さえすれば最低限評価はしてもらえるようになっているので。
それにしても人が泳いでいる姿を見ると泳ぎたくなってくるな。今度許可もらってお屋敷のプールみたいなところを掃除して使わせてもらおうかな。