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愛猫は温情を持ちされど優雅に主に接す

「すいません。こちらの園芸部なら私の悩みを解決してくれるって聞いてきたんですけど。」

「なんだ?悩み相談なら他所へ行ってくれ。私は忙しい。」

「もう桜月ちゃんたら。せっかく、私たちを訪ねてわざわざ来てくれたんだから。あ、お力になれるかはわかりませんが、どうぞそこにお座りになってお話しを聞かせてください。お名前は?」

 今まで本を読んでいた基本的に他人の事に興味のない僕の主、1年Sクラス十六夜桜月(いざよいおうき)様が部への来客に不機嫌になり拒否を示し手元の本に目線を戻した。我が部の部長でありお人よしの3年Sクラスの草間初雪(くさまはつゆき)様は悩み相談に来た来客を受け入れるようだ。

「あ、はい。私は2Bの伊藤三葉です。」

「それで悩みって?」

「うちでは猫を飼っているんですけど、ここ二週間で3匹も死んでしまったのでその…」

「まあ、三匹も?それは寿命がきたとかじゃなくて?」

「いえ、そんなはずありません。死んでしまったのはどちらかというと若い方の子たちなので。他に餌とか環境も変わっていませんし、急に命を落とすなんておかしいんです。みんないつもは夕飯の時間には家に帰ってくるんですけど、おかしいと思って探したらもう息していなくてそれで…」

 依然として桜月様は読書を続けているようなので、後々伝えることになるであろう彼女の悩み、飼い猫がなぜか死んでしまっていたということについてできるだけ聞いておこう。

「三匹ともなんですか?」

「ええ。」

「いつもと変わった様子は?」

「ないです。いつもと同じ感じだったはずです。」

 ほかに何か聞くことはあるだろうか。少なくとも現状ではなぜ猫たちが死んでしまったのか見当がつかない。

「そうねぇ。話だけじゃやっぱりわからないわね。その一度見せてくれない?」

「猫たちはもうお墓にいますけど。」

「いえ、あなたのお家よ。」

「はぁ、別にかまいませんけど。」

「じゃあ、明日あなたのお家をお伺いしたいので明日また来てくれる?今日は力になれなくてごめんね。」

「明日ですか。あ、はいわかりました。それではまた明日きます。」

 そういうと彼女は部室を出て行った。その間桜月様はずっと本を読んでいた。

「桜月ちゃん猫飼ってるよね。どう?原因わかる?」

 初雪様が声をかけると桜月様は今まで読んでいた本を閉じ視線をこちらに向けた。

「今の話だけではどうにも判断出来ないが大方どこかで悪い病気でも拾ってきたんだろう。」

「やっぱりそう?とても可哀そうよね。桜月ちゃん私たちで猫ちゃんたちが倒れた原因つきとめてあげましょう。ね?」

「私は依頼を受けた覚えはないのだが。」

「桜月ちゃんも猫飼ってるでしょ。だから桜月ちゃんのところのこもそうならないために三葉ちゃんの依頼受けましょうよ。」

「うちにはベロニカがいるからモンドがそのようなことなどないのだが。まあ、仕方ない。さて、そろそろ帰るぞ鬼灯ほずき。」

 目上の人だろうとあまり人と合わせたりいうことを聞くような人ではない桜月様だが昔からの付き合いらしい初雪様の頼みは大概断れないらしい。今回もその例にもれないようで桜月様は初雪様に押し切られてしまったようだ。

「はい、では鞄お持ちします。」

 僕がそういうと桜月様は鞄を僕に渡し部室を出ていく。僕もそれについていく。

 僕たちの所属している園芸部の部室は学校の昇降口を出て少し行ったところにある小屋が部室にあてられている。学校の花壇の管理するための道具とかを置いておくとき都合がいいという理由らしい。

 登下校の際などに鞄を持つのは僕の仕事の一つだが、車で登下校しているから大変というわけじゃない。

「女子高での学校生活には慣れたか?」

 十六夜家のメイドのベロニカさんが迎えに来た車の中で僕は聞かれた。

 男である僕、朝霧秋梅(あさぎりしゅうめい)が女装をして浅利鬼灯(あさりほずき)という名前で桜月様の通う高校に通うことになった理由は、また今度、機会があれば。

「まだまだ女子としての生活に慣れないところもありますがですけど、なんとかスカートの違和感には慣れてきました。できればロングスカートの方が安心できるんですがね。」

 僕は、十六夜桜月様に仕えている。それも同じ女子高に通うようにと執事ではなくメイドとしてだ。服装はメイドのイメージでふと思いつくようなメイド喫茶にありがちな短めなスカートではなくでヴィクトリアンメイドだそうでスカートはロングスカートだ。着始めたころはズボンタイプではないだけで違和感を感じていたがロングスカートには慣れてきた。それでもまだ風が吹いたりすると膝丈ぐらいのスカートだとスース―した感じに慣れない。

「そうか、学校生活でまだまだ女子としての振る舞いがぎこちないな。時々ばれるんじゃないかとハラハラしたぞ。屋敷とは違い人の目が常にあるから気を抜くな警察の世話になりたいというなら何も言わないが。」

「いえいえ、気を抜いたつもりなんてないですよ。そして絶対にこんなことで掴まりたくないです。」

「入学させた私の側にも責任を問われるからそんなことにはなってほしくないものだ。私を楽しませる意味でも頑張ってくれよ。」

 車が屋敷につき車を降りるとき微笑みながら桜月様はそう言った。


 そして次の日の放課後、僕たちは三葉先輩を部室で待っていた。

「やはり私も行かなくてはいけないのか?」

桜月様が少し不機嫌そうにそう言った。

「ええ勿論よ。桜月ちゃんを頼りにしてるんだから!」

初雪様は笑顔でそう答えた。

「初雪様もそう仰っていますし桜月様、モンドを飼う時に役に立つような情報が得られるかもしれませんし行きましょう。」

「しかし私も忙しくてだな。」

「今日だけだから、ね?」

「そこまで言うなら、今日だけだからな。」

 桜月様が押し負けたところでタイミングよく部室のドアがノックされた。

「どうぞ入っていいですよ。」

「すいません調理実習の片づけで遅れてしまいました。」

三葉先輩が部室の中に入って早々初雪様が声をかけるよりも速く桜月様が声をかけた。

「こちらもちょうど話が終わったところだ。早速で悪いが案内してもらおうか。」

「あ、はい。わかりました。」

三葉先輩の家までは徒歩20分程度の距離らしく僕たちは歩いて三葉先輩の家へ向かうことにした。

 僕の仕える桜月様はもちろんのこと初雪様もお嬢様なので徒歩20分とはいえ車での移動が基本らしいが桜月様は三葉先輩にいくつか質問があるらしく、帰るときはメイドのベロニカさんに場所を送れば来るそうだ。

「それで、あなたの飼っている猫についてだが、猫たちは普段自由に外に出て行ったりできるように飼っているのか?」

「ええ、最近だと珍しいって聞くけどこの辺りはまだ都会ってほどじゃないし、うち昔から猫飼ってたらしいから。」

「猫たちの大まかな行動範囲はわかるか?」

「私は外でうちの子たちあまり見ないからわからないわ。」

 移動中桜月様が三葉先輩に対してずっと質問をしてるようなので僕は周りを見ながら歩いていた。10分ぐらい歩いた辺りで緑の多い朱色の壁をした家が目に入った。周りの家はあまり花とかを植えているような家が少ないから余計に、しかっりと手入れをされたプランターをあまりよくないかなと思いつつも低い塀の上からのぞいてしまっていた。

「おい、鬼灯何を人の家を覗いているんだ?」

「あ、はい、申し訳ありません。そこの家だけ丁寧にガーデニングをしているようだったのでつい見てしまっていました。」

「ほう、確かにそのようなことをしているのはこの辺りではこの家ぐらいだな。…ほう、ここの住人は料理好きのようだな。」

「去年辺りに越してきたらしいんですけど、見てわかるものなんですか?」

 三葉先輩は質問をしてきた。

「私がここから見て分かる種類でジャスミンやローズマリーなんかは所謂ハーブの一種だな。観賞用の花であればペチュニアやパンジーなんかが一般的だ、見る以外の目的であるなら、そりゃあハーブとして使うだろう。となればここの住人は料理なりハーブティーなり自分で作ることが想像できる。」

 ローズマリーは屋敷でも育てていたはずだ。ローズマリーは生葉でハーブティーにした方がいいとこの前ベロニカさんに教えてもらった。集中力や記憶力が良くなるそうなので試してみたところ、僕にはローズマリーティーが合わず泣く泣く学生にとって魅力的な効果を諦めることにした。

「へぇ、そういうものですか。」

「桜月ちゃんはね自分でハーブ育てて自分で飲んでるの。」

 歩くのが遅いのか少し後ろで歩いていた初雪様が僕たちに追いついて言った。

「まあ、ほとんどはベロニカやこいつに任せているがな。」

 いえ、僕はお掃除が中心でまだまだベロニカさんにハーブの世話についてはほとんど任せてもらえていないので実質ベロニカさん一人で世話をしています。

「その、ハーブティーって美味しいんですか?なんだか代謝が良くなる―とかは聞くんですけど味とかのイメージってわかないんですよね。」

「んー、結構人によって合う合わないあると思うわよ。私紅茶は好きだけど、種類は忘れたけど前に桜月ちゃんに淹れてもらったハーブティーは言っちゃうとあまり好きじゃなかったから。」

「それは悪かったな。覚えておこう。ハーブティーはくせがあるのも多いから仕方ないことなんだ、実際私もあまり好まない種類もある。日常生活でそれ程嗅ぐ匂いでも舌にする味でもないから、はじめはどうしても慣れないものだな。」


 そうこう話しているうちにどうやら三葉先輩の家に着いたようだ。

「すいません。荷物を置いてくるのでこちらでお待ちください。」

 僕たちはリビング案内されて待つはずだった。リビングを入って少ししたところで三葉家で飼われているであろう白い猫が草をくわえて寝ていた。猫が寝ていること自体は自然なはずだけど、寝ている場所と心なしかぐったりした感じに違和感を覚えた。昼寝をするならもう少し日の当たるような場所を屋敷で飼っている猫のモンドは好むからだ。

「君の家のこの猫は普段こういう風に寝るのか?」

「いえ、いつもはもっと窓の方で丸まって」

桜月様は白い猫に近づき白い猫を見ておなかのあたりに手を置き、置いている手にもう片方の手を重ねて横たわった白い猫の胸をリズムよく押し始めた。

「息をしていない!」

「え?え?」

 桜月様を除いてただ白い猫の蘇生を見守るだけとなった。

10分程たった頃、桜月様が「すまない間に合わなかったようだ。」と力なく言った。

「どうして・・・こんなに続けてうちの子が・・・。」

泣きそうになりながら三葉先輩がそうこぼしていると、足元に家族の死をいたわるかのように他に飼っているであろう灰色の猫と三毛猫がやってきた。

「この子に近づいてはいけない!」

桜月様が猫たちに向けて強く言うと、その言葉に猫たちは驚いて部屋を逃げるように出て行った。

「大声を出してしまってすまない。だが、概ねの見当がついている。私の考えが正しいのであれば、倒れたこの子に近づくだけで生きている猫たちも危険になる。」

「え、それって・・・」

 三葉先輩は戸惑ったように口を開いた。

「あぁ、言ってしまえば今まで死んでいった猫たちは毒を拾って家に帰ってきていたんだ。」

「どうして、そんなことに・・・今までこんなことなかったのに。」

「そんなことは簡単だ今までとは環境が変わったからだ。」

「うちは変わってませんよ。」

 三葉先輩の家の環境は変わっていないのに環境の変化から猫が死んでいった。

「あ!あの家。」

「鬼灯は気づいたようだな。そうだ、去年越してきたっていう家がおそらく原因だ。」

「でも、去年は何ともなかったのよ。」

「越してきたっていうのは何月頃だ?」

「確か、夏頃だったと。」

「ジャスミンは夏に咲く花だ。きっと去年は引っ越してきた関係で植えていなかったのだろう。そして、ジャスミンは時として猫を死に至らしめる毒となる植物だ。」

 つまり、あの朱色の家が植えたジャスミンが原因で猫たちが覚めない眠りに落ちたということだ。

「ただ1つ。私にもわからないことがあるんだ。なぜ、何匹も同時期に。」

「それも、たまたまジャスミンのところに行ったのでは?」

「ジャスミンは猫がさほど好きでもない香りだ、そんなに何匹もよると思えない。ともあれ、原因自体の当たりは付けた今後は猫が自由に出入りできないようにすることを進めるよ。」

「私の用は、これで終わりのようだ。鬼灯帰るぞ。」

「ごめんなさいね。あの子ああいう言い方しかできないのよ。悪気はないの。」

 初雪様が桜月様のフォローをして僕たちは三葉先輩の家を出た。外に出たところでいつ呼んだのかわからない車が待機させられていた。

「桜月ちゃんありがとうね。私にはさっぱりわからなかったから、ただいるだけになっちゃったけど。」

「別にかまわないさ、これはモンドを飼っている私の気を付けるべき話でもあったのだから。」

「そう言ってくれると巻き込んじゃった身としては気が楽になるわ。また明日ね。」

 初雪様の車を見送ると桜月様は歩き出した。

「お車お呼びしなくてよろしいのですか?」

「まだいい。車は学校にでも呼んでおいてくれ。それより行くところがある。」

そう言った桜月様の後ろを歩いていくと着いたのは、三葉先輩の家に行くときに気になった花が植えられていた朱色の家だった。確かに三葉先輩の家で飼われている猫たちが命を落とす原因となったのはこの家なのかもしれない。だけど、それはどちらかというと飼う側の責任でこの家自体にはさほど問題はないのではないだろうか。

「あの、桜月様なぜこちらへ?」

「この家が気になるからだ。」

 桜月様がピョンピョンと跳ねて低めの塀から中を覗こうとしていた。

 なんか小さな子が棚の上のお菓子を取ろうとがんばっている、それを見守る兄の気持ちになった。

「おい鬼灯、お前今失礼なこと思っただろ。」

「いえいえ、そんなことありませんよ。ただ、微笑ましいなと思っていただけです。」

「ところでお前体育でクラスメイトから注目浴びてるみたいだな。」

「たまたまつい先日まで新聞配達のアルバイトをしていたもので。他の人たちより体力があるだけです。」

 ついでに言えばそもそも男ですし。

「そうかそうか、ではお前が更に目立てるように来週あたりからブルマで体育の授業をうけてみるか?」

「お言葉ですが話がつながっていません。それに私が社会的に死んでしまいます。そうなってしまったら桜月様も社会的に傷を負います。」

「まあ待て、冗談だ。私のことを女児のように見る視線を感じてしまったから意地悪したくなっただけだよ。さて、やはりここからじゃ判断できないからな。話を聞いてみようか。」

 桜月様が朝香と書かれた表札のチャイムを鳴らすと中から40~50代と思われる女性が出てきた。

「はーい。えっと、音姫のお友達かしら?音姫―お友達が来たみたいよ。」

出てきたのは30後半から40前半といった優しそうな女性だった。

「あ、いえ私たちはあなたにお尋ねしたいことがあるのです。」

「あらそうなの?ごめんね。音姫と同じ学校の子だからてっきり音姫に用があると思ったわ。それで何の用かしら?」

「はい、お宅で栽培されている植物を見たく思いましてベルを鳴らさせていただきました。」

「うちのはそれほど大層なものではないですけどどうぞ見て行ってください。」

 娘と思われる音姫さんと同じ学校の生徒だというからか僕たちは思ったよりも軽く通された。

「お母さん誰が来たの?」

「えっと。そういえばお名前とか聞いてなかったわね。おしえてもらえるかしら?」

音姫さんと思われる人はほっそりとしていて髪はポニーテール服はシャツにジーンズだった。おそらく制服から私服に着替えるため少し親への返答が遅くなったのだろう。

「これは失礼しました。私は十六夜桜月。」

「私は浅利鬼灯です。」

「十六夜ってあの花壇メッセージ事件の!」

「事件なんて大げさなものでもないさ。」

 僕たちは入学して間もない頃に花壇が何者かに花を勝手に大量に植えられるということが起きた。当時園芸部の部員が初雪様ともう一人の先輩だけだったがこの謎および犯人捜しを初雪様に頼まれ桜月様が解決したことでなぜか探偵のような新入生という噂が流れるようになった。その時、ついでに部活勧誘を受けたことで僕たち二人は園芸部に所属することとなった。

「でも、私も花とか少し育てているはずなのに花壇を見ても全く何も感じなかったわ。で、うちに何の用かしら?また何か面白そうなことでもあったの?」

 この人はぐいぐい来るタイプの人だと直感した。

「道を歩いていた時にそこのプランターに植えられている花を桜月様が気になられたようなので立ち寄らせていただいた次第です。」

「へぇ、何が気になったの?」

「そこの一番手前のプランターの植物だな。あれはなんの種類だ?」

桜月様は他の植物がわかるのかいくつかの種類の中から背の高い草のようなものだけを聞いた。

「あぁ、あれね。あれは確かレモングラスっていうやつ。主に虫除け用みたいなもの。」

「レモングラスか。ところでこの家でペットを飼っていたか?。」

「いや、ここで生活しているのは人間だけだよ。」

「そうか。そこのあたりに猫の足跡のようなのが見えたからてっきり犬か猫か飼っていると思ったんだがね。」

 言われてよく地面を見てみると水やりをして少し土が柔らかくなったのか足跡のようなものが見える。

「そういえば最近猫がよくうちに来るな。今日も来てたってお母さん言ってたと思う。」

「そうか。ありがとう時間をとったな。私たちはこれで帰るよ。」

「あ、もう帰っちゃうの、私あなたのこと気になってたのになぁ。そうだ、明日当たり部活見に行ってもいい?」

「私としては部室が騒がしくなるのが好ましくないのだが。」

 僕としても積極的な人は男だとばれる危険性が上がるからあまり部に人が増えるのは喜べない。

「まあまあいいじゃない少しぐらい。今度、園芸部行ってみるからその時はよろしくね。」

「来ても私は相手しないぞ。」

そう言って桜月様は朝香家を出て行った。僕も後に続いた。


 屋敷に戻ってから桜月様は自分の花の手入れをしていた。十六夜家の庭に使用人が出入りが禁止になっている桜月様専用のエリアがある。僕がここに仕えることになって間もない頃、何も知らず桜月様のエリアに入ってしまったことがあり、怒られたことがあった。

 もともと桜月様が花を好きということもあってか屋敷の敷地内には多くの草木が植えられている。基本的には花であろうと木であろうとしっかりと手入れがされていて素人の僕にも綺麗だと感じるほどだった。

 ただ、一本だけ枯れている木がある。僕はその木が気になりベロニカさんに話を聞こうとしたことがあったがなんだかんだはぐらかされてしまった。一度だけ桜月様がその木を物憂げに見つめている姿を見かけたことがあった。桜月様の行動に意味はないのかもしれないけど、月明かりに照らされたその姿が絵の世界かと思うほど幻想的に感じられて目に焼き付いている。

「鬼灯さん心ここにあらずといった風ですよ。あなたもメイドになったのですからお仕事中はあまり私情を持ち込まないでくださいね。」

「あ、はい。すいません。」

「あ、もしかして好きな人でもできましたか?そうですよね~いわゆる夢シチュエーションですものね、男の子が女子高でトラブる。」

 ベロニカさんは軽く周囲に人がいないことを確認してから僕をからかい始めた。ちなみに僕の女装を知っているのは主である桜月様とメイド長のベロニカさんだけだ。あまり男に接して生きてこなかったらしく男の僕が女装しているということもあって面白いのか今みたいにたびたびからかってくる。

「いえいえ、そのようなことはないですよ。それに女子として生活しなくてはなりませんから、そういった浮ついた気持ちではいられませんよ。」

「あら、残念ねせっかくの一生に一度も来ないようなチャンスを棒に振る気かしら。それに女子高なら女の子同士っていうのも割と・・・いえ、あなたはその気持ちのまま過ごしていく方がいいわね。」

「え、あ、はい。」

 あいにく女装がばれたら警察みたいな状況で生活を楽しめているほどの強心臓は持ち合わせていない。

「複雑な気持ちでしょうけどその道をお決めになったのは朝霧様なのですから、お嬢様卒業までメイドとして頑張ってくださいね。」

「僕の記憶が正しければ半強制的だったと思うのですが。一度腹をくくったのでちゃんと桜月様が卒業するまで偽り通して見せますよ。」

「意志が固いことはいいことですよ。それでは、わずかに埃が残っているようなのでそこの掃除をし直してくださいね。」

「はい。」

 始めの方に掃除していたところをよく見てみると廊下の隅の方の掃除が甘くなっていた。

 そろそろ屋敷での仕事にも慣れてきたかなと思っていたところでベロニカさんからの指摘だった。どこかで聞いた慣れ始めたころが一番ミスを起こしやすいという言葉を体感した。女装の時に気が抜けないように気を付けていこう。

 夜も深まり僕は少ない心を休めることが出来るお風呂を満喫していた。

 一応この屋敷にいる人は全員女性ということになっている。何人かはわざわざ丘の上にあるこの屋敷まで通うのが煩わしいのもあってか住み込みで働いている。僕も住み込みで働いている。すると当然男として生活できる時間は少なくなってくるというかほとんどゼロに等しい。唯一お風呂に浸かっている時だけがウィッグやパットを外していられる。そのお風呂に関しては僕が最後に入りお風呂掃除もすることを理由に一人で入っている。

 お風呂を満喫していて気がついたら11時を過ぎていた。自分に与えられた部屋へ向かっていると珍しく桜月様が廊下を歩いていた。桜月様は普段自室にこもっているらしく食事と花の手入れの時間以外見ることがほとんどない。

「珍しいですね。桜月様がこんな時間にお部屋を出ているなんて。」

「なに、私もたまには夜風を浴びたくなる時があるんだ。それより少し体が冷えた紅茶でも入れて私の部屋に持って来てくれ。もちろんノンカフェインで頼む。」

「畏まりました。」

 僕はキッチンへ向かい紅茶をいれるための準備をする。ベロニカさんに教えてもらった手順を思い出す。 汲み立ての水を軽く沸騰させてからティーポット、ティーカップにかけて紅茶を注いだ時に温度差が生まれないようにする。その後ティーポットに茶葉を入れ、完全に沸騰してボコボコと音を立て始めたお湯を空気が混ざるように少し高めのところからティーポットに注ぐ。すると綺麗に茶葉がクルクルとティーポットの中を舞うように動く。今回少し大きめの茶葉を使ったので蒸らす時間は3分ちょっとといったところだ。

 茶葉を蒸らしている間に桜月様の部屋の前まで運び部屋の扉をノックした。

「鬼灯か、入れ。」

「失礼いたします。」

 部屋へ入りテーブルの上にティーカップを乗せ紅茶を注ぐ。紅茶を注ぎ終えると桜月様は何も言わず紅茶に口を付けた。

「まあ、最低ラインといったところか。」

 桜月様は僕の入れた紅茶をそう評価した。そもそも紅茶を桜月様に淹れたこと自体なかったので軽く緊張した。

「ありがとうございます。まだまだベロニカさんのように高いところから淹れるようなことはできませんが。」

「あそこまで高いところから淹れることはないんだろうが、あれは見ていて楽しいな。」

 本当にティーカップへの注ぎ方が正しいものなのかはわからないが、ベロニカさんはどこかの刑事ドラマの警部の様な注ぎ方をする。

「あの淹れ方はなかなか真似できませんね。」

「安心しろ私の知る限りあれが出来るのはベロニカだけだ。それと、お前を呼んだのは紅茶を飲みたかったのもあるが、明日伊藤三葉を放課後部室に連れてきてほしい。」

「あの様子なら恐らく明日は朝香も部室に来るだろうそうであればちょうどいい。今回の猫たちの原因を説明する。」

 最初は嫌がっていたけどなんだかんだ最後までちゃんと三葉先輩の面倒をみるんだ。

「そうですか。わかりました。三葉先輩には私から伝えておきます。それとなんですが、原因について教えていただけませんか?」

 僕が言うと桜月様は軽くため息をつき

「明日話すからそれまで待て。用は済んだんだ下がっていいぞ。」

 そう言い空になったティーカップをテーブルに置いた。僕はそれをトレイに乗せ桜月様の部屋を出た。・・・そういえば初めて桜月様の部屋に入ったな。


 そして次の日の放課後。

 桜月様に言われた通り部室に三葉先輩を連れて来た。部室には既に桜月様、初雪様、朝香さんが集まっていた。

「そろったようだな。」

 桜月様がそう言うと朝香さんが少しわくわくした様子で

「また何かあったのか?」

「三葉さんの件はすっきりとはしなかったけど昨日原因がわかったんじゃないの?」

 初雪様が桜月様にそう質問をした。

「昨日私が判断したのは猫の死因だけだ。なぜ猫たちが自らを死へと追いやる花のもとへ行ったのか、その原因まではわからなかった。昨日そこにいる朝香音姫の家に行ったことで大方の見当はついた。」

「え、うち?」

「そうだ。猫の死因についてはやはり朝香家で育てられているジャスミンだ。昨日も朝香家に猫が来たらしい。で問題の朝香家に言った理由だこれはレモングラスにあった。」

「レモングラス?」

 三葉先輩がそう聞いた。僕も昨日初めて聞いた名前だったし、実際に一緒に見たけどただ少し背の高い草程度にしか感じなかった。それに確か猫は柑橘系の匂いを好まなかったと思う。レモンが名前に入っているからといって関係あるとは限らないけど。

「レモングラスは料理にちょっと加えたりハーブティーにするくらいにしか使わないものだけど。それにレモンみたいな匂いがするから動物避けにするぐらいで。」

「そこなんだ。みかんやレモンなんかの柑橘類の匂いを猫は基本的には好まない。それに猫にも縄張りがある。他の猫の縄張りであろう朝香家に数匹の猫が侵入している。不思議だとは思わないか?」

「そう言われると確かにそうよね。」

「私はレモングラスに少し引っ掛かりを覚えた。昨日見た朝香家のレモングラスよく見ると数本ちぎれていたんだ。そして伊藤家の猫がおそらくそれをくわえていた。」

 猫が嫌うはずの匂いがするレモングラスをくわえていた。そこにどんな意味があるのか。

「調べてみるとレモングラスは猫に好かれているんだよ。伊藤家の猫たちはレモングラスを食べるとき隣に植えてあったジャスミンも一緒に口の中に入れてしまったのだろう。そしてそこを縄張りにしていた猫が息絶えると次の猫が縄張りにする。だから自分が持てる縄張りが家から遠いところにしか持てない若い猫が朝香家でジャスミンを口にし息絶える結果になった。」

 桜月様が話し終えるとみんなどこか気まずい雰囲気になった。何も知らなかったとはいえ結果的に猫を死なせてしまった朝香さん。その猫の飼い主の三葉先輩。偶然だとわかってはいても、もしもジャスミンが隣のプランターで植えられていなければ、もし動物避けにレモングラスを選ばなければ。そんなイフを考えてしまう。

「えっとそちらがその猫の飼い主さん。その、ごめんなさい。」

「いいえ。謝らなくてもいいわよ。あなたは悪くないわ。だれも悪くないわ。どちらかといえばうちのこたちはあなたのお家に勝手に行って荒らしたのだから」

「伊藤家で息絶えた白い猫だが口にレモングラスをくわえていただろ。猫はふつう自分の死を見せないために死期を悟ったら姿を隠す。猫はプライドが高い最後まで自分を美しく、優雅にみせたいんだ。これは私の勝手な想像なのだが、白い猫は自分の死を隠すよりも最近見つけたお気に入りの物を家族である君やほかの猫にも味わってほしかったんじゃないか。おかげで原因がつきとめられ繰り返さなくてすむ。君の猫はプライドよりも温情で家に帰ってきたとても心優しいこだよ。」

 桜月様はそう言い終えると部室を出ていった。気持ちとしては2人をしっかりと見送りたいけど僕の立場上桜月様についていかなければならない。

「いいんですか?二人を残して。」

「ケアだとか精神的なことは初雪の管轄だ私では余計に落とすことになる。」

「でも桜月様なりに三葉先輩のフォローしてたじゃないですか。」

「同じ飼い主としてな。」

 桜月様にもモンドという存在がいるから三葉先輩に共感できるのかな。生き物を飼った経験がない僕にも生物の死というのは心に響くものがある。

「ところでお前ジャスミンの花言葉を知っているか?」

「いえ知りません。」

「そうか、教えてやろう黄色いジャスミンが優美、優雅白いジャスミンが柔和、好色そして温情だ。」

 朝香さんの家で咲いていたのは白いジャスミンだった。白いジャスミンを食べてしまった猫が温情をもって主へ自分が気に入ったものをもっていく。

 桜月様が花言葉を僕に言ったのはあの猫のように私に尽くせということなのかな。僕は猫と同列かよ。

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